第3380話 はるかな過去編 ――潜入――
世界の情報の消失という果ては世界の崩壊さえ招きかねない事態。それは自然には起き得ないはずの事態で、大精霊達は優れた何者かによる意図的は抹消と判断する。
というわけで大精霊達の指示を受けたカイトであったが、彼はソラ達と共に世界の壁の消失によりこちら側に入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が壊滅させられたというエザフォス帝国の要請を受け、帝王との会合を持つ事になる。
そうしてエザフォス帝国へと入国し、一週間。向こう側の思惑と事情から謁見の時間より早い時間に帝王の兄妹との謁見を果たしていた一同であったが、そこでのやり取りの結果、ソラ達はカイト達が帝王と表向きの謁見を行う裏で、貴族派の軍人達が先帝の頃に密かに建造し保有する秘密研究所へと向かっていた。
「……」
暑い。というより熱い。しかも妙に蒸す。ソラは南東にある砦へと向かう道すがら、そんな感想を得ていた。
「なんか……暑くないっすか? しかも妙に蒸すっていうか……」
「……肯定……大結界の境目は両方の影響が色濃く出る……4つ全てが相殺するのは帝都……だけ」
「あー……やっぱり」
そうだろうとは察していたが、やはりそうらしい。ソラはグラキエースの言葉にそんな印象を受けていた。なお、冬の一族である彼女だ。暑さは人一倍堪えるらしく、しなびた葉野菜の様にくたっとしていた。
「道理……南のゴルドラン伯の<<夏の大結界>>は私達の天敵……だから貴族派が秘密の施設を拵える際には南寄りの地域を選択する……」
「なるほど……逆の影響を受けちまうんっすか」
「肯定……」
非常に疲れた様子で、グラキエースがソラの言葉を肯定する。どうやら移動だけで相当に体力を奪われるらしい。そうしてそんな彼女がしかも、と続けた。
「更に私達が全力を出せば大結界にも影響が出かねない……逃げる程度には問題ないけれど、攻め落とすのも少し厳しい……だからパーパもカイトに要請するつもり……だった……」
「影響、出るんですか?」
「出る……特に私達の場合……実はこの結界の内側では常時<<冬の大結界>>の補助効果を受けられる……それが流れ込むと力が相殺して結界の力が弱くなる……やらない選択も出来るけど……疲れる……後相殺というよりこっちが打ち消す側だから……全体的に結界の中が寒くなる……」
とどのつまり今はその補助効果を受けない様にしているからこその状態。グラキエースは言外に今の自身の状態を口にする。そうしてそうこうしている間にも一同は移動を続け、謁見が間もなく始まるかという頃には山々を望む場所にたどり着いていた。
「ふぅ……疲弊……移動だけで疲れるから南東方面は嫌……」
「あ、あははは……丁度謁見が開始された頃……ですかね」
「肯定……それよりも少し経過していそうではある」
あくまでも、一同が潜入するのは謁見で貴族派が情報を提供しなかった場合だ。帝王達とていたずらに事を荒立てるつもりはない。というわけで謁見とその後の実務者――今回は事の性質上軍の高官達――による情報共有や今後の話し合いなどが行われている間は動くつもりはなかった。
そうして山々を望む場所にある木陰で小休止を取ることにしていた一同であるが、やはり木陰に入ればグラキエースも少しはマシだったようだ。謁見の中間報告が入るまで休んでいると、少しは気力が回復してきたらしい。
「ふぅ……確認。私は外部からのサポートを行う。内部からの情報確保は任せる」
「了解です。潜入経路とかは大丈夫なんっすよね?」
「肯定。元々この秘密研究所の存在は先帝の頃から掴んでいた。諜報員が入り込んでいるし、今回のサンプル確保もその諜報員からの情報」
「そういえば……さっきの会議の時も疑問だったんですけど情報、持ち帰ってくれること出来なかったんっすか?」
「可能。但し彼らはあくまで内部工作を行う者。戦闘は得意ではない……今回の陛下の要望はサンプルの処分。戦闘も前提に入っている。そこまで含めれば不可能」
「処分……」
確かに先日の鉱山での一幕を鑑みても、魔族達でさえあれを元の当人とは認めていないという。更に色々と聞く範囲でもあれをすでに生きていると認められる状態ではないのはソラもわかっていたが、やはり処分と言われれば険しい表情が浮かぶのも無理はなかった。と、そんな彼らの最終打ち合わせの内容を聞いていたのか、瞬がふと口を挟んだ。
「その処分ですが、普通に考えればなにか即座に処分可能なシステムを設けているんじゃないんですか?」
「……疑問。それをしているならこんな裏のお話になる? 情報によると貴族派の連中は今回の一件をかなり甘く見ている。自分達で御せると判断している……大精霊様が直々に動かれているという話を知っても、自分達ならば問題なくやれると信じている」
どこか唾棄する様に、グラキエースが貴族派の行動への怒りを滲ませる。エルフ達然りドワーフ達然りで大精霊の眷属達の大精霊に対する信仰は非常に篤い。その彼女らが動いているかもしれない、というだけで全てに優先する体制を整えるなぞ普通を超えて自然の摂理とさえ言う者も居るのだ。
流石にそこまで狂信的ではなくても、グラキエースもまた一般的な冬の一族レベルには大精霊を信仰しており、その彼女らが敵を危険視して動いているというのに自分達の技術を過信している貴族派の行動に怒りを抱くのは無理もないことであった。そうして僅かに吹きすさぶ冷気に、瞬が慌てて謝罪する。
「す、すみません……」
「……否定。こちらこそごめん。少し熱くなった……暑さにやられた」
「い、いえ……とはいえ、そうなってくると最悪は交戦もあり得る、と?」
「肯定……何があっても不思議じゃない。最悪は再活性化による交戦もあり得る。それについてはそちらの方が詳しいはず。十分に注意。そして必要であれば私に支援を要請して」
「ありがとうございます」
グラキエースの申し出に、瞬が一つ頭を下げる。今回、流石にグラキエースが入ると色々と面倒になる。万が一の退路の確保も必要なので、外で待機することになっていたのであった。というわけで少し最後の打ち合わせをしていたのであるが、しばらくしてグラキエースが僅かに険しい顔を浮かべる。
「……」
「どうしたんですか?」
「……疑問。おかしい……内部に入った諜報員からの連絡が一度も入らない」
「そういえば……」
先ほどグラキエースも言っていたが、今回の秘密研究所の中には諜報員がすでに入っており、出入りをサポートしてくれることになっていた。というわけで入るしばらく前にはその諜報員からの連絡があるはずだったのだが、それがなかったのだ。
「……少し色々とヤバそうっすね」
「……肯定。パーパに連絡してみる。少し待っていて」
ソラの言葉に、グラキエースも頷く。そうして彼女が氷像を通して帝都のリオートらとの通信を行うことになり、一同は慌ただしい様子で事態の急変に備えることになるのだった。
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