第3374話 はるかな過去編 ――剣帝――
世界の情報の抹消という世界の崩壊さえ巻き起こしかねない事態。その事態の発生を受けて、カイトは大精霊達の指示により解決に乗り出す事になっていた。
というわけで未来から来たソラ達。『黒き森』の大神官スイレリア。レジディア王国の聖獣にして古龍の端末と言われる聖獣レーヴェと共に調査の旅に赴いていた。
途中魔族達との交戦や同じく大精霊からの指令を受け異大陸から舞い戻った先代の大神官グウィネスとの出会いを経たわけであるが、その最中。世界の情報の抹消に端を発する『狭間の魔物』の流入により、北方エザフォス帝国軍にて一個中隊が壊滅したとの連絡がレックスより入る事となる。
そうしてエザフォス帝国の帝都にたどり着いた翌朝。流石に謁見までまだ時間があるとなった一同はエザフォス帝国二人の帝王の片方。兄王の厚意を受ける形で帝王用の鍛錬場を借りて軽い稽古を行っていた。
「ふっ! ふっ!」
基本的な話として、大太刀と大剣といういびつな双剣を使うカイトだろうと、盾を使うソラだろうと、槍を使う瞬だろうと型が存在している限り形稽古をする事は変わらない。
とはいえ、やはり未来のカイトは型稽古の時間よりも瞑想や瞑目して世界の流れを読む精神鍛錬に重きが置かれる様になっていたからだろう。彼が形稽古に汗を流す姿は、ソラには物珍しかったようだ。何処か不思議そうな顔で自身を見るソラに、カイトが問いかける。
「ふっ……どうした!?」
「あ、いや、悪い」
「いいぞ! 別に形稽古程度、話しながらでもやれるしな!」
魔力を全開にすれば数トンの重りだろうと汗一つ掻かず振り回せるだろうカイトであるが、訓練ではそんな事はしない。きちんと自身が最適と感じられる重さに双剣を設定し、何百度も振り抜いているのだ。いくら彼でも珠のような汗が額には浮かび、汗が飛沫となって飛び散っていた。
「まぁ、そうだわな。いや、俺もそうだけど……ふっ! はっ!」
「そうか! 何か聞きたい事があるなら答えるが!?」
「いや、ちょっと珍しくて!」
「珍しい? オレが形稽古をする事がか?」
未来の自身は正面からの戦闘力であれば自身に及ばないかもしれないが、手札など全てを引っくるめれば下手をすると自分より遥かに強いかもしれない。先の『方舟の地』での交戦やソラ達から聞く話からそう思っていたカイトであったが、その未来の自身が形稽古をしている姿をソラは見たことがほとんどないというのだ。思わず手を止めるほどに驚いていた。
「お前こそ手が止まってるぞ!」
「おっと! はっ! で、未来のオレは形稽古をしてないのか!?」
「いや、一応はやってるらしいんだけどさ! ただ俺が知ってる修行って形稽古じゃなくて……なんってかな……精神鍛錬!? そんなのがメインだった!」
「精神鍛錬ねぇ……」
もしかしたら自分より遥かに技の冴えが見えたのはそこに起因しているのかもしれない。カイトは今度は意図的に形稽古の手を止めて、呼吸を整える。
気配を読む。ある程度の敵の先を読む程度であれば彼も出来る。ただ未来の彼の領域。敵以外のもはや未来視にも等しい神陰流の領域には到底たどり着けないというだけだ。
というわけで意識を集中させて僅かに伝え聞こえた未来の自身の武芸が為している事を自身も為そうとして、浮かんだのは苦笑いだった。
「……駄目だな。流石にまったくわかんねぇや」
「だろうよ! カイトと同じ流派!? 未来のお前と同じ師匠から学んだ人……未来のお前の兄弟子が自分なりにその流派を改良した流派を使っている人が居るんだけど! その人も全く無理っていうぐらいには難しいらしいからな!」
「そりゃ下手に習ったからじゃないのか!?」
「いや、その人色々とあって生きてるんだけど! 未来のお前が技を競ってボコボコにされた!」
「はぁ!? あ、あれだけの技持って負けたんか、オレ! い、いや……兄弟子……か。ならむべなるかな……なのか……?」
未来の自身の腕は『方舟の地』で擬似再現されていればこそ、そしてそれと全力で戦えばこそ、技では決して勝ち目がないとカイトは思っていた。
だからこそレックスと二人で組んで、しかも力技というある種の敗北宣言までして勝ちを得たのだ。その未来の自身を技の勝負とはいえ負かしたという未来の自分の兄弟子に、カイトは苦笑い半分、困惑半分だった。そしてそんな彼に、ソラがカイトから聞いた話と教えてくれた。
「でもその人もお前も、師匠……上泉信綱って言う超有名な剣士なんだけど! その兄弟子と一緒に一度イメージトレーニングやってたんだけど、二人一緒に戦ってあっさり負けたわ、って二人して笑ってた!」
「えぇ……み、未来怖いなぁ……ん?」
「ん?」
自身を上回る兄弟子と自身が一緒に戦って、数的有利があって尚あっさり負けたと言わしめる未来の自身の師だ。もはや未来の世界に存在する剣士達にカイトはもはや苦笑いしかなかった。というわけで笑っていた彼であったが、唐突に鍛錬場の扉が開いたことでソラと共にそちらを振り向く事になる。そうして入ってきた人物を見て、困惑の声が溢れる。
「「え?」」
この困惑の声の意味であるが、カイトとソラで意味合いは異なる。カイトは何故この人物が、という知っていればこその困惑。対するソラは入ってきた人物があまりの美形で、思わず女性と思うほどの美丈夫だったからだ。とはいえ、知らないからこそソラは先程カイトが言われた事を思い出しておおよその正体を推測する。
「あ、あぁ、そっか。確か陛下が使わないならば、兵士にも開放してるんだっけ」
「そ、そうだが……っと。陛下。ご無沙汰しております」
「「「……え?」」」
カイトの発した言葉に、ソラ以外周囲でいきなり入ってきた人物に困惑していた全員――流石にセレスティア達も容姿までは知らなかったらしい――が驚きを浮かべていた。
そうして困惑する一同を他所に、まるで他者の視線なぞ意に介せぬとばかりに空いているスペースへと歩いていた美丈夫が足を止める。
「マクダウェル卿か。息災、変わりないな。先の大将軍との一戦で深手との事だったが」
「はっ……ありがとうございます。この通り、何時でも戦線に復帰出来る状態です」
「そうか。空いている場所を使うぞ」
「はっ。我らこそ鍛錬場をお貸し頂き恐悦至極です」
「構わん。俺も本来は訓練するつもりはなかったが……時間が空いたから貴公の顔でも見に行くかとな」
おそらく嘘だな。ソラは直感的に兄王と思しき男性――声は流石に男性だったし筋肉も男性の付き方でしっかり見れば男性と理解は出来た――の言葉に対してそう思う。僅かに笑みが浮かびながら答える彼の言葉に、ソラはそんな印象を得ていた。
「はっ……それで陛下が使われますのなら、我らは出ますが」
「構わん。続けろ……貴公の動きの冴えが変わらんかどうかは、見てみぬ事にはわからんからな。俺も横でやらせては貰うが」
「かしこまりました」
それが陛下のお望みであれば。カイトは苦笑しながらも手を再び動かす。
「ほら、ソラも瞬も。全員手が止まっているぞ」
「え? 良いのか?」
「それが、陛下のお望みだ。ならば否やはないぞ」
「お、おぉ……」
確かに兄王の言葉には色々と嘘が混じっていそうだが、それでもはっきりと続けろと言われた以上は続ける以外に選択肢はないのだ。というわけで、一同も困惑しながらも再びそれぞれの形の稽古に戻っていくのだった。
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