第3389話 はるかな過去編 ――蠱毒――
世界の情報の抹消。それは世界の壁という世界そのものの果てを定める概念も含まれる非常に重要なものだ。それの消失は即ち中に住まう者たちが世界と世界の狭間に放り出されたり、逆に世界と世界の狭間に生息する『狭間の魔物』という特殊かつ強大な力を持つ魔物達が入り込む要因と成りかねないものであった。
そんな世界の情報の抹消によりこちら側に入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が壊滅させられたというエザフォス帝国の要請を受け帝王との謁見を行うカイトであったが、その最中。帝王と敵対する貴族派という一派が『狭間の魔物』を捕獲したことを知らされることになる。
というわけで帝王の要請を受ける形で『狭間の魔物』が捕獲されているという秘密研究所に潜入を試みようとしていたわけであるが、その秘密研究所からの連絡が途絶えてしまう。そういうわけで秘密研究所へと乗り込んだわけであるが、そこはもぬけの殻の状態であった。
そうしてがらんどうの秘密研究所を進み続けることしばらく。カイトは最下層の大実験室にたどり着いたのだが、そこでは得体の知れない魔力が溢れかえっていた。
「……」
中で何が待ち受けているかわからない。カイトはそう判断し身を屈めて監視塔の中を進んでいく。そうして歩くこと一分ほど。程なくして、彼は床の亀裂までたどり着く。
「……」
ひとまずここまでは何も起きなかった。カイトは床の亀裂から顔を出す前に僅かに安堵しつつ、呼吸を整える。
「ふぅ……良し」
何が起きても良いように。カイトは亀裂から顔を出して中を確認する愚を犯すつもりはなかった。なので彼はソラ達の助言を受けて開発された新型の偵察用の魔道具――単に魔道具そのものが自由に折れ曲がって壁などから顔を出さなくて良いようにするものだが――を取り出すと、その先端を亀裂から出して通信機を起動する。
「……聞こえるか? ……駄目か。ソラ……はもちろん駄目だよな」
原因はこの得体の知れない魔力だろうな。カイトは通信機を介して外に連絡を送ろうとしたものの、目視出来る距離に居る瞬達さえ困惑した様子を見せるのを見てそう判断する。
そうして彼はジェスチャーで通信機による情報共有が出来ないこと。念話もかき乱されうまく作動していないことを瞬へと伝え、彼らがそれをソラへと伝達する。というわけでソラへと報告をしてくれているのを尻目に、彼は再度亀裂へと魔道具を差し入れて逆側を覗き込む。
「っ……」
何だ、これは。カイトは魔道具を介して見えた光景に思わず困惑を露わにする。そうして思わず顔を離してしまった魔道具をもう一度覗き込む。
(共食い……した、のか? いや、だが……っ)
カイトが見たのは、無惨にも食い散らかされた様々な生き物の残骸だ。何故こんなことに。彼がそう困惑するのも無理はなかった。そんな彼であったが、大実験室を伺う中でまだ何体かが生きて動いていることを確認する。
(まだ生きてる……? だが、あれは……なんだ? 原型を留めていない。あんなもん作ろうと実験……するわけねぇな。出来るわけもない……食った……程度でああなるとは思えんな……他の個体を取り込んだ……というわけか? どっちにしろ気持ち悪いな、おい……)
カイトが見たのは、いくつかの人の手や様々な動物達の手や足、頭が身体中に生えた異形の化け物達だ。元々がどういう素体だったのかもわからぬほどに異形と化したその化け物達を見て、カイトは嫌悪感で顔を顰めるしかなかった。
(得体の知れない魔力の原因はあいつらか……コアを何個も……コアを何個も? 嘘だろ……)
そんなことが出来るのか。カイトは得体の知れない化け物の身体の内側から発せられるコアの気配が通常の一つや二つ、最大数である三つを遥かに上回る数がある事に気が付いた。
(あれは他の個体のコアを取り込んでいるのか……そんなことが可能……なのか? ん?)
もはや自分達の常識を遥かに超えた存在。そんな存在にカイトは顔を顰めつつ更に観察を進めるわけであるが、そんな彼が自身を小突くなにかに気が付いて扉の方を見る。
「……なんだ、これ?」
カイトを小突いていたのは、白い紙で出来たコップだ。それは瞬の手元から伸びる槍につながっていて、それに気付いた彼が瞬の方を見ると彼が同じ紙コップを耳に添える動作をする。それを受けて、カイトは同じように耳に紙コップを添える。
「聞こえるか?」
「うおっ……え? なにこれ」
「糸電話だが」
「糸電話……? ああ、聞いたことがあるな。これが……?」
どうやら魔道具による通信が主流であるこの世界では、糸電話も一応は存在しているようだが子供の玩具としてさえ一般的ではなかったらしい。彼が物珍しそうに糸で繋がれた紙コップを観察する。
一応歴史としては地球では1600年代後半には地球上に存在していたので科学としての技術水準であればそれと同等か少し上程度のこの世界にも糸電話という概念はあったそうだが、通信機が発達しているためか子供の遊具としてさえ使うことはなかったようだ。
「こっちだと珍しいみたいだな」
「ああ……初めて使ったよ。それでどうしたんだ?」
「いや、幸い直線だしこうすれば話せるかと思って作ってみた……作ったのは十年ぶりかそこらだ」
「なるほど……いや、おみそれした。グッドなアイデアだ」
「い、いや……これで褒められても少し恥ずかしいんだが……」
日本人にとって糸電話とは小さな子どもが遊ぶのによく使うものだろう。それを応用しただけで絶賛されるのは瞬には少し恥ずかしかったらしい。かなり照れくさそうだった。というわけで照れくさそうな彼が少し急ぎ気味に情報共有を促した。
「で、どうなんだ?」
「え、ああ……状況としてはあまり良くない。個体数としては……ひの……ふの……みの……6体ぐらい……か? なにか融合しまくった得体の知れない化け物が蠢いている。口での説明は……難しそうだ」
口で説明しろ、と言われても様々な生物が寄り集まった化け物達としか言い得ない異形の姿にカイトは僅かに苦笑いする。とはいえ、そんな異形の化け物達はそれ以上他の個体を取り込むつもりはないのか、蠢きながらなにかをしている様子だった。
「それで奴らだが……何かをしている様子はある。が、なにかが良くわからん。何よりこの混ざりに混ざった魔力だ。遠目には魔力のスキャンが出来ない。魔術の兆候やらを察するのは少しむずかしそうだ」
「そうか……わかった。こちらからソラにそれを伝える……ん?」
「どうした?」
「向こうの監視塔に人影が……」
「うん?」
瞬の言葉に、カイトもまた顔を上げてちょうど逆側にある監視塔を伺い見る。元々カイト達とは別にこの大実験室を目指す部隊があったが、それだと思われたのだ。
「別の部隊……か」
「だろうな……流石に向こうも立ったまま動きはせんか」
流石に軍として教練された部隊だ。目立つ様子はなかった。が、どうやらこちらより向こうの方が破壊の程度はひどかったのか、それともこちらとは異なってほぼ全員で一斉に入ったからだろう。
「「「っ!?」」」
ガラガラガラ。敢えて音を表すのであれば、そんな音だ。そんな音と共に反対側の監視塔が崩れ落ちて、中に居た兵士達と共に落下する。
「ちぃ! 崩れたか!」
「カイト!」
「ああ! しゃーない! オレ達も降りる!」
流石にこうなっては兵士達が危うい。カイトは最終的に討伐せねばならなかったこともあり、即座に戦闘を決める。そうして彼は急いで立ち上がると、亀裂から大実験室の中へと躍り出るのだった。
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