第3366話 はるかな過去編 ――マクダウェル家――
世界からの情報の抹消。世界さえ滅ぼしかねない事態の発生を受けて、大精霊の要請を受けてその解決に赴く事になったカイト。そんな彼は堅牢を誇る要塞都市の壊滅や、この事態は魔族達さえ重く見て人類との内々の共同歩調を取る事さえやむを得ないと判断している事を知る。
というわけで紆余曲折を経ながらシンフォニア王国の各所を巡り調査を進めていた彼であったが、道中『狭間の魔物』により一個中隊が壊滅させられた事で今回の事態を本格的に危険視する事になった『エザフォス帝国』に招かれる事になる。そうして『エザフォス帝国』に入った一同であるが、帝都を目前にして先代の将軍にして若き英雄グラキエースの祖父とカイトが戦いを繰り広げる事になったが、それには意図があったようだ。
「ってな具合か。いくらあのジジイが神速だから、つっても姿形が消えてるわけじゃない。待ち構えりゃそりゃ手痛い一撃を食らうし、ジジイの氷像も一体だからまだ対応出来たってぐらいだ。それに見たは見ただろ? ジジイ、氷像はデカくも出来るから無視できん力にする事も出来た」
「みたいだな……やれやれ。結局遊ばれていたという所か」
カイトの指摘と対策法を聞きながら、瞬は自分がまだまだ老将軍の本気を出せていなかった事を理解する。というわけでまぁ、カイトが瞬の直後に戦った理由は彼の失策を説明するためというわけであった。
「まぁ、そういうわけだが。基本的にあまり足を止めるのは得策とは言えん。まぁ、結局足を止めないとどうにもならん時はあるからそこはなんとも言えないんだが……あそこは予測可能だったな」
「どこでだ?」
「一週間ぐらい前、ラキが来た時に氷像出してただろう? 更には氷の一族は氷の大精霊様の眷属という話もあった。そこから同じ一族かつ血縁なら出来て不思議はない、と思っておくべきではあったろうな」
「そう言えば……確かにな……」
言われてみれば。瞬は一週間ほど前の事だったからか、グラキエースが使った氷像を完全に失念していたらしい。あの状況で瞬相手なので一体だけだったが、当然一体だけであるとは思えない。ならば何体も出せる想定で、足を止めると囲まれる可能性がある所までは考えるべきだったというカイトの指摘は正しいものであった。
「ってな塩梅か。さっき見えた限りでの修正点としては。まぁ、あのジジイが格上だってのは横に置いておいてって話になるが」
「わかった。感謝する……だがそれにしても慣れてるな」
「何がだ?」
自身の助言に一つ礼を言った瞬に対して、カイトは小首を傾げる。
「いや、教える事にだ」
「ああ、それか……まぁ、これでも何年も騎士団長やってるし、もう何人……いや、何十何百も若い騎士を入れたからな。それを生き残らせようと思えば、腕だけじゃどうにもならん事は多い」
「そうか」
生き残らせること。ここらは未来のカイトにも共通している事なのかもしれない。瞬はカイトの根本にそれがあるのだろうと思ったようだ。そうして助言から他愛もない話が終わった所で、カニスが口を挟む。
「先代のマクダウェル卿は見事であったのう。あれが騎士団長になってより、ただの一度も部下を死なせた事がない。海戦であれ陸戦であれ。野戦であれ攻城戦であれ。武勲よりも部下を生還させた事を誇りとしておった。本当に惜しい男を亡くしたもんじゃ」
「そんなすごい人だったんですか?」
「なんじゃ。あまり語らなんだか。あの男は他国の儂からしても誇るべき男であったというに」
「まぁ……あんまりな」
カニスの問いかけに、カイトがどこか気恥ずかしげに笑ってそっぽを向く。どうやら養父の偉業を語るのは恥ずかしいようだ。というわけでそれを察したカニスが少しだけ教えてくれた。
「これの父、先代のマクダウェル卿は儂の息子……これの父と同い年でのう。更に先代……とどのつまり儂と先々代も近い年齢とよぉ国境で小競り合いが起きた頃は殺し合ったもんじゃ。あの頃は小競り合いが多発しておったからのう」
「カイトの先々代……おじいさんという事ですか?」
「そうじゃ……なんじゃ。そっちも聞いとらんのか」
どうやらカイトが語っていないだけで、ヒムエス家とマクダウェル家はかなりの因縁を抱えていたようだ。但し当人達からすれば単に主君の命令に従って戦場で矛を交えただけという所で、家としての軋轢はない様子ではあった。そしてお互いに軍人と騎士という違いはあれ、矛を交えていたからこその敬意というわけだろう。
「儂の所とこやつの所は小競り合いが本格化した時には出てきておったからのう。気付けばよく相まみえたわ」
「否定……マクダウェルのおじいさんが出た際は必ず教えろと言ってたのお祖父ちゃんってパーパ言ってた」
「ははは。ま、そういう感じかのう。あれは儂が殺してやろうと思うたが……やれやれ。まったく親子揃って見事な死に方をしおってからに」
どうやらマクダウェル家は二代揃って何かを守るために戦場で果てていたらしい。ついぞ自分で殺す事が叶わなかった好敵手の死に敬意を払いながらも、カニスは非常に残念そうな様子を浮かべていた。
「とにかく。あれもあれのオヤジも共に騎士としてより指揮官として素晴らしき力を持っておった。戦場での事であれば負けはしなんだが、大局的に見れば儂が負けた事は何度もあった。そこらを見ておればこそ、これのオヤジも戦術を極めたが……先代のマクダウェル卿もまた軍略を極めておったようじゃのう。ま、その頃には共に陛下も代替わり。小競り合いはのうなって今代へ。で、結局はあれとは矛を交えぬままに、か」
「肯定……パーパも残念がってた。いつか一泡吹かせたかったって」
「「……」」
先代のマクダウェル卿は他国でも死を悼まれるほどであった。そう理解してどう反応すれば良いかわからない瞬に対して、カイトもまた沈黙はしていたもののその顔は穏やかなものであった。そんなカイトへ、カニスが笑う。
「その点、お主はまだまだじゃぞ」
「わーってるよ。オレが先代の伝説を引き継げているのはオレや四騎士達が力でなんとかしてるだけってのは」
「うむ……ま、それが出来る猛者である事は嬉しい限りじゃがの。父の名に恥じぬ騎士となれ」
「わかってる」
誰よりもオレ自身が。カニスの言葉にカイトは一つ笑って頷いた。幼少の頃よりその背を見て戦ってきたのだ。誰より彼自身が父に全く及んでいない事を理解していた。
「うむ……うっと……おぉ、冷えてきたのう。戻るか。今日は盛大に飲むぞ」
「深酒はやめてくれよ」
「さてのう」
カイトの言葉に、カニスがどこかいたずらっぽく笑う。そうして一同は彼に案内されて、帝都までの道のりで最後の休息地へと入る事になるのだった。
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