第3369話 はるかな過去編 ――帝都――
世界の情報の抹消。世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて、その事態の収拾に乗り出す事になったカイト。そんな彼は未来から来たソラ達やレジディア王国の聖獣ことレーヴェらかつて似た事態の収拾を行った者たちと共に情報収集に臨んでいた。
そんな中でレックスの要請を受けて今回の一件により現れた『狭間の魔物』により一個中隊が壊滅させられたというエザフォス帝国へと赴く事になった一同は最後の経由地である帝都の四方を守る4つの街の一つである『ヒムエス』を出発していた。そうして『ヒムエス』を出発し、およそ8時間。夕焼けが周囲を包む頃に、一同は帝都付近までたどり着いていた。というわけで色々な兼ね合いからカイトは外に出てエドナに跨っていた。
「瞬、速度を落とせ……帝都防衛の要のお出ましだ」
「帝都防衛の要?」
少し険しい顔のカイトの言葉に、瞬はひとまず地竜の手綱を引いて速度を落とさせつつ目を細めて遠くを見る。すると彼の眼にも、地平線の彼方からこちらにやって来る竜騎士の一団が見て取れた。
「竜騎士の一団か?」
「ああ……やれやれ。これで三大将揃い踏みは確定か」
「三大将というと、エザフォス帝国の三人の大将軍……だったか?」
「ああ……その内、帝都の守護を行うのがあの竜騎士達だ。ヒムエス家が帝王の剣なのであれば、あの竜騎士達は帝王の盾。ヒムエス家と並んで中立派の竜騎士達だ……まぁ、中立派というよりあそこは帝王に対しても完全中立らしいんだがな」
「そ、それは盾として役に立つのか?」
帝王に対しても中立。そう聞いた瞬が盛大な苦笑いを浮かべながら問いかける。これにカイトも笑った。
「さぁなぁ……でもまぁ、あの竜騎士達が強いのは事実だ。帝王派だ中立派だなんだと国内も揉めに揉める事が多い帝国だが、それでもクーデターが起きない理由の一つがあの竜騎士達が居るからという所が大きい」
「帝都の守りを一身に担っている……というわけか」
「そう考えてくれて構わん。滅多にこの結界内から出てくる事のない騎士たちだが……それが出迎えに動くなんて早々ないぞ。オレも初めてだな」
おそらくこちらに来るのは間違いなく自分達に何処かで貴族派の連中が接触しない様にするためというのがあるだろうな。カイトは出迎えに動かされる事なぞ本来あり得ない竜騎士達の行動に表情を険しくする。そんな彼の様子に、瞬もこの竜騎士達が精兵――そもそもエネフィアでも竜騎士は精兵だが――なのだと察する。
「戦った事は?」
「あるよ。何度もな」
「滅多に出てこないんじゃなかったか?」
「何事にも例外はある……ま、何度かはヒムエス家と共同して動いててそこにオレが軍部の要請を受けて介入とかもあるけどな」
つまりは彼らが来たとなるとカイトの出動が要請されるというわけか。瞬は彼らの戦闘力をそう判断し僅かに身構える。
そうしてそんな竜騎士達を見ながら速度を落として一団が停止すると同時。竜騎士の一団もまた、到着する。が、そんな竜騎士達を統率していると思しき若き騎士の顔に浮かんでいたのは苦笑だった。
「ヒムエス家のグラキエース。しかも使者を統率するのはシンフォニアのマクダウェル卿。まったく……揃いも揃って何事なのやら」
「おっと……どうやら帝王陛下もまだ無愛想なヤツを差し向けない程度の配慮は下さったらしいな」
「貴様であれば流石の総隊長も苦笑いしただろうよ」
若干殺伐とした雰囲気が出ているのは気の所為ではないだろうな。瞬は改めてここが同盟を結ぶ国ではない事を思い出して、気を引き締める。そうして上空を飛んでいた飛竜達が舞い降りて、先にカイトと言葉を交わした若い騎士が地面に降りる。それにカイトもまた地面に降りた。
「久しいな、マクダウェル卿。戦場で再会する前にまさか帝都で再会するとはな」
「こちらこそ久しぶりだ。まさかてめぇの横っ面をぶん殴る前に握手する事になるとはな」
「はははは。それはこちらのセリフだろう。半年前の傷は癒えたと思っていたが……また疼き出したぞ」
「ルクスのヤツに良い土産話になりそうだな。あいつもお前に刺された後、暫くは動けなかったぞ」
にこやかに笑いながらも、その笑みは牙を剥くというのがふさわしい様子だ。というわけでそんな両者が荒々しい握手を交わした後。若い騎士が笑みを引っ込めて真面目な顔で問いかける。
「それで、何があった。陛下からは『黒き森』の大神官様がお見えになると伺ったが」
「知っているが……陛下が語っていないのであればオレがこの場で語れる事ではないという事なのだろうな」
「そうか。噂では大精霊様の信託が下ったという噂もあるが……そうなれば安易には口に出来んか」
「どうとも言えんな」
カイトが護衛を行い、自分達が出迎えに差し出されるほどなのだ。おそらく噂は真実なのだろう。若き騎士はカイトの言葉にそう判断。竜車を見る。
「あの中か? 護衛は……まぁ、お前が居る事を考えれば問題はなさそうか」
「それについては認めよう」
「わかった……グラキエース。直近の護衛はそちらに委ねる。こちらは周囲一帯に散って周辺を警護する」
「了承」
出迎えが長々と足を止めさせるわけにもいかない。若き騎士はそう判断すると再び自身も飛竜に跨って、グラキエースへとそう告げる。彼らはあくまで護衛ではなく出迎えを兼ねた護衛だ。というわけで再び飛び立っていく飛竜達に先導される形で、一同は再び帝都を目指して出発する。
「カイト。今のは知り合いなのか?」
「ん? ああ……さっき総隊長という言葉は聞こえたか?」
「ああ。竜騎士達の総トップという所なのか?」
「ああ。竜騎士達は3つの部隊がある。今のあいつは飛竜で構成された飛竜騎士の隊長の一人だ。総隊長はその飛竜騎士を束ねる総隊長。他には地竜達による地竜騎士。その両者達の混成で構築される部隊の3つだな」
「特化した二つの部隊とその両者をサポートする部隊……という所か?」
「そんな所だ……で、それら竜騎士達を全て束ねるのが三大将の一角というわけだな」
ここらは冒険部と似た構造か。瞬はエザフォス帝国が取っている組織図が自分達と似ている事を理解し、おそらくその判断が理にかなっているのだと理解する。というわけでそこらを話した所で彼が先の若い騎士について教えてくれた。
「で、今のはその飛竜騎士のエース。史上最年少で部隊長に上り詰めた若き騎士。ドラコーン家の長男坊。半年ほど前にルクスに怪我を負わせた男」
「ルクスさんに?」
この時代のルクスの強さは瞬も知っている。おそらくエネフィアのルクス、即ち契約者と比較しても劣らないだろう彼に手傷を負わせられる実力だ。実力としてはグラキエースと並んで若き英雄と言われるほどと考えて良いだろう。というわけで驚きを浮かべる瞬に、カイトが何処か荒々しい様子で頷いた。
「ああ……帝国は人材豊富だぞ。オレ達同盟よりも数であれば上回っているだろうよ。質なら上回ってるけどな」
「そうか」
やはりここらは譲れない一線がカイトにもあったのだろう。数であれば負けていると言うカイトであったが、それでも自分達も負けていないと口にする。そんな彼に笑う瞬であったが、今度は彼が問いかける。
「それでドラコーン家というのは?」
「ん? ああ、悪い。そっちの説明が途中だったな……ドラコーン家は竜騎士達を何人も排出した名門だ。今の三大将の一人もまたドラコーン家だ」
「つまり彼は……」
「そうだ。現ドラコーン将軍の息子。ムラト・ドラコーン。今は武者修行として飛竜騎士団に預けられている……だったかな」
流石に他国の騎士だ。カイトも完全に詳しく知っているわけではなく、ただ当人も家も有名なのでその人物が何故父の指揮下から離れて活動しているのかとやはり誰もが疑問になるから噂が流れ、そこの噂を知っているだけだ。
「なるほど……で、お前は何度か戦場で交戦していると」
「そうだな……まぁ、半年前はルクスと戦ってあいつが怪我を負わされたから撤退するのにオレが介入。流石にルクスとオレの連戦は無理だったのか、あいつも怪我を負って撤退って所だ」
「そ、そうなのか……」
というよりもお前とルクスさんの連戦って何なんだ。瞬はそれをやったというムラトという若き騎士の背を見て僅かに頬を引き攣らせる。とはいえ、同時にその顔には敬意に似た感情も浮かんでいた。
「だがルクスさんが手傷か。すごいな」
「まぁ、あの時はルクスの方も長いこと戦った後で竜騎士達が後から介入してきた感じだからな。流石にルクスの方も連戦の後で不利だった」
「それでもすごいと思うが……俺は無理だ」
「ま、そこはな」
瞬の言葉にカイトは笑う。実際、ルクスが半日ほど戦い続けた後に瞬と戦った所で苦戦はさせられるだろうが勝ち目はないだろう。というわけでやはりムラトも優れた戦士である事に間違いなかった。というわけで、一同はグラキエース、ムラトというエザフォス帝国が誇る若き英雄達に護衛されながら帝都へと入る事になるのだった。
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