第3392話 はるかな過去編 ――異形の化け物――
世界の情報の抹消。それは世界の壁という世界そのものの果てを定める概念も含まれる非常に重要なものだ。それの消失は即ち中に住まう者たちが世界と世界の狭間に放り出されたり、逆に世界と世界の狭間に生息する『狭間の魔物』という特殊かつ強大な力を持つ魔物達が入り込む要因と成りかねないものであった。
そんな世界の情報の抹消によりこちら側に入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が壊滅させられたというエザフォス帝国の要請を受け帝王との謁見を行うカイトであったが、その最中。帝王と敵対する貴族派という一派が『狭間の魔物』を捕獲したことを知らされることになる。
というわけで帝王の要請を受ける形で『狭間の魔物』が捕獲されているという秘密研究所に突入したのであるが、その最深部では『狭間の魔物』に侵食されたと思しき生き物達がまるでひとつに融合したかのような魔物でさえない化け物が屯し、なにかを行っていた。そうしてそんな最深部にて、カイトと瞬は何体かいた異形の化け物との交戦に乗り出すことになっていた。
「はぁ!」
無数の触手に追われる瞬であるが、幸いなことが一つあった。それは分離した肉片から出てくる触手は切り飛ばした触手同様にさほどの強度は持っておらず、高濃度の魔力による障壁――それも俗に言う攻性防禦の類にはなるが――で防げるという所だろう。
(守るより攻めろ、という所か)
自身の攻撃力を伴う障壁によって消滅させられる肉の触手を一瞬だけちらりと見て、瞬はこの異形の化け物に対する攻略法というか鉄則のような物を見出していた。
(やつに遠距離攻撃手段がないのが幸いという所か。図体に見合わず機敏な動きは機敏な動きだが……それでも、驚異的な速度というわけではないな。これが何十体もいる、というのであればもはや驚異的では済まないだろうが……一体ならまだ十分に対応出来る)
流石に普通の冒険者であれば相手にするのは厳しいかもしれないが、自分を含め比較的上位層に位置する冒険者であればある程度の広さがある空間でなら十分に勝ち目はあるだろう。
瞬はまだ自身に余裕があるのがこの大実験室という広い空間であることを認めながらも、十分な勝算はあると判断する。実際、彼が勝負を決めきれないのは広いとは言え実験室という閉所であることだからではある。これが外であれば投槍による一撃で消し飛ばせただろう。
(さて……どうしたものか)
ある意味では千日手に陥っていると言っても良いかもしれない。瞬はそう判断していた。
(こいつにあるコアは一つや二つじゃない……常識外の二桁……それにしては出力が低いように思えるが……別々の生命のコアを内包していることで出力が逆に落ちてしまっているのか?)
答えはわからないが、それは十分にあるかもしれない。瞬は異形の化け物がいくつもの生物が集まって出来た存在だからこそ、そういう本来ならば起き得ない事態も起きるのではないかと考えていた。というわけで考えながら異形の化け物の周囲を駆け抜ける彼に、異形の化け物から剥離した肉片から触手が迸る。
「っ」
これまた幸いなことであるが、触手の速度も本体から離れた肉片の持続時間もさほどではなかったらしい。これについて瞬は戦闘状態と非戦闘状態の違い、もしくは最初の残骸は本物でこちらは魔力なので編まれた偽物だからだろうと読んでいたが、どちらにせよ肉片は本体から離れ長くは存在していられないらしい。一度防御方法を学んでしまえば、ある程度は無視も出来た。
「はぁああああ!」
無視は出来るが、決して無視して良い相手ではない。瞬はそう判断していた。故に彼は迸る無数の触手を魔力の放射で消滅させると、そのまま右手のナイフを本体目掛けて投げ放つ。
「……」
からんからん。瞬の放った使い捨てのナイフは触手によって弾かれて、地面に音を立てて打ち捨てられる。無論これは彼もわかっており、そうである以上なにかを狙ってのことだと考えられた。
「ふむ……」
まだもう少し策の成就には時間が掛かりそうか。瞬は打ち捨てられたナイフを尻目に、その場を駆け抜けて次の場所へと移動する。と、彼が次の場所で立ち止まったとほぼ同時だ。少し離れた所で閃光が迸る。
「何だ!? カイトか!?」
「おうよ……はぁ。手間掛けさせやがった。ま、少しは情報が手に入ったから良しとするかね」
閃光が収まった後に現れたのは、言うまでもなくカイトだ。彼が何をしていたかは定かではないが、少なくとも瞬や兵士達のように苦戦はしていた様子はない。
周囲への影響を最低限に抑えながら倒す方法を早々に見いだしていた彼は矢をシッチャカメッチャカ射っているように見えて、その実なにかの戦略に従っていたのだろう。その結果が今の閃光であり、異形の化け物の消滅という結果であった。と、そんな彼は天井付近を見て、ため息を吐いた。
「……厄介そうだな、これは」
「あっちか……」
カイトが見た方はエザフォス帝国側が戦う一帯だ。向こうも向こうで大きな戦いになっている様子だが、同じく閉所かつ何時崩れるかもわからない場所であることが災いして戦い難いようだ。苦戦している様子であった。
「俺の方は問題ない。あっちに手を」
「いや、多分この状況で倒せるのはオレぐらいなもんだろう……何か策でもあるのか?」
「ああ」
「ほう」
どうやら手をこまねいているのでナイフを投げまくっているわけではなかったらしい。瞬の返答にカイトが僅かに眉を上げて楽しげな笑みを浮かべる。
「そうか……じゃあ、まぁ、任せてみよう。こっちはあっちに手を出すより、少し次の一手を打たにゃならなそうだ。一度実験室の外に出る。多分、そうなっている気がせんでもないからな」
「そうか。わかった」
何を考えているかは定かではないが、カイトにはカイトの考えがあることは瞬も理解している。というわけで高度を上げて自分達が入ってきた監視塔側から大実験室の外を目指す彼を尻目に、瞬は再び異形の化け物へと向き直る。
(仕留めるならカイトと同じく、高火力かつ一発で仕留めきる必要がある。しかもこの状況下だと取るべき手は範囲を絞ってとなる……時間短縮は今後の課題、か)
カイトがすでに終わらせたのに対して、瞬自身の進捗はというとおよそ半分という所だ。しかも肝心要の一手についてはまだ見通しが立てておらず、カイトに策はあると言ったもののどうしたものかと悩んでいる所であった。
「ふぅ……」
肉薄する触手を左手の槍から放つ魔刃で切り落とし、返礼とばかりにナイフを投げ付ける。瞬はそれを繰り返しながら、ひとまず色々と敵の動きを探っていた。と、そんな彼であるが異形の化け物の手が、それも人の手だっただろう部品が奇っ怪な動きをしていることに気が付いた。
「うん? 何だ……? っ!?」
寸前に気付いてなにか意図があるのではと警戒したことが功を奏したという所だろう。瞬が警戒したとほぼ同時に異形の化け物の手が止まり魔法陣が出現。瞬に向けて巨大な火球が放たれる。
「手印か!?」
異形の化け物は異形であればこそ、正常に魔術などの行使は出来ないようだ。が、だから魔術が使えないというのもまた早計だったようだ。
手印という手に魔力を纏わせて特定の印を結ぶことで擬似的に魔術式を構築することに成功していた。というわけで手印により構築された魔術式により発動した火球を瞬は魔刃で一刀両断する。
「はっ! っ!?」
火球を隠れ蓑にされた。瞬が火球を振り払った直後。火の粉が舞い散る中から現れた異形の化け物に彼が思わず目を見開く。これに彼は咄嗟に<<雷炎武>>を出力最大にして展開。紫電となって難を逃れる。
「はぁ……はぁ……」
肝が冷えた。瞬は後数秒判断が遅ければ肉塊に押しつぶされた結末を理解すればこそ、冷や汗を掻いていた。とはいえ、そこまで肉薄すればこそ色々と分かったこともあった。
「はっ!」
おそらく自身が回避した直後に放ってくるだろう。瞬はそう読んで大音と共に着地した異形の化け物の方へ向けて振り向きざまにナイフを投げる。すると案の定、そちらからは紫電が飛来していたのであるが、それは先読みした瞬のナイフに吸収されて散り散りになって消え去った。
(何故今になって魔術を? なにかをしていたが、それが終わった、ということか……? もしくはカイトが一体倒したことによりこれ以上の継続が無理と判断して、そちらに割いていた能力を俺達に向けることにしたか……)
どちらの可能性もあり得るだろう。瞬は今になり唐突に魔術の行使を開始しだした異形の化け物達に対して僅かに考える。
(……まぁ、どうにせよ魔術を使う前提で動けば良いだけか。それに……これは逆に利用出来そうではあるか)
今までどうやって最後の一手を叩き込むかが問題だったが、これならなんとか出来そうかもしれない。瞬は今までの異形の化け物の行動から、作戦を練れたようだ。ならばと判断する。
「……」
後は異形の化け物が巨大な魔術を行使するのを待つだけ。瞬は右手に何時でも切り札を顕現させられるように準備しつつ、今まで同様に異形の化け物と少し距離を取っての応戦を繰り返す。そうして、しばらく。人の手が手印を結び終える。
「っ」
来る。瞬は何が来ても良いように身構える。そうして発動したのは、巨大な火球であった。しかも発動した魔術は一つだけではなかったようだ。巨大な岩石や紫電など、様々な魔術が顕現する。
「……」
これは狙っていたわけではないが、お誂え向きだ。瞬は発動したいくつもの魔術が自身に向け一斉に飛来するのを見ながら、苦笑混じりにほくそ笑む。そうして彼は飛来する魔術を魔刃で切り裂きながら、その合間にナイフを投擲。更にいくつものナイフを投じて攻勢を仕掛ける。
「お前の弱点は……目でしか見ていないことだ!」
こんなバカスカと打てば爆炎やら粉塵やらが隠れ蓑になってしまって小さなナイフなぞ見えるものも見えないだろう。瞬は決め手になる一つが突き刺さったのを返ってくる魔力で知覚。即座に仕込んでいた刻印を起動し、更に今まで地面に放置されていた無数のナイフと共鳴させる。
「<<赤雷>>!」
打ち捨てられたナイフの刻印が共鳴しあい、赤い稲妻を生み出す。そうして生み出された赤い稲妻は避雷針として異形の化け物へと突き立てられたナイフへと殺到し、その全てが異形の化け物へと流れ込む。
「……はぁ。今の俺だと時間がかかり過ぎるのが欠点か」
コーチならもっと手早くやってのけるんだろうがなぁ。瞬は少し無念そうに自身の魔術の結果を見て、それでも結果としては満足と判断する。そうして、瞬もまた異形の化け物の討伐に成功するのだった。
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