第3386話 はるかな過去編 ――下へ――
世界の情報。それはこの世界が存在するために必要なありとあらゆる情報と言えるものである。それの消去は即ち世界そのものの抹消とほぼ同意義であり、それは即ち世界の崩壊さえ招きかねないことであった。
というわけで世界の崩壊を未然に防ぐべく、大精霊達は未来にて自分達と繋がるカイトへと事態の収拾を指示。カイトが調査に乗り出すことになるわけであるが、その最中のこと。世界の壁の消失によりこちら側へとやって来た『狭間の魔物』により一個中隊が壊滅させられたという北のエザフォス帝国の要請を受けた彼は帝王との謁見を行うべく一路帝都へと赴くことになる。
が、そんな謁見の最中。エザフォス帝国の貴族派という帝王と敵対する一派が先帝の頃に密かに設立した秘密研究所からの連絡が途絶したという報告が入ることになり、その原因が彼らが密かに回収した『狭間の魔物』である可能性が高いと判断。カイト達は情報を集めるべく秘密研究所への潜入を試みていた。
そうして入口付近の安全を確保した彼らは底を拠点と定めると、エザフォス帝国軍にそこを明け渡すとすぐに更に奥を目指して進んでいた。
「少し広めだな……戦いやすい分には有り難いが」
「戦いやすい、と言っても長物を使えるほどでもないがな」
「通路でそこまでは求めていないさ」
カイトの指摘に瞬が笑う。彼の言う通り、この秘密研究所の通路は一般的な邸宅の通路よりは少し広く、大体横幅2メートルほどはありそうだった。が、だからと槍や大剣などを振るえるわけではなく、戦闘を避けられるのであれば避けたい所ではあった。
「にしても……本当に誰もいないし警報システムが作動している様子もないな。本当に忽然と人だけが消えている」
「ああ……そこがかえって不気味ではあるが……」
ただ生き物だけが忽然と姿を消している状況に、カイトも意図が掴めず顔を顰める。一応、今回の作戦ではカイト達最深部へと進む部隊はとりあえず最奥にあるという『狭間の魔物』が捕獲されているという実験室へ向かうことが最優先とされていた。途中の部屋などについてはカイト達が進んだ後、第二部隊以降が順次調査となる予定だった。というわけで、それを思い出した瞬が問いかける。
「とりあえずこのまままっすぐで良いのか?」
「ああ。この研究所はいくつかの階層に分かれていて、オレ達が目指すのは最深部の実験室とサンプル保管庫……流石に件の将軍も最後の時点で何をしていたのか、という所まではわからなかったらしい。まぁ、そんな些事まで報告が必要か、と言われればそれはそう、なんだが」
「そういうわけだから、『狭間の魔物』が実験室にいるかサンプル保管庫に居るかわからない、と……サンプル保管庫ということは一応は倒された後だったのか?」
「ああ、いや……悪い。少し言い方が悪かったか。サンプル保管庫とは言うが、実際には生きたサンプルも捕獲されているそうだ」
倒された後に復活したのであれば仕方がないかもしれない。そう思ったらしい瞬に対して、カイトは見取り図を見ながらであったことからそのまま喋っていたと首を振って詳しい所を話す。これに、瞬が顔を顰めた。
「ということは最悪は……」
「ま、そこらのサンプルもまとめて相手に、というわけだが……この様子だとどうなんだろうな」
「確かに……」
そもそも先の玄関口にも誰もいなくなっていたし、荷車があったことからおそらく本来は居ただろう馬も地竜も生き物は全て消えていた。こうなるとサンプルとして捕獲されていた魔物達もどうかは定かではなかった。というわけで先の展開に想像が付かない二人に対して、セレスティアが問いかけた。
「カイト様。その実験室はどういう構造なのですか?」
「実験室か……実験室は魔道具やら捕獲された魔物やら実験体の戦闘力などを確認する大実験室といくつかの小規模な実験室に分かれているそうだ……まぁ、こちらは主に戦闘用ではない魔道具の試験を行うエリアで、実験体のテストを行うことはまずない、ということだったが」
「ということは目指すのはこの大実験室と」
「ああ。その性質上からサンプル保管庫は大実験室と隣接しているらしいから、サンプル保管庫を目指すなら必然的に大実験室にもたどり着いてしまうらしい。あくまでもらしい、だし貴族派の言う事だからな……何処まで本当だか、という所ではあるそうなんだが」
流石に大精霊達が絡む案件で、しかも自分達が失態を犯している所まで露呈している状況で嘘を吐いているということはないと思いたいんだが。カイトは貴族派に対する帝王派の感想だからこそ、帝王派の言葉もまた信用していない様子だった。
そして同時に、それが不信感に起因する以上は仕方がないとも思っていたが。というわけでため息混じりの彼であったが、すぐに気を取り直す。
「いや、それは良いか。兎にも角にもオレ達が目指すのは最深部の大実験室とそれに隣接するサンプル保管庫だ。ただ大実験室はその性質上、砕いた吸魔石による遮蔽を行っているらしい」
「確かに外部に魔力が漏れると一大事ですか」
「そ……だからオレ達も状況がわからないのはどうしようもない。何もしていないと良いんだが……」
「どうでしょう……そうなると今度はここの職員達は何処へ、という疑問になるわけですが……」
「そうなんだよなぁ……職員全員を集めてなにかをするのであれば、ここしかないが……」
見取り図を見る限り、大実験室の大きさは非常に大きくこの山の全周をすっぽり覆えるほどだった。と、そんな二人に今度は瞬がふとした疑問を投げかけた。
「そう言えば疑問だったんだが……何故こんな場所に秘密研究所を置いたんだ? まぁ、貴族派と帝王派がころころと入れ替わることを考えれば、先帝の頃はそのアバシリア? 将軍は帝王派だったのかもしれないが……」
「そこまではオレも詳しくは知らんが……この大実験室の規模から貴族派の連中が作ったとは思えん。やるとなれば国家事業クラスになる。おそらく元々空洞かなにかがあったんだろう。それを利用することが前提にあって、ここになったんじゃないか?」
確かに考えてみるとこんな帝都の近くに秘密研究所を設けるのは些かおかしい気はしないでもない。カイトも瞬の指摘でそう思ったが、流石に彼も貴族派の内部事情まではわからなかったようだ。
なお、実際としては彼の推測が正しく、後に帝王が調べさせた所によると元々この山の地下には古くから空洞があることを貴族派の何処かの貴族が知っていたらしい。
そしてこの研究所の設立された頃に大規模な実験場を求めるなにかしらの事情があったそうで、帝都に近いというデメリットよりも場所の利用という側面からここが選ばれたとのことであった。
「とりあえず最下層までは今向かっている階段で一気に行けるようだ。」
「ということはもうしばらくは、戦闘はありそうにないか」
「『狭間の魔物』が考えていることはオレにもわからん。そもそも大実験室まで行かせたくないのであれば、道中に妨害の一つや二つ設けておくべきなのだろうが……」
現状は招かれているとも考えられるから非常に厄介だな。カイトは瞬の言葉に顔を顰めながら、改めて『狭間の魔物』の意図を探る。とはいえ、相手は魔物。しかも世界の常識が通用しない『狭間の魔物』だ。知性があるかどうかも定かではなく、今の動きから知性があるのではと考えられているだけだ。
「もしサイズが肥大化したことによりそこにしかいれないのであれば、逆に一切の妨害がない事もあり得るかもしれん」
「肥大化したことにより?」
「飯食ったらデカくなったってことだ。で、飯はと問われれば……わかるだろう?」
「な、なるほど……た、確かにその可能性はないではないか……」
カイトの指摘に生き物が一切いない理由が『狭間の魔物』が全てを食い尽くしたのであれば筋が通ると瞬も気づいたらしい。そして自らが動けなくなったため、洗脳して自分の所に呼び寄せたと言われれば誰もがまるですぐに戻るつもりの様子で戻っていなくとも無理はないだろう。
「はぁ……全く。何が楽しくて魔物の口の中に飛び込むような真似をせにゃならんのやら」
「まったくだな……俺達も魔物の餌にならん様に注意するか」
「それが良いだろう」
苦笑いを浮かべる瞬の言葉に、カイトもまた苦笑いを浮かべながら頷いた。そうして、もうしばらくの間一同は少し広めの通路を通って最下層まで続くという階段を目指すことになるのだった。
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