第3397話 はるかな過去編 ――接触――
世界の情報の抹消。それは世界の崩壊さえ招きかねない事態だ。その発生を受けた大精霊達の要請を受けて調査と解決に乗り出すことになったカイトであったが、そんな彼は大陸最北端にあるエザフォス帝国にて『狭間の魔物』を捕獲したという貴族派と呼ばれる軍の一派の秘密研究所へと乗り込むことになる。
そうして彼が秘密研究所での一件を片付けた頃。魔族達もまた今回の一件への対処を決め、次に向けて動き出していた。というわけで魔王城での会議が終わり、大魔王による差配を受けた魔族達が慌ただしく動き出した頃。大魔王より直々の指示を与えられた一人であるヴアルなる魔族に銀剣卿とイヴリースは呼び止められていた。
「おう、銀閃のとこの小僧。お、イヴリースも一緒か。ちょうど良い」
「「ヴアル様」」
どうやら序列としてはヴアルの方が二人より上らしい。ヴアルの呼び止めに二人が跪いて頭を垂れる。
「確かお前ら、あの蒼いのとこの間会ったって言ってたな。元気にしてやがったか?」
「はっ……相変わらず人にしておくには惜しい強さかと」
「ちげぇねぇ。俺も吹っ飛んだ腕の再生に一ヶ月も掛かっちまった……土手っ腹はどうだ? かばってたりしてやがったか?」
「いえ……全く。かばう様子もありませんでした」
「ちっ。俺の腕一本くれてやる代わりに内蔵一個抉ったと思ったがなぁ……やっぱあのお姫様を殺してからじゃねぇとあいつは殺せねぇか。それか、ドタマふっとばした後に胴体を氷漬けにするぐらいはやらにゃならんか」
惜しいなぁ。ヴアルは全くそんな素振りも見せず、楽しげに笑う。これに銀剣卿も――愛想笑いだが――笑う。
「頭を吹き飛ばした程度で殺せるのなら労はないでしょう。事実、雷凰様がそれをされて数秒後には傷が塞がっていたかと。雷凰様の剣戟は雷の一撃。本来傷口は雷に打たれたかのように焼けただれ、魔術による治癒を阻害するはず」
「そうだなぁ……雷凰の爺さんが首を刎ねても仕留めきれねぇってあたり、やっぱおもしれぇ男だ、あの蒼いのは」
本当に人にしておくには惜しい。ヴアルはこれまた全くそんな素振りを見せずにそんなことを口にする。とはいえ、だからこそ軍事的に見た大魔王の指示が正しいと彼も理解出来ていたようだ。
「ま、だからこそ大魔王様もあいつの戦力はアテにしろって話か。流石に今回の相手は俺もあんまりやりあいたかぁねぇな」
「かと」
実のところ、魔族達は今回の会議より前に応急処置ではあるが融合されそうになった場合の対処は判明していた。それは言ってしまえば完全な力技だった。
「元々融合が無理矢理対象と同化しているとは判明しておりましたが……対策はそれ故属人的……我らやヴアル様のように融合を力技でねじ伏せるしかありませんでしたので」
「まぁな……融合ってのは本来の状態からの変異だ。だから力技で抑え込める……だったか」
ヴアルが思い出したのは融合という現象についての話を聞いた時の大魔王の指示だ。この時はまだ誰も出来るとは思っていなかったが、実際大魔王の言葉通り急場の対策として使えていた。
が、結局これはヴアルや銀剣卿といった高位の魔族だから出来ることで汎用性がなく、その汎用性の確保は魔族達にとっても急務だったのである。というわけで相変わらずの先見の明を見せた大魔王に感嘆しながらもヴアルは気を取り直す。
「ああ、すまん。やつの状態を聞きたかったのがお前への内容だ。イヴリース。お前確かあの蒼いのか紅いのに会いに行くんだったな?」
「直接は訪ねませんが……彼らに必ず伝わるルートを使おうとは考えております」
「なんだ。そうなのか」
イヴリースの返答にヴアルは少し残念そうに肩を落とす。これにイヴリースが問いかけた。
「なにか御用でも?」
「いや、用ってほどでもねぇんだがな。まぁ、変な話だが仲良しこよしは今回の一件だけだろう。それ以外じゃどっかで会えば殺し合うのが俺達だ。大魔王様としちゃ、俺達大将軍が勝手しちまったらマズいだろう」
「戦いを避けられるか試したい、と?」
驚いた。ヴアルの発言にイヴリースが大きく目を見開く。それも無理はない。ヴアルは魔王軍の中でも有数の武闘派で知られており、カイト達を見るや突っ込んでいくようなタイプだ。それが戦いを避けようとするなぞ、ほぼあり得ぬ話であった。
「あっははは。俺だって死ぬなら戦場で死にてぇ。今回の奴らだけは流石にナッシングだ。足場が崩れちまったら戦うも何も無い……奴らを殺すのはこいつらを殺してからにしてぇ」
やはりこの男は馬鹿に見えて馬鹿ではない。イヴリースは曲がりなりにも大将軍を任されるだけの男である、とヴアルの評価を改める。
今回は事態の深刻さがわかっていない魔族が多く命令無視も散見されるのであるが、ヴアルはそのどちらかは微妙な所であった。が、この様子であればわかっていたと見て良かったのだろう。というわけでそうであれば、とイヴリースは頭を下げる。
「……かしこまりました。ちょうど勇者の方が国を離れている様子。あちらであれば、接触出来るでしょう」
「良いのか?」
「大将軍様のご命令であれば」
「良し。じゃあ、頼む」
ここらで命令としないあたり、やはりこの男は結局は大将軍に見合わないという所なのだろう。実際彼の部下は多くがワンマンアーミーで構成されており、命令を聞かせられるのも彼こそがその者たちの中で一番強いからであった。似た者同士なればこそ、というわけである。というわけで要件を終えて再び別々の場所へと向かおうとした三人であるが、そこに更に声が掛けられた。
「ヴアル殿」
「んぁ? おお、雷凰の爺さんじゃねぇか。どうした」
「先の指示で大魔王様より拙者が与えられた指示は覚えておいでか?」
「おお。まぁ、曲がりなりにも同じ大将軍にあてた指示だからな」
大将軍。そう呼ばれた雷凰なる人物であるが、これは灰色の長い髪をポニーテールのような束ねた老人だ。ポニーテールというよりもかなり長い総髪に近いかもしれない。
なお、老人とは言うものの身体は鍛えられており、肉体的な老いこそ見えるものの雰囲気や羽織る羽織などが相まって何かしらの達人――先の会話から考えると剣だろうが――という印象がかなり強かった。
「うむ。貴殿に少し手伝いを頼めぬかと思うてな」
「手伝い? まぁ、俺への指示は変わらずだから構わねぇがな」
ヴアルへの指示は今回の一件で最後に起きる大戦に備えよ、というものだ。それは広義には軍の調練や今回報告に上げられた対策の徹底なども含まれており、雷凰の手伝いがそれに則るのであれば断れる道理はなかった。というわけで少し面倒くさい様子ではあったが応ずる姿勢を見せる彼に、雷凰が頭を下げる。
「かたじけない……砲の試射と調整をしたいのだが、その的を見付けては頂けまいか。近場の魔物は狩り尽くしてしまったのだ」
「はっ。なんだよ。そういう事かよ。あれに耐えきれる的ってなりゃ、魔界に戻らにゃならねぇか」
そういう荒事であれば大歓迎だ。ヴアルは雷凰の申し出に破顔する。的と言うは良いが、巨大かつ強大な魔物を捕まえてきてくれ、という話なのであった。
当然だが敵が動かない道理はない。なので動く的で練習はせねばならないのだが、カイト達が北の砦と呼ぶ砦にある大砲は強力なもので、並の魔物であれば狙いを付けなくてもその通り過ぎた余波だけで消し飛んでしまう。もちろん、試射なのできちんと出力は調整するが、そのためにも的もしっかり見繕わねばならないのであった。
「わかった。俺に任せとけ」
「かたじけない」
ヴアルの快諾に雷凰が頭を下げる。そうしてこれで話は終わりとヴアルが去っていくのであるが、今度は雷凰が銀剣卿に告げる。
「坊」
「はっ」
「剣が僅かに歪んでおるぞ。先に蒼き戦士と戦ったのだな。それでだろう」
「お気付きでしたか」
雷凰に指摘され、銀剣卿は一つ頭を下げる。これに雷凰は笑った。が、彼はすぐに気を取り直す。
「拙者が見抜けぬと思うか、若造め……此度の大戦……もしやすると大魔王様も前線に来られるやもしれん」
「……それだけの事態と」
「人間なぞ塵芥であるが、此度の一件……大魔王様は更に警戒をされておるようだ。もし大魔王様が前に出られるのならば、不甲斐ない姿を見せるでないぞ」
「はっ」
どうやらいよいよ本格的に全世界として今回の一件に当たる形となりそうだ。銀剣卿は大魔王さえ直々に戦線に出るという異例の事態に警戒を強める。そうして雷凰が去っていくわけであるが、そこでイヴリースが問いかける。
「確か……御親戚なのでしたか?」
「ああ。母の伯父になる。決して誰にも降らぬはずの雷凰殿を従えたと聞いた時、誰もが驚いたものだ」
魔族にしては珍しいほどに他者との争いに興味を見せず、ただ自己鍛錬にのみ邁進する存在だったことを銀剣卿は覚えていた。そうしてその姿を思い出した銀剣卿であったが、彼もまた気を取り直した。
「……いや、それはどうでも良い。行くぞ。我らも我らの職務がある」
「はい」
銀剣卿の言葉に、イヴリースが同意する。そうして、敵が次の段階へと移行したと同時に魔族達も緩やかに行動を開始することになるのだった。
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