第3375話 はるかな過去編 ――剣帝――
世界の情報の抹消という普通には起き得ない事態の発生を受けて、その解決に乗り出す事になっていたカイト。そんな彼は自身と共にセットで動く事により大精霊の顕現を可能に出来るソラ達。かつて先代にして実兄が似た世界の異変の解決に尽力した『黒き森』の大神官スイレリア。古龍の端末にしてレジディア王国の聖獣レーヴェと共にシンフォニア王国の各所を巡っていた。
そんな最中、世界の情報の抹消により消え去った世界の壁を通って現れた『狭間の魔物』により一個中隊が全滅という被害を被ったエザフォス帝国の要請を受け、一同はエザフォス帝国の帝都へと足を伸ばしていた。というわけで帝都エザフォスにて一夜を明かした一同は帝国の特徴とも言える双王の片方。兄王の執り成しにより、彼が使うという訓練場を借り受けて訓練を行っていたのであるが、そこに美丈夫こと兄王がやって来て、一同の訓練を横目に彼もまた鍛錬を重ねていた。
「……」
一言で言えば、氷。眼を閉じて呼吸を整えなにかの型らしい構えを取る兄王の剣であるが、見るものにそんな印象を与える鋭さがあった。そうして呼吸を整え一瞬を見定めて、彼は剣を振るう。
「「「っ」」」
今までに見てきた帝国の剣術のそのどれとも異なる。やはり流石に帝王直々に訓練を共にするとあってソラ達もまたその一挙手一投足に注目していた。故に放たれたまるで氷の様に鋭く透き通った斬撃に、カイトとセレスティア、イミナの三人を除いた全員が息を呑む。
(すごいな……魔力の斬撃はどうしても範囲攻撃だ。それをどれだけ線に近付けるか、という所が重要だが……訓練レベルとはいえ、今の斬撃はカイトと同レベルか? もう完全に極まっているんじゃないか……?)
今はもはや帝王とはいえ、兄王は同じ武芸者だからこそだろう。瞬は今の斬撃の冴えの凄さに思わず感じ入っていた。
(間違いなく腕は俺達以上……なるほど。あれなら、レックスさんさえ命からがら逃げ延びたと言われる合同演習襲撃も先帝と共に生き延びられたかもしれんか)
帝王となってよりは滅多に前線には出ていないという事だったが、だからと戦っていないわけではないのだろう。瞬は兄王の斬撃から直感的にそれを理解したようだ。そうして暫く観察を続けていた彼であったが、ある事に気が付いて再度息を呑む事になる。
「……」
「っ……」
「……瞬、気付きましたか?」
「ああ……あれだけの剣戟を何十と放ちながら、呼吸が一切乱れていない。それどころか……」
リィルの問いかけに、瞬は兄王の剣術についてどんな称賛の言葉を紡げば良いかわからなかった。故に自身の語彙力のなさを僅かに嘆きつつも、彼はありきたりな言葉を口にする。
「凄まじいな……俺も聴覚には少し自信はあったんだが。おそらくすり足……で間違いないよな?」
「ええ。浮いている様子はありません……一切無音のすり足。あれをやられるのは非常に厄介ですね……」
一体全体どういう技術を使えばすり足を無音で行えるのだろうか。瞬もリィルもまるでアイススケートの選手がする様に地面を滑走し、まるで剣舞さながらの流れるような剣戟を放つ兄王の剣術に思わず見惚れそうになる。そんな武芸者二人の一方。ソラはというとカイトに小声で問いかけていた。
「なぁ……あの人が兄王陛下で間違いないのか?」
「ああ。流石にあの剣技で影武者はないな」
「……何が目的なんだ?」
やはりソラの方は兄王が何の目的もなく、ここに来たとは思っていなかったらしい。かなり警戒しながらカイトへと問いかける。
「さぁなぁ……とはいえ、何の意図もなくってのはないだろうさ」
「問題はそのなにか、なんだよ」
「あははは……そうだな。さて、何が目的か……」
ソラの問いかけに、カイトは兄王の意図を考える。とはいえ馬鹿の考え休むに似たりと考える必要もなく、先に兄王の方が話しかけてきた。
「ふむ……手が止まっているな。やはり俺が一緒では身に入らんか」
「あ……いえ……申し訳ありません」
「構わん……よくある事だ。ふむ……」
確かに兄王の指示は自分を気にせず訓練を続けろ、だ。それを無視しているような形は色々と良くないか。ソラはそう思い、大慌てで訓練用の剣――流石に帝王専用の訓練場で<<偉大なる太陽>>を握る勇気はない――を構え直す。その一方、なにかを観察していた兄王は一つ頷くとそんな彼と瞬へと告げた。
「……うむ。お前とお前。身に入らぬのなら、俺の訓練を手伝え」
「「はい?」」
ソラへの注意に再び各々の訓練に戻ろうとしていた瞬と、そもそも声を掛けられたソラの二人が揃って唐突な発言に困惑を浮かべる。
「どうせ俺に言われて訓練に戻ったとて、身に入らんのは一緒だろう。ならば俺の訓練に付き合うついでに、自らの訓練もしてしまえば良い」
「はぁ……と、おっしゃいますと?」
言わんとする事がわからないではないが、とどのつまり何をすれば良いのだろう。ソラは兄王の言葉の意図が理解出来ず、兄王の説明を促す。これに、兄王が笑っていると理解出来る程度の笑みを浮かべた。
「俺と戦え、ということだ。カイト、監督は任せて良いな」
「はぁ……一応、オレは他国の騎士なんですがね……御意」
なるほど。この思惑が何かはわからないが、どうやらこの行動をするがためにここに来たという事なのだろう。カイトとてかつての様に自身を名前で呼んだ兄王の意図を理解できないわけではなかった。とはいえ、受諾の意向を示した彼に、ソラが仰天する。
「えぇ? 良いのか?」
「帝王陛下がそうしろ、と言えばこの国じゃ黒だろうと白だ。そして残念ながら、それを掣肘出来る妹王様もいらっしゃらない。諦めろ」
「えぇ……」
確かにこの国も王政である以上、その王様がそうしろと言えばいくら他国の客人だろうと否やは言えない。この国では王様こそが絶対者だ。それはわかりつつもかなり難色を示すソラに対して、兄王は瞬に問いかける。
「瞬……だったな。話は聞いていた。お前の方はどうだ?」
「お望みとあらば」
「よし……」
やはり瞬は武芸者として気後れより戦ってみたいという闘争本能の方が勝ったらしい。兄王が浮かべる何処かいたずら小僧っぽい笑みに似た、しかし闘士の笑みで答える。それを受けた兄王が、改めてソラを見た。その視線に、ソラは若干瞬へと恨みがましい目線を送りながらも腹を括った。
「はぁ……わかりました」
「よし……カイト」
「御意……ほら、全員こっちだ」
兄王の要請に、カイトは残った面々を訓練場の端の方へと移動させる。そんな彼に、セレスティアが問いかけた。
「何が目的……なのでしょうか。腕を見極める、とは思えませんが」
「だろうな……ただここでこうやって腕試し、がなにかの目的の一つではあるんだろうが」
その何故ここでこの行動に出たのだろうか。それを理解する事が出来る知性は、残念ながらこの時代のカイトにはなかった。そしてそれはソラもわかっており、彼が腹を括る結論を下したのは意図を掴めると判断したからでもあった。
「安心しろ。全力は出さん……出させられるのであればそれでも構わんがな」
「剣技を隠されたりはしないんですか?」
「所詮俺は闘技場で見世物にされていた身だ。隠せるような剣技は持っていない」
瞬の問いかけに対して、兄王は何処か自嘲気味にそう笑う。元々先帝は猛者を好んでいる、と言われていて、元々が民衆に評価が高いというのだ。
闘技場があっても不思議はなかったし、自分の子供の武芸を自慢するためのある種のスター選手のような扱いを受けていたのだと察するには十分だった。というわけでそんな両者が距離を離して呼吸を整えた所で、カイトが声を張り上げ、模擬戦が開始されるのだった。
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