第3372話 はるかな過去編 ――帝王――
世界の情報の抹消という自然には起き得ない事態。その発生を受けた大精霊達の指示により、カイトは事態の収拾に乗り出す事になっていた。というわけで彼は自身と共に大精霊顕現の要となる未来から来たソラ達。『黒き森』の大神官にして風の大精霊の眷属であるスイレリア。古龍エルダー・ドラゴンの端末である聖獣レーヴェと共に行動を開始する。
そうして行動を開始して暫く。いくつかの地点を回り情報を収集していた一同であったが、北の帝国ことエザフォス帝国にて一個中隊が『狭間の魔物』により壊滅。それが今回カイト達が追い掛ける事態により引き起こされたものと考えたエザフォス帝国の要請を受け、彼らはエザフォス帝国の帝都エザフォスへと入っていた。というわけで帝都エザフォスにたどり着いた一同は、翌朝からの謁見に備えて帝王についての情報をカイトから聞く事になっていた。
「という具合でしょうか」
「中央集権化……ですか」
「ええ……まぁ、中央集権というよりも現在の帝王派と貴族派に分かれている現状を変える、という所ですが……ただこれまでの帝王派と異なるのは帝都からの上意下達を目指している、というのが正しいのやもしれません」
「確かこれまでは帝王派……バックにある家がかなり力を持っていたのでしたか」
帝王派貴族派というわけであるが、結局のところ貴族同士の争いだ。なので勝利した帝王派の貴族は甘い汁を吸うことが出来るわけであるが、それは腐敗の温床となりやすい。
それはエザフォス帝国で問題の一つとなっており、現帝王もそれを憂慮していたのであった。というわけでスイレリアが知るエザフォス帝国に昔からある問題の一つへの言及に、カイトも頷いた。
「ええ……大神官様もご存知の通り、現帝王は元々ほぼ後ろ盾を持たぬ状態でした。それが自らの才により、即位されるまでに至った」
「かなりの才覚を有している、と」
「間違いないでしょう。まだ先帝の頃でしたが兄王の方が面白半分の貴族達に唆され、私と一度矛を交えた事が」
「貴方と?」
まだ先帝の頃と言うとかなり昔の事の様に思えるが、実際にはさほど昔ではない。カイトが他国に赴けたのは魔族の一度目の侵攻以降。そして最初に赴いたのがレジディア王国で、そこでレックスに唆され共に旅に出ている。つまり最低でも数々の偉業と言える出来事を経た後であった。それと戦えたというのだから、現帝王の実力はよほどのものと考えられた。
「ええ……流石にあの頃と異なり前線に立つ事はほぼなくなったでしょうが……少なくとも弱いとは決して言い得ないかと。それこそ、老将カニスに気に入られる程度には」
「なるほど……確かにあの老将軍が推挙したという話は聞きました。それならば納得も出来る……」
カイトの言葉にスイレリアが納得を示す。というわけで色々と昔にあった出来事を話す二人であったが、そんな二人を横目にソラがセレスティアへと小声で問いかけた。
「なぁ、なんで今代の帝王陛下? は後ろ盾を持っていなかったんだ?」
「あぁ、それですね……元々この当時の帝王陛下は口さがない者が言う所の下賤の出なのです」
「……ってことはお母さんは市井の人ってことか?」
「流石にそうではないと思われます。一応はかなり下級の貴族との事です……ただここだけの話ですが、先帝はかなり女癖が悪かったそうです。しかも好き放題との事でしたので……」
「うわぁ……」
もしかしたら歴史に伝わっているのは帝王のお手つきとなってしまったが故に、体面を気にする貴族達により下級の貴族に養子に出されたなどがあったかもしれない。暗にそう告げるセレスティアに、ソラが盛大に顔を顰める。
「でもそれならよく帝王に即位出来たな」
「それは全くの幸運という所が大きかったようです……先帝が亡くなったのは今の統一王朝が崩壊するきっかけとなった一件。カイト様の養父。先代のマクダウェル卿が亡くなられた合同演習襲撃です。そこに、先帝も出席していた。そして、今代の帝王陛下もまた」
「そうなのか?」
「ええ。当時の陛下はカイト様が仰られた通り優れた剣士と優れた魔術師として名を馳せており、帝国の武名に花を添えさせるべく同行を命ぜられたそうです……先帝は女癖が悪かったと共に、優れた武芸者を非常に好まれてもいました。なので優れた剣士として名を馳せたお二人を自らの子としてではなく、戦士として好まれていたそうです。一応、対外的には自らの子として扱われてはいらっしゃったそうですが……」
おそらくは単に自慢するためだけの道具として都合が良かっただけでしょう。セレスティアは少しだけ苦い顔でそう告げる。そんな彼女であるが、すぐに気を取り直した。
「それは良いでしょう。それで合同演習に同行されたわけですが、そこには当時の有力候補も同行されていたそうです」
「が、逃げたんだな、これが」
「は?」
「我先にと逃げたんだよ、そいつらは。まぁ、当時の状況を考えりゃしゃーないが。ウチの陛下でさえ、命からがらだったんだから。ぶっちゃけ、あそこから全員生還したのは奇跡なレベルだ」
どうやらセレスティアの解説はカイトも聞こえていたらしい。当時何があったか、と言われれば当然カイトの方が詳しいだろう。というわけで、彼が笑いながら教えてくれた。
「とはいえ、現陛下は逆に最後まで残って陛下を守って帝都まで生還……するとどうなる?」
「え? そりゃ……普通なら恩を感じるよな」
「そう……じゃあ、逆に自分を見捨てて我先に逃げた奴らは?」
「……あー」
自分を見捨てて逃げたのだ。いくらそれが親子関係が希薄な貴族の性と言えど、今までどれだけ目をかけてきたかと怒り心頭だろう。ソラもそれを理解して、苦笑いしか浮かべられなかった。
「そ。怒り心頭だ。先帝は今までの自分の非を泣いて詫びて、陛下に帝位を譲ると宣言。民としても元々優れた戦士として、指揮官として名を馳せていた陛下の即位はその荒れる時代に即すると大歓迎……カニスのジジイ共古い腕っぷしを重視する異族の重鎮達も魔族の侵攻が危惧される状況で陛下の即位は賛成。元々の皇位継承者達は一度の失敗で全部を失って、逆に陛下は一度の成功で失っていた全てを手に入れたってわけだ」
「い、一応聞きたいんだけど、その皇位継承者達って……」
「多分、何人かは生きてるんじゃないか? 怒り心頭の先帝は探し出して殺せと息巻いたそうだが……陛下が執り成したそうだ。まぁ、それでも怒りが収まらないからバックの家共々かなりの厳罰を受けたそうだが……陛下にしても執り成したのは戦力をいたずらに消費したくない、という打算だな」
流石にそこから暗殺されたかどうかなどは他国であるからカイトも知り得なかったようだ。が、少なくとも現在は没落と言えるレベルには勢力を落としており、そこらも今代の帝王が中央集権を進められる一助となっていた。というわけで笑っていたカイトであるが、少し気を引き締める。
「そういうわけだから、帝王陛下は貴族達より市民やジジイら腕っぷしを好む古い一族なんかには抜群の人気を誇る。まぁ、中には黄色い声援も混じってそうだが」
「そうなのか?」
「ああ……さっきセレスも言っていたが、母君は元々女癖が悪い先帝がお手つきにされるほどの美女だった。その美しさを陛下も受け継がれている。そこらも、先帝は好んでいたそうだな」
眉目秀麗かつ武勇抜群。それが自分の子だというのだ。色々とあれ、他国に自慢するにはこれ以上ない道具だろう。なので裏では冷遇しつつも、表向きは自らの子として認められてはいたとの事であった。
「施策は貴族中心というより民中心……民衆の活性化に重きを置かれている。だから今、帝都は先帝の頃以上に商業が活発だそうだ。ここらはレックスの受け売りだけどな」
「へー……」
それは確かに民衆には人気が出そうだな。ソラは戦時中だというのに活気がある帝都の様子を思い出し、それが決して結界に守られているからだけではないと理解する。というわけで、少しの情報共有がそこから暫く行われる事になるのだった。
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