第3368話 はるかな過去編 ――帝都へ――
世界の情報の抹消。世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて、その事態の収拾に乗り出す事になったカイト。そんな彼は未来から来たソラ達やレジディア王国の聖獣ことレーヴェらかつて似た事態の収拾を行った者たちと共に情報収集に臨んでいた。
そんな中、とある廃坑にて事態の重さを鑑みた魔族らの動きを知る事になった一同であるが、その後。レックスの要請を受けて今回の一件により現れた『狭間の魔物』により一個中隊が壊滅させられたという北の帝国『エザフォス帝国』へと赴く事になっていた。
というわけで最後の経由地である『ヒムエス』を訪れ先代の将軍であるカニス・ヒムエスと遭遇した一同であるが、その翌日には帝都を目指して再出発する事になっていた。
「うむ。では気を付けての」
「肯定……お祖父ちゃんも身体冷やさない様に」
「そこまで年老いてはおらんわ」
グラキエースの言葉にカニスが少し不満げながらも笑う。というわけで出発の挨拶を交わしたわけであるが、そんなカニスがカイトへと小声で告げる。
「カイト。貴族派の連中が南ルートから帝都に戻っておるそうじゃ。氷像を介して連絡が来た」
「っ……」
やはり最短ルートを通られると後追いでも追い抜かれてしまうか。カイトは主導権を握ろうと必死な様子の貴族派の動きに若干顔を顰める。
「誰だ? フロガ将軍か? ここで権力闘争に巻き込まれるのは御免被りたいんだが」
「残念ながら、じゃ。ディニの小僧も戻っておるそうじゃ」
「ちっ……確か東で海に出てたんじゃなかったか?」
「そりゃ二ヶ月前の話じゃろう。情報は大方アイクの小僧じゃな。半月ほど前には戻っておったようじゃぞ。帝都に戻るのはこれが暫く振りの様子じゃがのう」
「小競り合いで済んだってわけか」
フロガ将軍、というのは代々『エザフォス帝国』で海軍を率いているフロガ家に属する将軍だ。ヒムエス家同様に帝国には古い時代から所属している家で、カニスもここ四代ほどは見知っている様子だった。
「……まぁ、情報元がアイクなのは正解だよ。あっちでも小競り合いやったとは聞いたが……」
「フロガ家に命ぜられていたのは東の連中の艦隊を追い払えという事じゃからのう。で、アイクの小僧はレックスの小僧の貢物の輸送……時期を考えればその帰りに見たという所か」
「そんな所だ。ってことはお互いに帰り道にばったり、って所か」
もう少し艦隊にダメージがあれば帰還も長引いたのだろうが。カイトは貴族派の重鎮の帰還に少し苦い顔だ。というわけで、彼が告げた。
「わかった。気を付ける。あの将軍……ってか息子のディニともあんまり仲良くないしなぁ」
「じゃろうのう……まぁ、こりゃ儂らがおかしいんじゃが」
「あっはははは。ありがてぇよ、オレとしちゃ」
「お主もお主じゃの。ま、そこが儂も気に入っておるんじゃが」
「「ははははは!」」
呵々大笑。カイトとカニスが楽しげに笑う。シンフォニア王国とエザフォス帝国は正面切って交戦する関係ではないが、統一王朝唯一の正統後継者を保護するレジディア王国との間ではあまり仲は良くない。
元々の経緯から統一王朝を嫌うエザフォス帝国にとって、統一王朝の正当性を保持し大陸の統一を狙うレジディア王国が邪魔なのは当然だろう。他方シンフォニア王国はレジディア王国とは同盟国だ。なのでカイトも時にレックスに頼まれレジディア王国とエザフォス帝国の小競り合いに顔を出す事があり、その際に戦った一人がフロガなる将軍というわけであった。
「ははは……そうじゃ。そのいつもと違う妙な気配、隠せるのであれば隠した方が良いぞ。あの小倅がどういう流れで攻撃してくるかわからん。武力以外でもの」
「っ……何かやはりいつもと違うのか?」
「その様子ではどうやら気付いておらなんだか」
これは仕方がないことなのかもしれない。カニスは驚きながらも何か思い当たる節はある様子のカイトにそう思う。一応カイトの身体は種族としては神族――正確には龍神族だが――になるわけであるが、エネフィアで獣人と夜の一族とのハーフであるカナンが言われた様に、自らの血を知らない限りはその種族の特性も使えない。本来なら理解出来るはずの大精霊の気配を察知する世界のシステム側としての力が使えていなかったのだ。
「何があったかは知らんが、大精霊様の気配がする。契約者となったわけではあるまい?」
「ああ……だがジジイレベルで気付けるという所か? それともそんな分かり易いのか?」
「少なくともラキは気付いておろう。単に気にしておらんだけで……あれはそこらが若干まだまだじゃ。自身が気付ける内容の内、種族の特性に起因するものは同じ一族であれば普通に気付くと思うておる節がある」
やれやれ。カニスは聞き耳を立てるグラキエースを横目に見ながらため息を吐く。これに彼女が驚きながら口を挟んだ。
「疑問……気付いてないの?」
「儂とお主ぐらいじゃろう。カイトさえ気付いておらんからのう」
「驚愕」
カニスの問いかけに肩を竦めるカイトに、グラキエースは自身より遥かに鋭敏な感覚を有するカイト自身が気付いていなかったと理解して驚きを浮かべる。というわけで小声のまま、カイトは事情を説明した。
「今回の一件は大精霊様のご指示で動いている。その兼ね合いがあり、オレには大精霊様のマーキングのような物が付けられているらしい」
「じゃろうて……にしても、俄に騒然としておるからどういう事かと思うておったが。なるほど。その規模か」
単にカイトが『黒き森』から大神官を連れてくるだけにしては各方面慌ただしいと思ったが。カニスはすでに引退している身なればこそ詳細は教えられていなかったらしく、その慌ただしさから推測しているだけだったようだ。とはいえ流石は元将軍という所でのっぴきならない事態とは理解していたようで、彼も納得している様子であった。
「まぁ、そうであるのならあまり引き止めるわけにもいくまい。気を付けてな」
「ああ」
「肯定」
大精霊絡みの案件だというのだ。ならばあまり足を止めるわけにもいかないだろう。カニスはそう判断。それを受けて、一同もまた出発する。というわけで再出発してすぐ。御者を担うソラが問いかけた。
「どれぐらいで到着しそうなんだ?」
「うん? そうだなぁ……おそらく今日の夕方には到着出来る……かな。多分な」
「そこらは色々となければ、って所か」
「ああ。後、ここから先はきちんと舗装されているし、流石に結界の内側でもあるから兵士達の巡回も多い。下手に揉めない様に普通に行くべきだろう」
「そっか」
先ほどまで居た街が最後の経由地である事はソラ達も教えられている。なので後は帝都のみとなるということは、つまり宿場町に立ち寄らなくても到着できる距離――実際には竜車に必要がないだけで馬車や徒歩の旅人向けに宿場町は用意されているが――という事だ。
兵士の巡回も必然多くなるだろうし、ご時世柄警戒されている可能性は非常に高い。揉め事を避けよう、というカイトの言葉は当然の話だろう。というわけでここからは魔術を使わずに進む事になるわけであるが、再度ソラが問いかける。
「ここからは全体的に雪なのか?」
「ここから帝都付近までは雪だな。ただ程度までたどり着ければ、また草原になる」
「ふーん……大結界の影響?」
「そうだ。4つの結界が互いに影響しあって気候を整えているらしい」
「なるほど……確かにそういう事も出来るよな……」
カイトの言葉にソラはなるほどと納得する。そしてそうなると、草原が見えてくれば帝都が近いという目印と考えて良いと判断した。
「まぁ、とりあえずは草原が見えてくるまでは今まで通り、但し魔術を使わず駆け足でって感じで大丈夫か?」
「そうだな。草原は限られたエリアだから、見えてくるまでは大丈夫だろう。それに言ってすぐに到着するわけでもないしな」
「わかった」
じゃあまた暫くは何もないままになりそうかな。ソラはカイトの言葉からよほどの異常事態がない限りは止まらず進むだけと判断。再び前を向いて御者の役目に戻るのだった。
お読み頂きありがとうございました。
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