第3401話 はるかな過去編 ――停戦――
世界の情報の抹消。果ては世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けてその解決に乗り出すことになったカイト。そんな彼は魔族との交戦や先代の『黒き森』の大神官グウィネスとの会合。エザフォス帝国での貴族派と呼ばれる軍人達の暗躍とその失態による一連の事件を解決すると、再びシンフォニア王国へと戻っていた。
そんな彼であったが、戻って早々に待ち受けていたのはイヴリースという女魔族であった。そんな彼はイヴリースが去ったのを見届けてシンフォニア王国が用意した部屋に戻ることにするわけであるが、そこで彼は何故かイヴリースと再会することになる。
「……あ?」
「さっきぶり」
「どういうつもりだ?」
要件はほぼ終わったはず。そう考えていたカイトであるが、部屋に戻って早々居たイヴリースに盛大に顔を顰めていた。とはいえ、当然だが彼女がこの場を選んだことには理由があった。
「まぁ、そうカッカしないで頂戴な。場所を変えた以上、理由があることぐらいは察せられるでしょう?」
「どういうことだ?」
「さて……どういうことかしらね」
「うーっす。おわっ……」
楽しげにイヴリースが笑ったとほぼ同時。部屋の扉が勝手に開かれてソラが顔を出して、その直後に硬直する。まぁ、今日の仕事がこれで終わりと安心していた所にこれだ。当然だし無理もないことだろう。
というわけで一瞬の硬直の後。片手剣を取り出す暇はないと判断した彼はイヤリングに収納した<<偉大なる太陽>>を顕現させようとする。
「っ」
「はい、ストップ。別に私に戦う意思はないわ……後ろの貴方達も」
「はぁ……やれやれ。ソラ。他も……全員一旦中に入れ。ここで戦闘なんぞした日にゃ、関所が大崩壊だ」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思いたいがね」
かなり警戒した様子のソラの問いかけに、カイトは肩を竦めつつも自身も手頃な椅子に腰掛ける。そうしてそれにイヴリースも先程まで自身が腰掛けていた椅子に腰掛けて笑う。
「そうね。戦うつもりでここに来たわけではないわ……あら? そう言えば『黒き森』の大神官様とレジディアの聖獣は?」
「通信室で『黒き森』と連絡中だ。それがなにか?」
「あら、そう。なら待った方が良いわね」
どうやらここからの話はスイレリア様も居た方が良い、もしくはその判断を委ねねばならない話というわけか。カイトはイヴリースが敢えて場所を変えた理由が<<七竜の同盟>>全体に関わる内容なのだと理解する。
「そう言えばこうやって話すのは初めてかしらね」
「戦争やってる敵同士が仲良しこよしで話し合い、なんてどんな場だよ。流石に今回は特例中の特例も過ぎるだろう」
「まぁ、そうね」
さすがのカイトの奇襲された格好かつ本来は敵なのだ。若干言葉に棘があったのは仕方がなかった。そしてイヴリースも和やかなムードでの応対なぞ期待していない。特に気にした様子なぞなかった。と、そんな彼女の視線が今度はセレスティアに向く。
「……なんでしょう」
「そんな警戒しないで……無理でしょうけども……あ、そうだ。一応わかってるみたいだったけど貞操云々は冗談だからそこは安心してね」
「は、はぁ……」
元々イヴリースは魔族としてはかなり気さくな性格で、人間だ魔族だとさほど気にしないとは聞き及んでいた。が、流石に過去でも未来でも戦争中の相手に敵意もなくこう言われてはセレスティアも反応に困ったようだ。これにカイトがため息を吐いた。
「やめてやってくれ。流石にこいつらに魔族とのおべんちゃらは無理があり過ぎる」
「そう? その子達なら出来そうな感じだけど」
「あん?」
「警戒はあれど敵意は無し……珍しいわよ、そんな子達」
「「「……」」」
やはり妖魔将と呼ばれることになるだけのことはある。セレスティアはイヴリースがソラ達の様子を正確に見抜いていたことに警戒感を露わにする。
これは無理のないことだ。ソラ達は元々魔族だ異族だがない地球から来て、そしてやって来たのは魔族との融和が進んだエネフィアだ。何より彼女らの仲間には魔王であったティナまでいた。それで魔族に敵意を、と言われても無理な話なのである。
「そりゃ物を知らんだけだ」
「そう?」
「はぁ……そんなことを話すためにわざわざ場を変えたわけじゃないだろう。それとも大神官様が来られない限り話せないか?」
「これが困ったことに……そうなのよねぇ」
「おい、マジか」
敢えて溜めを作っておいてわざわざ明言したイヴリースにカイトが盛大に顔を顰める。というわけで更に少し。スイレリアとレーヴェが通信を終えて戻ってきた。が、そんな彼女らも部屋の光景に困惑しかなかった。
「……これは……」
「まーた面白いことになっておるのう……そこの女は確か魔族ではなかったか」
やはりスイレリアにもレーヴェにも警戒があるのは無理のないことだろう。そうして僅かに殺気がレーヴェから溢れるわけであるが、戦端が開かれる前にスイレリアが止めた。
「レーヴェ。ひとまず勇者殿も戦っている様子はありません……話を聞くべきかと」
「……ま、そうじゃのう。とりあえず話しておらん所を見ると、妾らを待っておったという所で良いか?」
「さすがは聖獣様。察しが良くて助かりますわ」
レーヴェの問いかけに、イヴリースは恭しく一礼する。そうして役者は揃った、とばかりに彼女は大将軍二人――ヴアルと雷凰――の花押の入った書面をカイトへと差し出した。
「では、本題を。勇者殿、こちらを」
「……っ」
まさかそこまで魔族達も今回の一件を重く見ていたというわけか。差し出された書面に記載されている内容を見て、カイトが思わず絶句する。それにスイレリアが問いかけた。
「何が?」
「……こちらを。なにかを読むよりそちらの方が早いでしょう」
「……わかりました」
どうやらカイト自身、今の一幕を吟味する必要があると判断したのだろう。レーヴェは険しい顔のカイトからそれを読み取る。そうして彼女はスイレリアの横から書類を覗き込んで、笑った。
「ほう……全軍への進軍停止命令、と」
「此度の一件、我らもそれだけの事態と判断しております。少なくとも今我らが相争った所で喜ぶのは敵だけ。現状、相争うべきではないとの大将軍様のご判断ですわ。故に我らは進軍を停止する……何か不思議でも?」
「あくまでも我らが敵であることは変わらぬと」
「それは相違ありません。ですが此度は何より大精霊様が動かれている。ならば我らとて協力せぬわけにはいきません」
なるほど。それは『黒き森』の大神官や聖獣が居る場で話すわけだ。カイトは政治家や軍人さえ有無を言わさず黙らせるが、それ故にこそ政治的にも軍事的にも中立である両者にこの話を持ってきた理由を理解する。と、そんな彼を横目にレーヴェは重ねて問いかける。
「進軍を停止する。その言葉を信じる要素は」
「ありません。ですが少なくとも、我らとて何を優先せねばならないかわかるだけの知性は持ち合わせております……貴方方は?」
「「「っ」」」
何処か挑発するように、イヴリースはレーヴェらへと問いかける。そもそも今回の一件で大精霊達から直接的な指示を受けているのはカイト達だ。そちらこそ戦争の手を止めねばならないはずで、攻めてきたという理由付けでもない限りこちらから攻め込むことができる道理はなかった。というわけで事実は事実として、イヴリースが告げた。
「現に我らはこの数週間、サンプルの確保以外でそちらと交戦した記録はないはずです。そのサンプルの確保とてそちら側の動きが鈍いが故にこちらが行ったまでのこと。大精霊様のご意思に沿う話であるはずで、非難される謂れはないはずです。それとももし我らが協力を申し出た場合、応じてくださりました?」
今の様に大精霊の指示があり現実問題として共同で取り組まねばならないと判断しているからこそ協定を結ぶということが選択肢に入るだけで、もし大精霊達の指示がない段階で魔族側の申し出を受けられたかと言うとカイトでさえ首を振るだろう。というわけでそれを理解した彼が一つ舌打ちする。
「……ちっ」
「今の舌打ちは肯定、と?」
「ああ、いいだろう。認めよう。そちらはこちらの数歩先を進んでいた。実際、いくらかの情報はそちらからの提供により進んでいる。現実として、そちらに今回の一件を利用しての敵対行動がない事は事実として認めねばならんだろうよ」
「ご理解、痛み入りますわ。大神官様と聖獣様は?」
「……同意しましょう」
「そうじゃのう……何より妾は魔族であれ敵対はせん。故に事実として敵対しておらん以上、そして此度の一件は戦争より優先される以上、相互の進軍停止には応ぜねばなるまい」
一番厄介なのはここで進軍停止に同意しなかった場合、大精霊の意思に反するのはどちらかと言われれば自分達になってしまうことだろう。
曲がりなりにも大精霊達の指示で動いている自分達が相互に進軍を停止したい、という要望に同意しないという選択肢はなかった。それがどういう意図を孕んでいようとも、である。
「但し、オレは特にそうだがこの場の誰もが軍に直接的な指示を出せる立場にない。一度陛下の判断を仰がにゃならん」
「構いません。なんなら同盟各国の判断を待つでもこちらは一切構いません。それがどういう意味かご理解の上でなら、ですが」
カイトの問いかけに、イヴリースは攻められるものなら攻めてみろと言わんばかりの様子で答える。とはいえ、彼女の言う通りだ。攻め込めば大精霊の意思に反する。魔族側が侵攻してこない以上、人類側に取れる手は一時停止しかなかった。そうしてカイト達が各方面への報告に同意した所で、彼が一つ肩の力を抜いて問いかける。
「誰の発案だ? 雷凰か? それとも大魔王様とやらか?」
「ヴアル様」
「はぁ!? あの筋肉ダルマが!? あいつこそ何も理解せず攻める部類だろう」
「私もそう思っていたのだけど。存外、あの方も将として考えられる方みたいね」
「マジかよ」
もう十年近くも戦場で殺し合っているが、そんなタイプとは思っていなかった。カイトは自身より桁一つほど長い付き合いながら驚いた様子のイヴリースに、これが事実だと察していた。
「ああ、でも貴方のことは心配してたわ。怪我が響いてないかって」
「そりゃあれか? 殺し甲斐がなくなる云々でか?」
「そーんな所ね」
カイトの問いかけにイブリースが楽しげに笑う。そうしてそれを最後にイヴリースは今度こそ話すことがなくなったと転移術でこの場を後にして、今度こそ彼女が姿を現すことはなかったのだった。
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