第3376話 はるかな過去編 ――剣帝――
世界の情報の抹消という、世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生。それを受け、カイトは大精霊達の要請により事態の収拾に動く事になっていた。
というわけでソラ達や『黒き森』の大神官スイレリア、レジディア王国の聖獣にして古龍の端末でもあるレーヴェと共に調査の旅に出ていた彼であるが、その最中。今回の一件で各地を巡る事になったカイトの穴埋めと大号令を掛けるべく準備を進めていたレックスからエザフォス帝国にて世界の壁の消滅により入り込んだ『狭間の魔物』により軍の一個中隊が壊滅した事を知らされる事になり、そんなエザフォス帝国の要請を受け一同はエザフォス帝国の帝都で帝王と謁見する事になる。
そうして謁見の当日。謁見までの僅かな合間に貸し出された訓練場にて訓練を行う一同であったが、どういうわけかそこに帝王の一人である兄王がやって来て、ソラと瞬の二人が彼と模擬戦を行う事になっていた。
『とりあえずどうする? 帝王陛下だが、間違いなく俺達以上だろう』
『それがわかっていてよくすんなり受けられましたね……』
『やれというご命令だろう?』
楽しんでるなぁ。ソラは瞬の返答に肩を落とす。とはいえ、瞬の言い分に理がある事は彼もわかっていたし、それが判断理由の一つでもある。というわけで、ソラはすり足で一歩だけ瞬より前に出つつ答えた。
『はぁ……とりあえず先制は俺の方で防ぎます。直後に攻撃を』
『わかった』
「よし……」
とりあえず初手の流れは決まった。ソラは僅かに自分の斜め後ろへと移動する瞬を気配だけで把握しながら、兄王を正面に見据える。
(武器は……細剣に近い両手剣……ってところか? 刃渡りは……1メートルほど。片手で扱えなくもない程度だけど……刃紋がかなり特徴的だな……えっと。刃紋が特徴的な場合は腕利きの鍛冶師が拵えている可能性が高いから気を付けろ……だっけか)
まるで氷を思わせる刃紋が特徴的な細剣を見て、ソラは未来のカイトが教えてくれた話を思い出す。それがこの世界でも通用するかはわからないが、少なくとも一品物である事に間違いはなさそうだ。となれば、警戒するに越したことはないだろう。
(さっきの訓練の様子から、一撃一撃は重くはない。おそらく手数重視……なら)
次の瞬の行動などを複合的に考えて、ソラは次の一手をどうするか考える。そうして脳内でシミュレートした彼であったが、ここらは対人戦闘の少なさが影響してきたと言えただろう。兄王の初手に思わず目を見開く事になる。
「「!?」」
まるで兄王がズームアップする様だった。後にソラも瞬も異口同音にそう述べる。そうして音もなく、そして一切の身動きもせずソラへと肉薄した兄王はその勢いを利用して、ソラの読みと全く異なった蹴撃を彼へと放つ。
「っぅ!」
「ほぅ……」
間一髪。予想外れの攻撃にも関わらず、ソラが見事防いでみせた事に兄王が一瞬だけ笑う。だが一瞬だけ笑った彼であったが、直後姿勢を崩したソラへと続けざまに蹴撃を繰り出した。
「はっ!」
「っとぉ!」
続けざまに放たれる蹴撃に姿勢を崩しよろけるソラであったが、直後彼の身体を包む様に風が舞い踊る。これに兄王は異変を即座に察知。その場を離脱しようとして、その背後に瞬が回り込んだ。
「「……」」
性根としては、瞬も兄王も似ていたのだろう。音もなく転身した兄王は瞬を正面に捉える。これに瞬も兄王もどちらともなく、僅かに荒々しい笑みを浮かべた。
「「はぁ!」」
まるで示し合わせたかの様に二人が同時に剣戟と刺突を交える。そうして火花が舞い散り、瞬が次の刺突を放とうとする前に。兄王はその衝撃を利用して背後へと滑り出す。
「なに!?」
「は? え、ちょっ!」
背後へと滑り出す。それは即ち、ようやく体勢を立て直したばかりのソラへと体当たりのコースだ。無論普通に体当たりをしただけでは意味はない。故に兄王は再び音もなく反転すると、再びソラへと蹴撃を叩き込んだ。
「ぐっ!」
流石に初撃はまだソラも攻撃を警戒していたし、警戒していたのも剣戟という更に強い一撃だ。なので立て直しも出来た彼であったが、この意表を突く不意打ちじみた一撃は堪えられなかったようだ。敢え無く吹き飛ばされることになる。
「ちっ」
流石に戦い慣れているか。瞬は即座の判断でソラを吹き飛ばした兄王を追撃するべく地面を踏みしめる。が、そんな彼が地面を蹴ったとほぼ同時だ。再び全く身動きせず、兄王が瞬へと肉薄する。
「!? はぁ!」
「っ……ふっ」
幸いな事に、瞬は相手が格上と判断して常時僅かにだが帯電し攻撃を警戒していた。故にズームアップにも似た接近術に驚きはしたもののソラより遥かに正確に迎撃を繰り出していた。そうして刺突と剣戟が交わり、瞬が次の一撃を繰り出すよりも前に兄王が瞬の脇腹目掛けて蹴撃を繰り出す。これに、瞬は今のままでは直撃を理解する。
「っ、はぁ!」
「む」
ばちっ。紫電が爆ぜる音が鳴り響いたと同時に急加速して消え去った瞬に、流石に兄王も驚きを隠せないで居た。が、この程度の意表を突いてくる相手なぞ何百と戦ってきたのだろう。経験により瞬の行動を先読みする。
「ふっ! ……!?」
外された。瞬は兄王が自身の刺突の丁度そのタイミングで僅かに滑る様にして移動したのを理解する。そうして完全にがら空きになった彼に胴体へと斬撃を叩き込まんと、兄王が細剣を振り上げる。が、その彼の細剣が振り下ろされる事はなかった。これに兄王は上を見上げ目を見開く。
「!? 板!?」
「こういうのは、ないっしょ!」
「っ!」
ソラの肉薄で兄王は彼がなにかをしたのだと理解する。無理もないだろう。ソラの使った<<操作盾>>はあくまでエネフィアで培われた技術だ。兄王が発生を予期出来なくとも無理はなかった。そうしてソラの肉薄に目を見開いた兄王であったが、しかしこれに笑みを浮かべる。
「はぁ! は!?」
「ふぅ……久方ぶりに冷や汗を掻いた」
決め技として盾を突き出して<<杭盾>>を叩き込もうとしたソラであったが、兄王が彼の生み出した<<操作盾>>を起点にまるで懸垂する様に身体を持ち上げて回避したのだ。これにソラは慌てて<<操作盾>>の顕現を解除するも、一手間に合わなかった。
「遅い」
「<<輝煌装>>!」
「む?」
両足の間でソラの顔面を挟み込み、そのまま放り投げようとした兄王であったが彼の身体がガッチリと地面に固定されているのを見て目を見開く。とはいえ、彼もすぐにソラが何をしたかを理解したようだ。
「何かしらの防御と共に相対位置の固定か……ならば」
相対位置の固定が絶対であるわけではない。兄王は相対位置の固定の弱点を知っていた。故に彼は僅かにほくそ笑んで、しかし自身の背後に瞬が移動してきていた事を察知する。
「はぁ!」
「……」
「ちっ」
まるでアイススケートの様にその場を滑る様に移動する兄王に、瞬が楽しげに舌打ちする。この程度で彼も兄王が捉えられるとは思っていなかったが、ソラになにか攻撃されるよりマシと判断したのである。と、その一方の兄王は足を止めた瞬へと、今度は細剣を突き出す様に構えていた。
「させないっすよ!」
「……」
これはまずったかも。ソラは瞬と兄王の間に割り込んできた自分に対して笑みを浮かべていたのを見て、内心でそう思う。が、もう割り込んでしまったものは仕方がない。故に彼は万が一の秘策を用意しておいて、そのまま突っ込んだ。
「<<氷牙突>>」
「っ、頼むぞ!」
これは受けたらマズいタイプの攻撃だ。ソラはそれを直感的に察すると、懐に仕舞い込んでいた<<地母儀典>>に声を掛ける。
「む」
ざくっ。盛り上がった地面に深々と突き刺さった細剣に、兄王が目を丸くする。が、すぐに先ほどの一幕から何が起きたか察したようだ。
「魔導書か」
「うわわわわっ!」
何が起きたかを察した兄王の一方。ソラは突き刺さった細剣の切っ先から凍りついていくのを見て受けなくてよかったと慌てて盛り上がった地面のてっぺんから跳躍する。
「……む?」
「「……?」」
跳んだソラに向けて追撃を繰り出そうとした兄王であるが、なにかがあったのか唐突に足を止める。そうして僅かに顔を顰める彼であるが、しかしすぐに笑う。
「……もう少し楽しませろ。存外、カイトの連れてきた連れは面白い」
どうやら誰かと話していたらしい。ソラも瞬もそれを察する。そうして唐突な変化に驚きながらも動きを止めた二人に、兄王が笑った。
「ふぅ……すまなかったな。では、続けるとしよう」
「……大丈夫なんですか?」
「構わん……では、やるぞ」
程よい塩梅に兄王は身体が温まってきていたらしい。何処か楽しげな様子で二人に告げる。そうして、戦いは更に激しさを増していく事になるのだった。




