第3365話 はるかな過去編 ――常冬の地――
世界からの情報の抹消。世界さえ滅ぼしかねない事態の発生を受けて、大精霊の要請を受けてその解決に赴く事になったカイト。そんな彼は堅牢を誇る要塞都市の壊滅や、この事態は魔族達さえ重く見て人類との内々の共同歩調を取る事さえやむを得ないと判断している事を知る。
というわけで紆余曲折を経ながらシンフォニア王国の各所を巡り調査を進めていた彼であったが、道中『狭間の魔物』により一個中隊が壊滅させられた事で今回の事態を本格的に危険視する事になった『エザフォス帝国』に招かれる事になっていた。そうして『エザフォス帝国』に入った一同であるが、帝都を目前にして先代の将軍にして若き英雄グラキエースの祖父と瞬が戦いを繰り広げていた。
「ふぅ……」
なるほど。猛将や豪傑と言われるわけであるが、それは見た目や言動で理解出来る。だが、それに見合わない技の持ち主と言えただろう。瞬は音もなく消えたカニスの気配を探りながら、この老将が決して力一辺倒でない事を再認識する。
「……」
遠くのカイト達の呼吸音さえ聞こえそうなほどの無音の中。瞬は一切の音がない中に潜む痕跡に耳を澄ませる。どうやら氷の一族は氷の眷属というだけあって、雪の上であれば全く常識外れの事が出来たようだ。
(彼本人の体重は軽く見積もっても90キロ。重ければ100キロは確実にあるだろう。あの氷の鎧を含めれば150キロにも及ぶかもしれん……にも関わらず、足跡一つ生じていないか。雪煙も舞い上がっていない……浮いているわけでもなかった所を見ると、完全に種族としての特性という所か)
近づけば氷で力を奪われる事を考えると接近戦は不利だが、接近戦を挑まねばならないのは痛い所か。瞬は今までの数度の激突で見えた様子から情報を洗い出してそんな判断を下す。とはいえ、豪傑と言われるだけの事がある事もまたわかっていた。
「……っ」
来た。瞬は自身が張り巡らせた雷の警戒網――勿論よほど雷属性に対する適性がなければ掴めない警戒網だが――の中にカニスが触れたのを理解する。カニスの接触から自身に許されるのは一瞬のみ。油断すれは一巻の終わりだ。故に即座に振り向かねばならない彼であるがしかし、何かに気が付いた。
(違う)
質量は同程度だが、返ってくる感触があまりに透き通っている。瞬はまるで水へ雷を通すかの様に染み通った自身の雷からこれが囮と判断する。とはいえ、囮とほぼ同時に仕掛けねば自身の攻撃も通用しない。ならば、と瞬はカニスの行動を読み取った。
(ならば)
「ここ!」
「むぅ!」
ぎぃん。自分ならどうするか。当然真正面から行くだろう。そんな単なる予想に過ぎなかったが、それが功を奏する。瞬の攻撃は丁度彼の眼の前で立ち止まったカニスが攻撃を仕掛ける寸前に放たれており、カニスは戦斧を使い防ぐしかなかったのだ。そうして攻撃が防がれた瞬間、瞬は即座に二槍流へとスイッチ。次の攻撃へと即座に繋げる。
「ふっ!」
「甘いわ!」
「っ」
戦斧を放り投げ素手で2つの槍の軌道を逸らしたカニスに、瞬は眼を丸くする。が、同時にこの行動の意図も理解していた。故に彼は即座に槍の顕現を解除すると、その場を離脱する。
「ふっ……っ」
どぉん。瞬がその場を離れたと同時に彼が居た場所へと落着した巨大な戦斧に、瞬は思わず一瞬頬を引き攣らせる。言うまでもないが、この戦斧はおよそ2メートルほどの巨大な金属物だ。材質次第という所はあるが、その重量は100キロを優に超えているだろう。
しかもカニスは放り投げるまで戦斧へと魔力を通しており、それは当然一瞬彼の手を離れた程度で全てが放出されるわけではない。残留した魔力も莫大な量になっている。そんな物が頭上に落ちてきていたのだ。避けねばいくら障壁を張っていても怪我は確実。最悪は死にかねなかった。というわけでそんな戦斧の落着に思わず呆気にとられた瞬に対して、カニスはそれを片手で持ち上げくるくると弄びながら笑う。
「そろそろこちらも面白い技術を披露しようかのう……はぁ!」
「っ!」
楽しげに笑っていたカニスが戦斧をまるでブーメランの様に瞬目掛けて放り投げる。その速度たるや、超音速を超えて回転だけで真空波さえ生じさせていた。
「ふっ!」
だんっ。瞬は虚空を蹴ってその場を離れる。が、戦斧はまるでそのものが意思を持つかの様に彼を追従する。それを自身の背に感じる真空波の気配で察して、瞬が舌打ちした。
「ちぃ! ならば!」
このまま追われれば面倒この上ない。瞬は再度虚空を蹴って天高くまで跳び上がると、自身を追い掛ける戦斧に狙いを定めて槍を投ずる。が、それこそがカニスの狙いだった。
「そうせねばなるまいな!」
「っ」
来るだろうとは思っていたが。瞬は戦斧を放り投げはしたものの自身は動いていなかったカニスが自身の斜め上の場所へと現れたのを見て、苦笑いを浮かべる。
戦斧の投擲が自身の槍投げを誘発しているのだろうとは想像していた。そうせねば超音速の戦斧に何時までも背後を狙われ続けるだけなのだから、当然だろう。が、それが予想出来るのならその先に攻撃を放つことなぞカニスにとっては朝飯前だった。
「ぐっ!」
カニスの剛腕が振りかぶられる直前。瞬はなんとか空中で身を翻して防御を間に合わせる。が、流石に避ける事は叶わず、防御は出来たが直撃と言って良い一撃を受ける事になる。そうして降り積もっていた雪を大きく舞い上がらせ地面に激突すれすれの勢いで着地した瞬へと、空中で戦斧を回収したカニスが追撃を仕掛ける。
「っ」
これは流石に万事休すか。瞬は自身の敗北を悟る。が、そこで諦められるほど、彼もまた諦めが良くない。というわけで彼は無数の槍を放ちカニスの勢いを僅かでも食い止めようとして、しかし落下してきていたカニスの前に巨大な氷塊が立ちふさがった。
「なんだ!?」
「なんじゃ。もう終いか」
「肯定……勝負は決まった。ううん。最初から勝負になぞなっていなかった」
「!?」
氷塊を生じさせたのは言うまでもなくグラキエース。そして彼女には最初から戦いの結末なぞ見えていた。そしてそれは瞬を含めた当人達も同様で、この結末をカニスも不満なく受け入れようとして、目を見開く事になる。なぜか。彼が氷塊を砕くよりも前に、グラキエースの氷塊がまるで石屑が如く砕け散ったからだ。
「……よぉ、ジジイ。どうせ後で面倒くさいこと言い出すのがわかってんでな。暖まってんだろ? 最初から全力で来いや」
「くっ……はーっはははは! 良かろう!」
氷塊が砕け散ったその先に居たのはカイトだ。彼が氷塊を砕いて現れたのである。それにカニスが楽しげに笑いながら先程の瞬との交戦を遥かに上回る闘気を漲らせ、カイトへと戦斧を振りかぶるのだった。
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