第3384話 はるかな過去編 ――秘密研究所――
世界に記された情報。それは例えば重力や光の屈折率などの所謂物理法則はもとより、人類が扱うありとあらゆる魔術は全て、世界が記した情報を人類が解析して利用している物だ。そしてそれだけに留まらず、世界を形作る端。即ち世界の壁という概念もまた、世界に情報として記されているものであった。
というわけで世界の情報の抹消によりこちら側に入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が崩壊させられたというエザフォス帝国の求めを受けて帝王との謁見を行うことになっていたカイト達であったが、帝王との謁見の最中に発覚した貴族派の秘密研究所の異変を受けその調査に乗り出すことになっていた。
「さてと……将軍。こちらマクダウェル。聞こえていますか?」
『……ああ。ラキ。そちらは』
『……十全。ノイズなども無し。万が一に備えて結界の展開も可能』
「良し」
ひとまずこれで万が一中からなにかが飛び出してきても問題はないかな。カイトはそう判断。腰の双剣のズレを直し、と何時でも突入出来る準備を整える。と、そんな彼の耳に風音と共に声が聞こえてくる。
『ふん……陛下も何故貴様の同行をお認めになられたのか』
「そりゃオレが今は大精霊様という全ての上に立つお方の指示で動いているから、だ。お互いに殺し合う仲だろうと大精霊様が立場を棚に上げて動けと言われりゃ否やは言えんさ」
『わかっている。わかっているからこそ、この程度の嫌味は言わせろ』
「イエッサー……それにオレが同行、と言うがね。実際に一番の重要な場所は貴方方だ。オレはあくまでも情報収集。世界側の検知がオレ中心になる以上、オレが行かないことにはどうにもならんだろう」
『わかっている。二度も三度も貴様と話させるな』
何処か語気強めに、カイトの言葉に苛立たしげに男が応ずる。今回、万が一が起きてしまえば最悪は帝都にも甚大な被害が出かねない。というわけで今回の防衛には盾である竜騎士部隊も広域の警戒に駆り出されており、その一人だった。
『ログレス。無駄口を叩くな……それとマクダウェル卿。貴公も一応は客として来ているのだからあまり下手なことは言わないで貰いたい』
『失礼しました!』
「失礼……にしても、半年前の戦場を知ってるヤツが見れば何事だという話ですよ」
『はははは。いや全くだ。私も貴公と肩を並べるとは、と苦笑いが浮かんだ』
先ほどまでの何処か苛立たしげな若い男と変わって、今度の声は壮年の男性ではあったが同時に度量が感じられる声だった。そんな彼はカイトの言葉に笑うも、すぐに気を引き締める。
『総員、今回の作戦は話した通り、万が一にでも敵が外に出てしまえば我が国全土を揺るがす大事件に発展しかねん。諸君らも『ドゥリアヌ』の話は聞いているだろう。あれが、帝国全土で起きる可能性がある。蟻の子一匹逃さぬ様に目を見開いて警戒しろ』
「「「はっ!」」」
流石は、という所か。カイトは通信機を介さずとも聞こえてくる竜騎士達の声には自身への敵意も若干含まれてはいるが、何より帝都守護の要という誇りを優先する意思が滲んでいることを見抜いていた。というわけで感心を滲ませる彼に、瞬が小声で問いかける。
「カイト。今のは?」
「飛竜騎士団の団長だ。流石に今回は地面を介した奇襲の可能性があるから、飛竜騎士による広域の警戒網が敷かれることになった……陣容としては内部の中核を冬の一族。広域を竜騎士部隊というわけだな」
「なるほど……機動力に長けた部隊で万が一地下を掘り進まれた場合に備えているのか」
「ああ……後は万が一の場合には上空からの一斉射撃で破壊だな」
「壊せるのか?」
「壊せて欲しいもんだが……まぁ、あそこも切り札の一枚二枚は持っている。最悪はそれを切るだろう」
とどのつまりフェリクス将軍の<<乙女の怒り>>と同等の破壊力を持つなにかを彼らもまた持っているというわけか。瞬はカイトの返答にそれを察して、そして同時にそれだけの力を持っていて不思議はないと納得もする。というわけで、彼が少し笑いながら口を開く。
「ということは、万が一の場合は大急ぎで逃げる準備か」
「理解が早くて助かる……万が一の場合は大急ぎで撤退だ……ああ、それとわかっていると思うが、絶対に攻撃は受けるなよ。回避が前提だ」
「わかっている。だからソラを外側……ああ、そういう意図もあるのか」
元々今回の相手は最悪は怪我を負わされるだけで魔物に寄生か融合されてしまう可能性があるというのだ。ならば防御主体のソラは相性が圧倒的に不利と成りかねない。
というわけで外で閉所ではさほど役に立てない由利と共に外でリオートらとの連携の仲介役になる予定だった。が、その裏に隠された意図に瞬は今の話で気付いたらしい。
「最悪は<<偉大なる太陽>>で薙ぎ払うのか」
「そういうこと……流石に神剣なら十全じゃなくても十分だろう。補助も付けるしな」
「そうか……ふぅ。閉所で防御不可の戦闘か。厄介だな」
「頑張ってくれよ」
「ああ……ん?」
出発までの僅かな時間で話をしていた二人であったが、そこに再び通信が入り込む。
『総員、陛下より秘密研究所への突入の最終承認が出た。第一部隊、突入せよ』
「……」
こくん。カイトはリオートの号令に無言で瞬らへと頷きかけ、それに瞬らもまた頷きを返す。今回、一番敵に対して探知力が高いのはカイト達と目されている。故に彼らは第一部隊に加わっていた。というわけでソラと由利を残し、一同はゆっくりと飛空術で秘密研究所のある山肌へと近付いていく。
「第一部隊。ポイントAまでおよそ100メートル。問題なし」
『およそ100メートル、問題なし了解……こっちも由利が広域見てくれてるけど、どこの部隊も今のところは問題ないみたいだ』
「そうか……やれやれ。なにか仕掛けられていそうだな、こりゃ……」
先に入ったアバシリアの部隊が連絡を絶ったことと良い、今までとは違う動きがあるようだ。カイトはソラからの返答を聞きながら、今までにない敵の動きに顔をしかめていた。と、そんな彼に今度はソラが一つ疑問を呈した。
『ていうか、これってもしそうなら、向こうはある程度知性的な活動が出来るってことにならないか?』
「それなら最悪だな。オレとしてのベストは今回の一件の首謀者があの研究所の施設を利用してる、ってパターンだ」
『あ、それもあり得るのか』
ソラは敵の進化を懸念したわけであるが、確かに元々今回の一件では何者かが『狭間の魔物』達を操っている可能性が指摘されている。そしてその何者かは間違いなく知性的な行動が可能な魔術師と考えて良さそうなのだ。ならば、この秘密研究所を利用したいなにかの理由があっても不思議はなかった。
『というか、それなら<<風の導き>>はどうなんだ? なにか反応を示していないのか? 流石にこの戦力で包囲されてて逃げるなら世界の外に逃げるしか方法はないんじゃないか?』
「……示してないな。帝都から大神官様が広域に警戒網を展開してるから、より高精度かつ迅速に検知してくれるはずだが……」
ソラの問いかけにカイトは腰に帯びる<<風の導き>>を見て、一つ首を振る。一応異変が報告されてより常に確認する様にしていたが、こちらにエザフォス帝国に来てからは一度も何も検知されていない。流石に大精霊達が作った魔道具だ。それさえ騙せる事は難しいと思うのだが、とカイトは思っていた。
「この研究所が連絡を絶ったのは三日前。オレ達が帝都にかなり近付いている所だ。検知されていないとは思えん……となると、首謀者が居るのなら中にまだ居る可能性が高いが……」
『まぁ、最悪は世界の外に出ないでも方位される前に、って可能性もあるか』
「そうだな……いやはや、面倒な奴だよ。本当に」
元々そうではないかと考えられていたが、どうやら今回の相手は相当厄介な相手のようだ。もしここに居るのなら逃げ出せる算段を有しているということだろうし、もしそうでなければ『狭間の魔物』を知性的に改良することに成功したということだろう。どちらにせよ厄介さは更に跳ね上がる状況に、カイトはただただ深い溜め息を吐くだけであった。
「……セレス。一応聞くが、この事態の情報はないんだよな?」
「申し訳ありません……詳細を知る御身らが語られていなかったので……」
「やれやれ……」
どうやら未来の自分達は過去にセレスティア達と出会っていたことから、情報を秘匿してくれたようだ。カイトは正しい判断だろうが、と思いつつも少し面倒くさそうだった。というわけでしばらくの後。一同は秘密研究所の入口の一つ。一番メインとなる入口へとたどり着いた。
「こちらカイト……入口に到着した。魔力の反応などは無し……入口になにか仕掛けられている様子もない……物理的にもな」
『了解……他の所も到着するまで少し待機を』
「あいよ」
ちゃきんちゃきん。カイトは少しだけ手持ち無沙汰な様子で双剣の鯉口を切って音を鳴らす。そんな彼に、瞬が問いかけた。
「何をしてるんだ?」
「音を出して遊んでる……だろう?」
「ようには見えんが?」
「あはは……音で内部の反応を探ってる。反射を利用してな。意外とこんな単純極まりない方法の方が対策取られていないこと、多いんだ」
「あー……エネフィアでも単純な音波を利用した方が対策取られていないことが多いな」
「そうなのか」
どうやらカイトがしていたのはなにか軍で伝わっているやり方というわけではなく、彼が独自に編み出していた経験則だったらしい。エネフィアでもそうだという話に驚いた様子を見せていた。と、そんなことを思い出して、ソラが口を挟んだ。
『あ、そうだ。先輩。今回遺跡みたいなもんでしょ? 遺跡の装備、確か持ってたんじゃなかったですっけ』
「ああ、そう言えば持っていたな……あれを使うか」
「遺跡の装備?」
ソラの言葉に道具袋を探る瞬に、カイトが小首を傾げる。これにソラが教えてくれた。
『ああ。まぁ、さっき先輩が言った様に、未来のお前も今のお前が言ったみたいに魔術を使わない探査の方が引っかかりやすいって言っててさ。そういった魔道具を作ってた……いや、正確には作らせた? んだよ』
「マジか。オレもやっとくべきだったかなぁ……」
確かに今は単に経験則として考えていたが、これを解析すれば色々と便利な魔道具を作れそうだ。カイトは未来の自分が下していた判断に少しだけ自らの不明を恥じていた。
「良し、あった。カイト。少し離れてくれ」
「……なんだそりゃ?」
「お前がやったのを科学的にやる魔道具だ」
自身に場を譲りながらの問いかけに、瞬は聴音機のような魔道具を入口に当てて答える。そうしてぽぉん、というような音と共に内部のスキャンが行われ、しばらくして瞬が首を振る。
「……確かに中には誰もいそうにない。近場は、だが」
「それがわかりゃ十分だ。入って早々に奇襲されなくて良いわけだからな」
今回の敵は軽傷でも致命傷に成りかねない。故に一番怖いのは入って早々に奇襲を食らうパターンだ。それが避けられただけ、まだ良かっただろう。というわけで検査が終わったとほぼ同時だ。ソラの方にも連絡が入ったようだ。
『カイト。総員潜入の指示が出た』
「了解……じゃあ、行くか」
ソラの言葉を受けて、カイトは今回の事態を受けてアバシリアが提出した鍵をかざす。すると山肌の一部が割れて、人工的に作られた通路が顔を覗かせた。
「……正規の手順で入っているから警報は大丈夫、と。そして見抜いた通り敵影もなし……全員、警戒しながら進め。幸い暗くなっているわけではないらしいが、何をしてくるかわからん。常に飛空術を展開しろ」
「「「了解」」」
カイトの改めての注意喚起に全員が応ずる。そうして、カイト達を含めた突入部隊は音もなく人気の途絶えた秘密研究所へと入っていくのだった。
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