第3367話 はるかな過去編 ――常冬の地――
世界の情報の抹消。それは世界の崩壊さえ招きかねない事態の発生を受けて、その事態の収拾に乗り出す事になったカイト。そんな彼は未来から来たソラ達やレジディア王国の聖獣ことレーヴェらかつて似た事態の収拾を行った者たちと共に情報収集に臨んでいた。
そんな中、とある廃坑にて事態の重さを鑑みた魔族らの動きを知る事になった一同であるが、その後。レックスの要請を受けて今回の一件により現れた『狭間の魔物』により一個中隊が壊滅させられたという北の帝国『エザフォス帝国』へと赴く事になっていた。
そうして『エザフォス帝国』まで足を伸ばした一同であるが、一週間ほどの道のりを経てなんとか最後の中継地にしてグラキエースの地元であるヒムエス家のお膝元にたどり着いていた。そんなお膝元であるが、春から夏に差し掛かる頃だというのにまだ雪が積もっていた。
「そう言えば……カニスさん。ここらは雪が積もっているんですね。あの大結界を抜けるまでさほど寒さはなかった様に思えたのですが……今も寒いといえば寒いですが、ここまで積もるほどとも思えないのですが……夜はもっと冷えるんですかね?」
「むぅ? おぉ、この雪か」
確かに初見では困惑するのも無理はないか。瞬の問いかけにカニスは自分が踏みしめていた――流石に戦闘ではないので足跡も残っている――積雪を見る。
「そうか。お主らはシンフォニアから来たんじゃったのう……エザフォスの大結界を守る4つの地。そこは結界の影響を常に受け続けるんじゃ。故にヒムエスであれば常冬の地となる……というわけじゃな」
「ということは……普通の雪じゃないんですか?」
「ふむ……まぁ、普通の雪ではないのう。ただだからといって毒というわけでもないから安心せい」
カニスは瞬の問いかけに答えながら、降り積もっていた雪を掬い上げる。雪の状況としては新雪のようなフワフワ感があり、確かにこの気温でこの様子では普通の雪ではなさそうであった。
「ここらの雪は大結界の影響で溶けにくい。更には何時までも新雪の如き柔らかさを有してもおる……ま、その程度じゃな」
「はぁ……」
その程度と言うが本当にその程度なのだろうか。瞬は新雪が如き雪を手にしてみて、しかし感じる感覚はほぼ普通の雪と同様である様子を理解。若干の困惑を得つつも、カニスの言葉にとりあえずの納得を示していた。
というわけで瞬はカニスと共にそんな事を話しながら進むこと暫く。ヒムエス領『ヒムエス』が見えてくる。そんな『ヒムエス』であるが、遠目に見えた光景に瞬が困惑を露わにした。
「……モヤ? 霧……ですか?」
「湯気じゃ」
「湯気?」
ここまで雪が降り積もっているのだから水に関連する異常が起きていても不思議はないと思った瞬であったが、返ってきた答えに思わず困惑と驚きを露わにする。そんな彼に、話を聞いていたカイトが口を挟んだ。
「意外な事なんだが、『ヒムエス』は温泉街でもあるんだ。大結界の反作用? とかなんとか」
「肯定……大結界の冷気の反作用を何処かに放出する必要がある。その反作用を街の活性化に活用している」
「へー……」
確かに<<冬の大結界>>にてあれだけの冷気を発生させているのだ。いくら魔術とはいえその際に奪った熱を何処かで使用した方が効率的、と言われれば瞬にもそれは道理と理解出来た。というわけで色々と調整して、街の温暖化に役立てているという事であった。そうして更に『ヒムエス』に近づいていくと、先程までの寒さは何処へやら。過ごしやすい温暖な気候に触れる事になった。
「ふぅ……やっと防寒具を緩められる」
「肯定……割と息苦しい」
「ああ、息苦しいのは息苦しいんですね……」
自分の地元だから慣れたものなのかと思っていた瞬であるが、カイト同様に街に入るなり防寒具の第一ボタンを空けて胸元へ空気を通すグラキエースの言葉に思わずたたらを踏む。これに、グラキエースは少し恥ずかしげ――思わず胸元を開けた事に気付いたため――ながらも頷いた。
「肯定……でもしっかり締めないと大結界の中は寒すぎ」
「それは……そうですね」
「ま、それもここまでだ。ここは帝王陛下も時折休息で訪れられる。ゆっくりは出来るだろう」
「そうなのか……いや、確かによく考えればあんな結界に囲まれていればそう簡単に出れる事もないか……」
<<冬の大結界>>を筆頭にした4つの結界は間違いなく中心の帝都、ひいては帝王を守るためのものだろう。その帝王が足繁く結界の外に出ていては結界の意味がなかった。
そして先にカイト達も触れているが、ヒムエス家は帝王派貴族派関係なく帝室に仕えている。帝王派だ貴族派だと言わなくて済むので休みやすかったようだ。
「……なるほど。確かに雪も積もっているが……湯気で溶けるのか」
「そうじゃ。しかもこの熱は大結界の反作用で生じておるものじゃ。故に大結界の余波で生まれた雪も溶ける。言うて街全域を温められても、場所場所には冷気は生ずる。そこに雪は残っておるが……ま、それも風情と言うものじゃろうて」
「確かに……これはこれで味があると言えるかもしれないですね」
完全に雪がないのではなく、所々に雪化粧がされている。大結界の反作用を活用するという仕様の側面はあるのだろうが、結果的に北国のような印象は失われておらず、何処か洒落た雰囲気があった。そんな事を理解した瞬に、カニスも笑う。
「じゃろう……おぉ、そうじゃ。もし帰りに時間があるのであれば足湯なども使ってみると良い。色々とあるでな」
「足湯」
「お、知っておるようじゃな」
この世界でも足湯はあったらしい。シンフォニア王国中心で活動していたが故に風呂は普通の風呂しかなかったので瞬が僅かに興味を覗かせるのを見て、カニスが僅かな驚きを見せる。これに瞬は頷いた。
「ええ……元々自分の故郷も温泉が多い国でしたから。足湯や岩盤浴や蒸し風呂やら……色々とありました」
「ほぉ……そりゃ良いのう。儂もここに住むからか風呂は好きでのう」
「肯定……でもお祖父ちゃんは長風呂し過ぎ。そのうち倒れる」
「その程度で倒れるほどヤワな身体はしとらんわ」
グラキエースの指摘にカニスは楽しげに笑う。そんな彼らに、瞬は意外そうだった。
「そう言えば……お二人は冬の一族ですよね。お風呂は大丈夫なんですか?」
「いや、これがどうにも冬の一族は総じて風呂が好きでのう。ここが温泉街として栄えたのもそこらがある……かもしれんなぁ」
「肯定」
「そうなんですか」
どうやら、風呂が好きだったのは彼らに限らずこの地で暮らす冬の一族達に共通した趣向だったらしい。氷の大精霊の眷属だから寒い方が好きなのか、と思っていた瞬には意外な様に感じられたようだった。驚く彼に、カニスが頷いた。
「うむ……まぁ、そう言うてもこれは珍しい事ではないのやもしれん」
「と、言いますと?」
「どうにもその大精霊様の眷属は日常的に過ごしやすいなどを横にして自身の得意とする属性と対極の環境も好むようじゃ。儂らであれば温泉の様にのう。これは学者共の意見ではなく儂の勝手な想像じゃが、儂ら眷属はお仕えする大精霊様の属性の魔力を多く保有しておる。が、いくら眷属とはいえ過ぎたるは及ばざるが如し。蓄積されすぎると倒れる……それを正常な状態に整えるには正反対の力が必要じゃ」
「なるほど……」
カニスの言う事は学者達が調べなければ正しい所はわからないとはいえ、確かに筋は通っている様に瞬にも思えた。そして思い出せば、思い当たる節はあった。
「そう言えば……確かに以前火の大精霊様の眷属という方にお会いしましたが、水風呂や水を頭から浴びてるのを見てましたね。あれは砂漠の地方だからかと思っていたんですが……」
「かもしれんのう」
瞬が思い出していたのはウルカの<<暁>>での事だ。やはりエネフィア最大のギルドの名は伊達ではなく、世界中から様々な大精霊の眷属が集まってきておりその中で火の大精霊の眷属とも出会った事があったのである。
というわけでそんな話をしながら熱気漂う町並みを進むこと暫く。一同はヒムエス家の邸宅へとたどり着いて、ひとまず中へと通される事になるのだった。
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