第3382話 はるかな過去編 ――待機――
世界の情報の消失という果ては世界の崩壊さえ招きかねない事態。それは自然には起き得ないはずの事態で、大精霊達は優れた何者かによる意図的は抹消と判断する。
大精霊達の指示を受けたカイトであったが、彼はソラ達と共に世界の壁の消失によりこちら側に入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が壊滅させられたというエザフォス帝国の要請を受け、帝王との会合を持つ事になる。
そうしてエザフォス帝国へと入国したわけであるが、カイト達が帝王と表向きの謁見を行う裏で、ソラ達は『狭間の魔物』に融合されたサンプルを密かに確保したという貴族派の軍人達が先帝の頃に密かに建造し保有する秘密研究所へと万が一に備えた潜入工作を行うことになる。
が、そうしてたどり着いた秘密研究所からの応答がなく、事態の急変と判断。一同からの連絡を受けた帝王は同様に事態の急変を察知したらしい秘密研究所を指揮する貴族派の将軍へと話をしていた。
「なにか申開きがあれば、この場で聞こう」
「……」
妹王の問いかけに対して、壮年の男性が苦々しげに沈黙する。彼はアバシリア。先に事態の急変を受けて、部隊を派遣した将軍だ。そんな彼に、リオートが威圧的に問いかけた。
「アバリシア。件の秘密研究所で何をしていたか、すでに我々も理解している。暴き立てられるか、自ら申し出るかしか違いはない。隠し立ては貴公の益にならんぞ」
「っ……」
アバリシアとて前線に出たことがないわけではないが、いくら一線を退いたとて建国より最前線に立ち続けたリオートとは胆力は違いすぎる。故に彼の殺意混じりの問いかけに、重い口を開いた。
「……陛下。ご報告致します」
「うむ。聞こう」
どうやらアバシリア自身も現状がどうなっているか、というのは理解しているらしい。非常に忌々しがではあったが、同時に大精霊さえ動く現状では自分一人で解決させられるものではないとも察していたようだ。
「ふむ……やはり連絡が途絶えたか」
「は……誠に申し訳ございません」
そもそも先代の大神官であるグウィネスや南の知将フェリクスらが動いてようやく鎮圧出来る事態だ。この事態の鎮圧は同等の戦闘力を有する英雄達に頼む以外にない。スイレリアの謁見に参列していたアバシリアもそれを察していた。
故にもはや自分に残されているのは陛下に頭を下げて助けを乞う以外に何もない。そう判断した彼は他国のカイト達も居る手前、素直に頭を下げるのが自分にとっての得策と判断したようだ。深々と頭を下げ許しを請うていた。というわけでそんな彼を横目に、妹王は少し悩む素振りを見せる。
「ふぅむ……『黒き森』の大神官殿。誠に恥ずかしながら、どうやら部下が勝手をしてしまったようだ。この事態はおそらく御身が仰られた『狭間の魔物』により引き起こされたものだと思うのだが、如何か」
「おそらく、そうなのだと」
「ふむ……アバシリア。この事態、我らが解決して構わんな?」
「……はっ」
おそらく秘密研究所の中には帝王派の者たちには見られたくない資料が山程あるのだろう。アバシリアは一瞬逡巡したものの、大精霊の意向を受けて動くスイレリアや他国の騎士団長であるカイトまでいる状況で否やなぞ言えるわけがなかったようだ。妹王の問いかけの体を取った言葉に頷く以外はなかった。そうしてアバシリアの承諾を得たことにより、妹王は即座に部隊の編成を指示する。
「ヒムエス将軍。現地にはラキが居たな」
「はっ」
「今回の鎮圧は将軍に任せる。大神官殿の仰られた状況と少し違いがある。十分に注意せよ」
「はっ」
妹王の指示にリオートが頭を下げる。というわけで一旦謁見は中座となる所なのだが、そこにカイトが申し出る。
「陛下。此度の事態は大精霊様さえ危惧されている事態。何が起きても不思議はございません。私も同行させて頂きたく」
「頼まれてくれるか? 他国のマクダウェル卿に頼むのは非常に心苦しい所であるが……」
カイトの申し出に対して妹王は承諾を示す。が、ここらは先程密かにやり取りを交わしており、単に一応の体面として話していただけであった。というわけで、当初の予定から大幅に変更となり、完全に連絡が途絶えた秘密研究所へとカイトもまた向かうことになるのだった。
さてソラ達が秘密研究所へと赴いて一日。リオートが率いる鎮圧部隊に先駆け、カイトはソラ達と合流していた。
「っと」
「カイト」
「悪い、遅れた……結局こうなったか。状況を教えてくれ」
エドナから舞い降りたと同時に、カイトはソラへと一つ問いかける。これにソラが頷いて、現状を教えてくれた。
「ああ……つっても、見たまんまだけどな」
「完全沈黙……ってわけか」
「ああ。魔力とか蓄積してる様子もない。まぁ、秘密の研究所だっていうから遮蔽ぐらいやってるんだろうけど」
「まぁ、遮蔽はしてるだろう。だろうが、それでも完璧は無理だ。世界の壁に穴を空けるような行動は出来ん。それに世界の情報を抹消しようものなら遮蔽効果まで消え去るはずだからな。そうなれば魔力が漏れても不思議はないし、何より一部でも穴が空けば警報が発せられたとて不思議はない……今の状況じゃ済まないだろう」
ソラの推測に笑いながら、カイトは目を細めて秘密研究所を注視する。秘密研究所の出入り口は一見するとなにもない山肌に見えるが、カイトの目には厳重に秘匿されている魔力の流れが見えていた。そしてそれはグラキエースも一緒だった。
「維持……アバシリア将軍の兵士達が来た以外は」
「彼らは?」
「入ったきり」
「……やられたか」
「肯定……周囲に展開している氷像は何も確認していない」
カイトの問いかけに、グラキエースは一日前に自分達の眼の前を慌ただしく通り過ぎていった一団を思い出す。一応彼女も事態の急変を察知して以降、秘密研究所の周囲に万が一融合された何者かが出てきた場合に備えて氷像を展開して監視していたが、一切出入りはないとのことであった。そんな彼女に、カイトは回復薬を手渡す。
「お父君からだ。流石に一昼夜氷像を展開し続ければお前でもキツいだろう。更にお前のことだ。<<氷結界>>も展開してるだろうしな」
「肯定……地下を掘り進まれるのが一番怖い」
「<<氷結界>>?」
「秘密」
「は、はぁ……」
おそらく地下にも張り巡らせている警戒網に似た結界の一種なのだろうが。ソラは回復薬をちびちびと飲むグラキエースの返答にそう考えておく。彼女の言う通り、地下を掘り進まれて全員居なくなっていた、という事態が帝国にとって最も恐ろしい。
なので秘密研究所の全周を覆う様に結界を展開するのは不思議のない話だが、山一つを覆う結界だ。魔力の消費も尋常ではなかった。というわけで回復薬で魔力を回復するグラキエースが問いかける。
「パーパは?」
「今日の昼には到着される。それまでは周囲の警戒に努めてくれ、とのことだ」
「承知」
すでに事態は最悪の可能性も見えだしているのだ。どれだけの敵が居るかわからない以上、可能であれば『ドゥリアヌ』へのフェリクスの対処と同様に山を丸ごと吹き飛ばすのが最善だろう。
が、あちらとは異なりこの秘密研究所では完全に沈黙しているというのだ。中で何が起きているかを調べねば、今後の対策の打ちようがない。なので危険は承知でも中に探索に行かねばならなかった。
「ソラ。お前らも少し休んでおけ。午後からは一度威力偵察を行うことになる」
「おう。頼む」
カイトの指示にソラが頷いた。そうして彼らも一度警戒を解いてカイトに任せることにして、昼からの本格的な調査に臨むことにするのだった。
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