第3393話 はるかな過去編 ――破壊――
世界の情報の抹消。それは世界の壁という世界そのものの果てを定める概念も含まれる非常に重要なものだ。それの消失は即ち中に住まう者たちが世界と世界の狭間に放り出されたり、逆に世界と世界の狭間に生息する『狭間の魔物』という特殊かつ強大な力を持つ魔物達が入り込む要因と成りかねないものであった。
そんな世界の情報の抹消によりこちら側に入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が壊滅させられたというエザフォス帝国の要請を受け帝王との謁見を行うカイトであったが、その最中。帝王と敵対する貴族派という一派が『狭間の魔物』を捕獲したことを知らされることになる。
というわけで帝王の要請を受ける形で『狭間の魔物』が捕獲されているという秘密研究所に突入したのであるが、その最深部では『狭間の魔物』に侵食されたと思しき生き物達がまるでひとつに融合したかのような魔物でさえない化け物が屯し、なにかを行っていた。
そうしてそんな異形の化け物と交戦したカイトであったが、瞬が戦っていた一方。一足先に戦闘を終えた彼は外のソラに連絡を取ってリオートに繋いで貰っていた。
「こんな所です」
『……そうか』
「ええ……先に見て頂いた通り。不活性状態ではあの肉片は残り続けるようです。それで宿主を探すのでしょう……何処に奴らの残骸が残っているかわからない以上、完全な抹消が最善かと」
『ふむ……』
可能であれば研究所そのものは接収し再利用を狙いたい所ではあったのだが。リオートは妹王の内心を考えながら、しかしそれはこの研究所では厳しいかもしれないと考えていた。とはいえ、そこらの意思を汲むのもまた彼の仕事と言える。
『確かアマシロだったか。彼を借りられるか?』
「はぁ……まぁ、目的次第という所でしょうが」
『しばし待ってくれ。可能か確認する』
「はぁ……」
一体何を考えているのだろうか。カイトはリオートがねっている作戦がわからず、困惑気味に小首をかしげる。そうしてしばらく。リオートが戻ってきた。
『待たせた……技術的には可能とのことだ。即座に指示を出した』
「はぁ……一体何を?」
『山を一つ吹き飛ばすわけにもいかん。事態が事態ゆえにそれも考案はされたが……中だけを完全滅却する』
「それにラキが、と」
『それとアマシロだ』
「はぁ……」
一体何を考えているのだろうか。カイトはソラとグラキエースの二人を組み合わせてこの中の異形の化け物や元職員の残骸を全て破壊するというリオートに小首を傾げつつもそれを受け入れる。
というわけで向こうで少し準備を行う、ということで再びカイトが待つことしばらく。彼の前に氷像が垂れ落ちるように現れる。
『……接続』
「ラキか……氷像? しかも上から?」
『これがパーパの作戦。今この研究所全域に氷域を展開した』
「全域? 包みこんだというわけか?」
『……否定。正確にはこの研究所の全ての天井に漏れなく薄っすらと氷を展開している』
「……」
グラキエースの言葉に、カイトははっとなって天井を見上げる。すると確かにそこは薄っすらと氷で覆われており、彼女の氷像もそれに接続されていることに気が付いた。そしてそれに気付いて、カイトも思わず苦笑する。
「相変わらず凄まじい腕だな。この研究所の全領域にこれを、か。まぁ、お前ならあの化け物共も簡単に倒せちまうだろうな。で? お前が全域を討伐するのか?」
『否定……これは種。全域へ神の力を一斉に照射する』
「神の力……? なるほど……それでソラか……」
将軍の意図が掴めたぞ。カイトはリオートの考えを読んで、それなら確かに全部のエリアを一斉に攻撃することも出来るかもしれないと納得する。
「確かにソラの神剣なら山一つ吹き飛ばすなんて訳ないだろう。その出力をお前の氷で満遍なく行き渡らせるのか。しかも収束させることで威力も上昇する……」
『肯定。陛下としても最悪この研究所を破壊するのは致し方がないと考えているけれど、それは最後の最後としたい。何よりそちらも今回の『狭間の魔物』の資料は欲しいはず』
「それは否定出来んな」
どうやら諸々を考えると、リオートの作戦が丸く収まると言えるかもしれない。カイトはグラキエースの指摘に同意して、可能であるのなら別にこの研究所を丸ごと吹き飛ばす必要がないと同意する。
「で、照射は何時始めるんだ?」
『教授……今』
「え?」
何時頃作戦は開始されるんだ。そんなカイトの問いかけに、グラキエースは平然と告げる。そして、それと時同じく。巨大な地震が彼を襲った。
「おっと、これは……」
「カイト様!」
「エザフォス帝国軍の行動だ! イミナ! 瞬を戻せ!」
「はっ!」
おそらく今のはソラの<<偉大なる太陽>>がこの研究所かグラキエースが展開した氷域の起点に激突した余波だろうな。<<偉大なる太陽>>の力は太陽の力だ。
故に光の性質を持ち合わせており、グラキエースの氷で反射させることが出来た――無論双方が味方と認識していることが重要だが――のだ。というわけでカイトの指示を受けたイミナが瞬を引き戻し、それを受けた瞬が声を上げる。
「カイト、何があった!」
「この研究所全域を満遍なく滅却する」
「なぁっ……俺達はまだ中に居るんだぞ!?」
なんでそんなあっけらかんとした様子なんだ。瞬はカイトの平然とした様子に思わず声を荒げる。まぁ、何も知らない彼からしてみれば研究所を自分達諸共に吹き飛ばすと思えても仕方がないだろう。
「大丈夫だ」
「上? これは……氷か?」
くいくいっ、と天井を指差すカイトに瞬が上を見てみれば、そこには氷の膜が覆い尽くしていたのだ。彼のみならず、後ろの一同もまた首を傾げる。
「今の衝撃はソラの<<偉大なる太陽>>だ……それをこの氷で研究所全体に……来たか。流石だな」
「「「っ」」」
強大な力の奔流に、一同は思わず息を呑む。氷の膜を通って黄金色の光が研究所全体を覆い尽くしていたのだ。そうしてまるでスキャンするように一同の身体を柔らかな太陽の光が包みこんで、しかし何事もなく通り過ぎていく。
「あれでどうなるんだ?」
「ちょっと見てみたい所ではあるな……行くか」
本命は大実験室の異形の化け物達だろう。カイトもあの実験室でどうなるかが気になったようだ。というわけで彼らもまた光を追い掛けるように大実験室へと戻る。そうして一同が目の当たりにしたのは、氷により完全に収束させられた太陽の光が大実験室を焼き尽くす様であった。
「っぅ……凄まじい熱気だな……」
「……こりゃすごいな。ひとたまりもないだろうな、流石に……」
「か……」
流石は神の力という所か。カイトも瞬も一点集中させられた太陽の光の力に思わず苦笑いだ。その出力は凄まじく、カイト達が異形の化け物を倒した時に放った力の数倍はあろうかという力であった。そうして照らし出すことたっぷり十数秒。一切の跡形も残さないという意思が感じられる照射が終わりを迎える。
「……綺麗サッパリ、か」
「おそらくこの部屋は壁面も全部覆い尽くしていただろうからな……チリ一つ残っちゃいないだろう」
「今度から掃除はソラに頼むかな……」
「あははは。そりゃ良い。ウチの城も頼むか」
おそらく埃一つ残ってはいないだろう。残骸さえ消し飛ばした威力に思わず息を呑んだ瞬に、カイトが楽しげにそんな冗談を口にする。そうして、ソラとグラキエースの攻撃により研究所の全域に残っていた残骸は跡形もなく消し飛ぶことになるのだった。
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