第3394話 はるかな過去編 ――調査――
世界の情報の抹消という果ては世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて、その解決に乗り出していたカイト。そんな彼は今、エザフォス帝国の要請を受けてこちらの世界に入り込んだ『狭間の魔物』を捕獲したという貴族派と呼ばれる軍の一派の秘密研究所へと乗り込んでいた。
そうして秘密研究所の最下層。大実験室と呼ばれるエリアにて研究所内部の生命体を取り込んだ『狭間の魔物』と交戦することになるも、無事討伐を完了。その後エザフォス帝国の要請を受けたソラの<<偉大なる太陽>>とグラキエースの氷域と呼ばれる結界の組み合わせにより、秘密研究所の全域を<<偉大なる太陽>>にて攻撃。『狭間の魔物』の残骸を除去することになっていた。
『……報告。完了』
「あいよ……下、降りて大丈夫か?」
『……委任。降りられる?』
「降りたくはないが……降りにゃしゃーないなら降りるさ」
グラキエースの問いかけに対して、カイトは一つ肩を竦める。というわけで彼は瞬らをそこに残すと、一人熱気漂う大実験室へと舞い降りる。
(流石に……壊滅か。そりゃ神剣だからなぁ……)
威力だけあれば、<<乙女の怒り>>と比肩し得るだろう。カイトは元々ソラが持つ剣が神剣であることを鑑みてそう判断していた。そしてそれは案の定で、『狭間の魔物』であれ残骸であれ完全にチリ一つ残っていなかった。
(そう言えば……聞いたことがあるな。神々の武器は世界の異変や異物に特攻だって……『狭間の魔物』も世界の異物であると言える。神剣である<<偉大なる太陽>>もこの世界ではないといえ神剣。しかも今は大精霊様のご助力も加わっているだろう。本来の力は取り戻せていなくても、特攻そのものは復活しているかもしれんか)
おそらく出力以上に攻撃力はあるだろうな。カイトはソラが放てる威力や今回放たれた威力などを総合的に鑑みて、<<偉大なる太陽>>は色々と切り札に成り得ると判断する。というわけでそんな痕跡を見る彼であるが、別に見たかったのはソラの攻撃の結果ではなかった。
(奴らが何をしていたか……それを確かめたい所なんだが……流石に少し見難いか)
「ラキ」
『応答……何?』
「熱波をとりあえず動かしたい。それと攻撃の痕跡も……奴らが何をしていたか知りたい。オレの方で吹き飛ばすから、外の連中を守ってくれ」
『承知』
カイトの要請にグラキエースは二つ返事で応ずる。そうして数秒。秘密研究所全域に展開されたままになっていた氷域から放たれた冷気が外で待機していた瞬達を包み込む。
『完了……ついでにパーパにも報告しておいた』
「助かる……さて」
ぱちんっ。カイトが指をスナップさせるとそれだけで大実験室に巨大な竜巻が生じて、周囲に渦巻いていた熱気と<<偉大なる太陽>>の痕跡を絡め取る。そうしてそれは数秒後にはほどけて、しかし一つの風の流れとなってその全てを外へと排出する。
「良し……これでやりやすくなった。さて……」
自身の生み出した竜巻と入れ替わるように入ってきた心地よい風を感じながら、カイトは改めて異形の化け物達が居た場所へと歩いていく。
(おそらく途中まで魔術を行使しなかったのは、なにかをしていたからだろうな。が、オレ達の戦闘力が想定以上だったから、続行は困難と判断。オレ達を排除に掛かった、と考えるのが妥当だろう)
実はだが、瞬が交戦した異形の化け物より前にカイトが戦っていた異形の化け物は手印を用いた魔術を行使していた。そして言うまでもなくこの場での最大の戦力は彼だ。
故に彼と交戦していた個体が一番苦戦しており、判断も一番早かったようであった。そして他の個体はそれに合わせて戦闘を切り替えた、というわけであった。
(おそらく維持の手印は組んでいたはずだ……なら何処かには……)
痕跡が残っているはず。カイトはそう推測する。そうして記憶を頼りに異形の化け物達が居た場所を調べていくのであるが、そこで唐突に<<風の導き>>が僅かに淡く光り輝く。
「うん?」
なにかがあるのか。カイトは唐突に反応した<<風の導き>>を見て、僅かな困惑を浮かべる。とはいえ、大精霊達が今回の事態に、と授けたものだ。その性能は確かと判断し、彼は自らの感覚ではなくそちらを信じることにする。
「……」
<<風の導き>>を掲げ、カイトは周囲を注意深く探索する。そうして輝きが強くなる方向へと歩いていくことしばらく。ついに『狭間の魔物』がしでかそうとしていたことを見つけ出すことになる。
(これ、は……まさか)
もしそうであるのなら、事態は更に厄介な状況になるだろう。カイトは見つけた痕跡を見ながら、顔を険しくしていく。そんな彼に、氷像を介してこちらの様子を見ていたグラキエースが問いかける。
『質問……何があった? 氷像からでは流石にわからない』
「ん……ああ。わからないのも無理はないだろう……ここにおそらく異形の化け物共が仕掛けていた魔術の痕跡がある。いや、ある、というよりも……」
『というよりも?』
「ない。ないんだ、何も」
『?』
ないならなにかおかしなことはないのではなかろうか。カイトの言葉にグラキエースは小首を傾げる。しかしそんな彼女の反応に、カイトは仕方がないと思っていた。
「ま、そうなるよな……ないんだ、何も。閉じつつあるが……世界に記されるべき情報の一切が消え去ってしまっている。いや、消え去ってしまっていた、か」
『納得……でもそれは……』
「そうだ。今回追っている案件の現象だ……とどのつまり、今回しでかしている何者かは『狭間の魔物』にも世界の壁を破壊する方法を習得させている、ということだろうよ」
面倒なことこの上ない。カイトは盛大に顔を顰めながら、導き出される答えにため息を吐く。
『質問……これは陽動だと思う?』
「なんとも言えん……が、陽動の可能性は十分にあるだろうな。なにせ敵もオレ達が追っていることはわかっているだろう。そうなると、本命のためには陽動の一つも打ってくる。そしてオレ達の追跡方法を考えれば、これが一番妥当だ……さて、どうしたものか」
こちらは世界の情報が抹消された痕跡を追い掛けているのだ。であればその痕跡を別の場所で発生させて、自分は別の遠くへ逃げるのは正しい手だろう。もしくはそれと同時に別の場所で発動してしまえば、検知が出来ない。『狭間の魔物』に世界の情報の抹消方法を習得させるのは正しい手と言えた。
『質問……でも出来る?』
「わからんが……まぁ、あれだけの魔力を持ち、更にはあれだけ異質な魔力を使って、しかも複数体で取りかかれば世界のバグぐらいは起こせて不思議はない……かもなぁ」
『納得』
出来るか出来ないかで言われれば、正直前例がなさ過ぎて誰にもなんとも言い切れない。カイトの言葉にグラキエースもまた納得する。そうして、彼は一つの情報を手に一旦秘密研究所を引き上げ、後の調査をエザフォス帝国側に任せることにするのだった。




