第3371話 はるかな過去編 ――帝都と帝王――
世界の情報の抹消という自然には起き得ない事態。その発生を受けた大精霊達の指示により、カイトは事態の収拾に乗り出す事になっていた。というわけで彼は自身と共に大精霊顕現の要となる未来から来たソラ達。『黒き森』の大神官にして風の大精霊の眷属であるスイレリア。古龍の端末である聖獣レーヴェと共に行動を開始する。
そうして行動を開始して暫く。いくつかの地点を回り情報を収集していた一同であったが、北の帝国ことエザフォス帝国にて一個中隊が壊滅。それが今回カイト達が追い掛ける事態により引き起こされたものと考えたエザフォス帝国の要請を受け、彼らはエザフォス帝国の帝都エザフォスへと入っていた。
「防寒具が必要って話だったからもっと寒いもんかと思ってたけど……外より逆に寒くないんだな」
「帝都を覆う結界の影響だろう。後は大結界が相互に干渉し合って寒さを低減している事もあるだろうな」
「あ、そっか。ここが中心だから、当然<<冬の大結界>>以外の大結界……<<夏の大結界>>の影響も受けてるのか」
帝都の四方を守る大結界はそれぞれが季節の名にちなんだ災害をもたらしているのだという。なので<<夏の大結界>>であれば砂漠地帯になっているそうで、先にカイト達が通り抜けたヒムエス領の<<冬の大結界>>と相互に干渉してちょうど良い気候となっているのだろう。ソラはそれを察する。というわけで、カイトも彼の理解を見て一つ頷いた。
「そういうことだな……まぁ、北にある関係もあって結構冷え込む事も多い。だから防寒具は手放せないのもまた事実だ。本当にここら一帯で防寒具が必要なくなるのは真夏のごく一部の時間だけだろう」
「そう言えば……確かに今は夕方だから若干肌寒くなってきてるな」
「ああ。また夜は冷え込むだろう……それまでに帝都に到着出来たのは幸いだったな」
やはり太陽が沈んでいくからだろう。いくら大結界で若干調整しているとはいえ、魔術的に見ても太陽とは途方もない力を有している。
なので本来気候の調整も太陽に合わせてせねばならないのだが、流石にそこまで事細かに調整すると今度は不具合の発生要因に成りかねないし、手間も非常に掛かってしまう。多少の修正点であれば費用対効果に見合わない、と判断されてしまったのであった。
「流石にこの気温で野宿するとスープが恋しくなりそうだな」
「あははは……まぁな」
ソラの言葉にカイトが笑う。そうして一頻り笑いあった後、ソラは周囲に目線を向けた。
「……結構コンクリート製の建物が多いんだな。もっと木造の建物が多いと思ってたんだけど」
「断熱材を入れる関係で、どうしても石材中心での街作りになった……とかなんとか」
「ああ、断熱材……魔術でやるにしてもそれなりに厚みは必要か」
「ああ。それに断熱材以外にも壁や床そのものに熱を帯びさせる魔術も仕込んだり、とするからどうしても木材は使い勝手が悪いらしい」
「あー……ちょっとミスると燃えちまいそうだもんなぁ……」
壁暖房は聞いた事のないソラであったが、床暖房は知っている。彼の実家にも床暖房があるからだ。だからこそ有用性は理解できるが、魔術でそれを再現しようとなると温度の調整を失敗するとすぐに燃え移る。しかも魔術の火だから、普通に水を掛けて鎮火出来るものではない。
というわけでそんな石材で出来た町並みを進む事暫く。一同は街の中心にあった巨大なお城へとたどり着いた。そのお城は例えばラエリアのような純白の城でもなければ、レジディアのお城の様に水に満ちた城というわけでもない。代わり映えしないと言えば代わり映えしないが、質実剛健という様子であった。
「……盛大な出迎えとかは……ないのか」
「流石にこの時間だしな。流石にこんな時間に盛大な出迎えをすりゃ何かあったと誰もが勘付く。今回はあくまで内密な来訪だ」
ソラの言葉にカイトが笑う。まだ完全に闇夜に包まれているわけではないが、あの小高い丘の上ですでに夕暮れだった事もあり一同が帝都の城に到着した時には夕闇が周囲を包んでおり、夜と言える時間まで後僅かもない様子だった。
「それにそういう盛大な歓迎ってのは歓迎される立場のヤツにやるもんだ。オレはそういう立場にないよ。何より、今回はかなり急ぎで入国した。向こう側もそんな準備が出来る時間はないだろう」
「そりゃそうか……って、お前歓迎されないのかよ」
「一応、これでも半敵対関係の国の騎士団長だからな」
グラキエースやムラトの関係で忘れがちであるが、先にカニスとの話で出たフロガなる将軍を筆頭にカイトを嫌う勢力は割とある。戦国乱世の世である以上、そこらは仕方がないとカイトも割り切っていた。
「あれ? でもそれって大神官様とかには関係ないよな?」
「一応帝国としてはまだ公的には大神官様が来たとは知らせていない。皆知っている様に思えるが、あくまでも貴族達がそういう噂をしているというだけだ」
「あー……下手に教えて色々と内部……帝国の内部で揉める姿を晒すのも困るか」
「そういうこと。さらには道中で貴族達に応対させたくもない、っていう所もあったんだろう。今回は事態も事態。あまり下手な対応は出来ん。実際、今回は一直線に来てるわけだしな」
色々とあるという所でひとまずは良さそうかな。ソラは帝城の正門が開くのを待ちながら、そう考える。というわけで待つこと暫く。帝城の正門が開かれて、一同は帝城の本城から一番近い別棟に通される事になる。そしてそこで、グラキエースとは一旦お別れだった。
「ヒムエス嬢。将軍がお待ちです」
「了解……じゃあ、これで」
「おう、助かった。いつもこんな感じで仲良しこよしが出来れば有り難いんだがね」
「否定。貴方と戦う機会がなくなるのは困る」
カイトの言葉に、グラキエースがニコリと笑ってそんな冗談を口にする。彼女とて戦争がない方が良いのはわかっているが、カイトと戦うのは好きな様子であった。そうしてそんな冗談を口にした彼女がその場を去った後。カイト達は改めて客間で休ませて貰える事になるのであるが、そこでスイレリアが問いかけた。
「カイト。一つ良いですか?」
「なんでしょう」
「帝王陛下の事です。流石にエザフォスの帝王陛下とは一度もお会いした事はありません。先にどういった方かお伺い出来れば」
一応謁見は明日の朝一番。こちらが到着したのが夜である事を鑑みれば、ほぼ即座に謁見という流れだ。それに備えて帝王の事について聞いて事前に備えておこう、というのは自然な流れだろう。というわけでそんなスイレリアの問いかけに、カイトが少しだけ思い出しながら一つ問いかける。
「そうですね……双王という言葉はご存知ですか?」
「エザフォスの特徴の一つである双王制度ですね。流石にそれは知っています」
「双王制度? 王様が二人居るって事なのか?」
スイレリアの返答に驚いたような様子でソラが口を挟む。これにカイトは笑って頷いた。
「ああ。独特な形だろう?」
「元々エザフォス帝国は二つの国が纏まって出来上がった国です。なので王様も二人、と」
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないな……揉め事ばっかだ」
ソラの疑念に対して、カイトは呆れ顔で笑う。そんな彼が、セレスティアへと問いかける。
「流石に未来では廃止されているか? こんな揉め事しか起きない制度は」
「そうですね……実際、この時代の帝王が廃止したと伺っています」
「へー。やっぱやるのか。やるだろうとは思ってたが」
「そのための、でしょうからね」
どうやらセレスティアは何かを知っているらしい。今代の帝王の施策というか腹案を知るカイトが感心した様子を見せたのに対して、一つ頷いた。
「そうだな……っと、それでこの双王ですが、今代はエザフォス帝国で初となる兄妹での就任です」
「兄妹で? いえ、そういえば二十年ほど前に……今代は若き王でしたか?」
もしかすると。スイレリアはカイトの言葉に風の噂で今代の帝王兄妹が生まれた話を聞いていたらしい。
「ええ……おそらくその話の方かと」
「よくあそこから……」
どうやら今代の帝王兄妹はかなり波乱万丈な運命を辿っていたらしい。スイレリアは当時の事件を知っているからこそ驚いた様子を見せていた。
「っと、申し訳ありません。話の腰を折りましたね。続けてください」
「はい」
スイレリアの促しに、カイトは改めて今代の帝王兄妹についての情報を共有する。そうして、この日は身体を休めると共にこの情報共有で一日が終わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




