第3388話 はるかな過去編 ――大実験室――
世界の情報の抹消。それは世界の壁という世界そのものの果てを定める概念も含まれる非常に重要なものだ。それの消失は即ち中に住まう者たちが世界と世界の狭間に放り出されたり、逆に世界と世界の狭間に生息する『狭間の魔物』という特殊かつ強大な力を持つ魔物達が入り込む要因と成りかねないものであった。
そんな世界の情報の抹消によりこちら側に入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が壊滅させられたというエザフォス帝国の要請を受け帝王との謁見を行うカイトであったが、その最中。帝王と敵対する貴族派という一派が『狭間の魔物』を捕獲したことを知らされることになる。
というわけで帝王の要請を受ける形で『狭間の魔物』が捕獲されているという秘密研究所に潜入を試みようとしていたわけであるが、その秘密研究所からの連絡が途絶えてしまう。そういうわけで秘密研究所へと乗り込んだわけであるが、そこはもぬけの殻の状態であった。
そうしてがらんどうの秘密研究所を進み続けることしばらく。一同は最深部となる大実験室前にたどり着いていた。
「良し……まぁ、不意打ちは食らいたくないが……」
「流石に中は見通せないか?」
「流石のオレも吸魔石の大扉の裏側はわからんな。魔術によるスキャンも出来ん」
「それはそうか」
いくらカイトでも吸魔石で覆われた大実験室の中をうかがい知ることはできなかったようだ。大扉の取っ手に手を掛ける瞬とそのすぐ後ろで万が一飛び出してきた場合に即座に切り捨てられる様に大剣と大太刀を構えるカイトが笑い合う。
そんな二人の後ろでは少し距離を離してセレスティアらがカイトが押し留めた第一波を即座に押し返せる様に準備していた。それを見て、瞬がふと思ったことを口にする。
「……これを言うと怒られるかもしれないんだが……確かにそうしていると巫女と言われても納得出来るな」
「セレスティア様は元々巫女だぞ」
「あ、あははは……」
確かに滅多なことではここしばらく巫女としての本分をしていないかもしれない。そう思うセレスティアは苦笑いで、イミナは何処か呆れ気味だ。そんな二人に、カイトが笑いつつも口を挟む。
「あはは……いや、だが助かる。こういう時に第一波を押し戻せる術者とそれに連携出来る戦士がいるのは有り難い」
「そう言って頂ければ何よりです」
「ありがとうございます」
先ほどまでの苦笑いと呆れ顔は何処へやら、カイトからの称賛に二人が気を引き締める。とまぁ、そういうわけで。未来の世界ではセレスティアが結界を展開して、イミナ――正確には彼女を筆頭にした神殿騎士達だが――がその結界を利用して敵を押し戻すことになっているらしかった。
今回はそれで押し戻しつつ、更に追撃としてリィルが一撃を叩き込むことになっていた。というわけで瞬が彼女へと一つ問いかける。
「リィル……そちらも問題はないな?」
「ええ」
「良し……カイト」
「ああ……」
これでこちらの支度は整った。カイトは瞬の報告でそれを判断すると、通信機を起動してソラへと報告を入れることにする。
「ソラ。大実験室の扉を開く準備が整った。逆方面は?」
『おう……向こうもちょうど大実験室の前にたどり着いたらしい……向こうも酷いもんだって』
「ま、こっちが荒れ果ててるんだ。向こうがそうじゃない道理なんぞないわな」
『らしい……良し。こっち先行で良いって』
「わかった」
こっち先行で良い、というよりも戦力として考えればこちらの方が高いのだ。同時にやって帝国軍側が無策に突っ込むより、こちら側で少しでも情報が入った状態で突入させたいのだろう。カイトはそう理解していた。
とはいえ、向こうがそうだろうとカイトはこういう無茶振りは慣れっこだし、自身の役割はそういった危険度の高い仕事を請け負い被害を減らすことだと根っこで考えている。拒絶することはなかった。というわけで、カイトは一つ深呼吸する。
「ふぅ……っ。良し。瞬」
「ああ……スリーカウントで行く」
「了解」
「3……2……1……っ!」
「っ」
瞬のカウントダウンが終わると同時。彼が吸魔石で出来た大扉を引いて扉を開く。どうやら吸魔石の大扉の厚みは相当なものだったようだ。彼でも魔力による筋力の補佐がなければ開くことが出来なかった。そうして開いた直後。敵襲を警戒する一同であるが、幸いなことに敵が突っ込んでくることはなかった。が、同時に。すぐに顔を顰めることにもなった。
「なんだ? この異質な魔力は……」
「濁って……いる?」
「濁って……? 確かに、そのような感覚が……」
一番最初に外に溢れ出した魔力の違和感に気づいたのは、誰より鋭敏な感覚を有するカイトと巫女としてそういった検知に長けたセレスティアだ。二人は扉を開くと同時に外へと溢れ出した魔力の奔流の気持ち悪さに、盛大に顔を顰めていた。そして程なくして、他の面々も得も言われぬ異質感を感じたようだ。
「なにか気持ち悪いな……魔物とも違う、なにか異質感というものなのか? がある。感じたことがない……何かよくわからない魔力だ」
「ええ……今までこのような魔力は一度も感じたことが……」
一体この魔力は何なのだろうか。瞬もリィルも今までに感じたことがない異質な魔力に困惑を浮かべていた。
「『狭間の魔物』とはこんな魔力なのか?」
「いや、そういうことはないと思うが……オレも感じたことのない魔力だ。どうするかね……」
扉を開いた先であるが、実験体達の動きを観察するための監視塔に似た所につながっていたようだ。無論その監視塔も無惨に破壊され、中が伺い知れる吸魔石の大扉と反対側の壁面のガラスは無惨に砕け散っていたし、地面の一部も破壊されて中の鉄骨が露出している有り様だ。というわけで異質な魔力と破壊の痕跡に、流石のカイトも突入には二の足を踏んでいた。
「なにかこういう実験体を作ることは出来ないのか?」
「無理だと思うし、してたら流石に今回の一件でゲロっちまってるだろう……行くしかないよなぁ、これは……音もしてないしなぁ……」
「そういえば……この中に居るはず、なんだよな?」
「居るはず、だな……さらには結界で下から出れない様に見張ってるから出ていってる可能性も低い……オレ達が来る前に全部逃げ出してなければ、だが……まぁ、この魔力で逃げ出した説はないだろうなぁ……」
明らかになにかされているのだろう。漂う異質過ぎる魔力に、カイトは盛大に顔を顰めていた。何をどうしているのか。誰も察することは出来なかった。
「……しゃーない。全員、こっちで一旦待機。オレ一人で先行する」
「大丈夫か?」
「わからん……セレス。すまんが万が一の場合はすぐに結界の展開が出来る様にそのまま警戒を維持してくれ」
「かしこまりました」
最終的には腹を括ったらしいカイトの要請に、セレスティアが再び傅いて結界の展開準備に取り掛かる。それを尻目に、しかめっ面のカイトが大実験室の中へと足を踏み入れた。
「うっ……」
「どうした?」
「いや、入ったらより異質感が増した……いやな魔力だ」
やれやれ。カイトは異質感に顔を顰めながら、身を屈めて万が一に大実験室になにかが居た場合に自分が見え難くする。そうして身を屈めながら彼はゆっくりと監視塔の崩れた床まで進んでいき、大実験室の中で起きている事態を目の当たりにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




