第3363話 はるかな過去編 ――老将――
世界からの情報の抹消。世界さえ滅ぼしかねない事態の発生を受けて、大精霊の要請を受けてその解決に赴く事になったカイト。そんな彼は堅牢を誇る要塞都市の壊滅や、この事態は魔族達さえ重く見て人類との内々の共同歩調を取る事さえやむを得ないと判断している事を知る。
というわけで紆余曲折を経ながらシンフォニア王国の各所を巡り調査を進めていた彼であったが、道中『狭間の魔物』により一個中隊が壊滅させられた事で今回の事態を本格的に危険視する事になった『エザフォス帝国』に招かれる事になっていた。
そうして『エザフォス帝国』に入った彼であったが、帝都を目指すその途中。帝都までの最後の要所となるヒムエス領にて先代の三将軍の一人にしてグラキエースの祖父と遭遇。どういうわけか瞬はこれと交戦する事になっていた。
「ぐぅ!」
老将が肉薄して放つ巨大な戦斧の一撃を受け止めて、瞬は盛大に顔を顰める。力の大半は地面に受け流したので怪我をする事はまずないのだが、それでも全てを受け流すには神陰流を学ぶカイトほどの実力が必要だ。故に受けきれないと判断した彼は状況を見定めるためも兼ねて、敢えてその反動で後ろへ飛ぶ。
(あの大斧でこの速さ! おそらく本気の速さだけなら間違いなくバーンタインさんを超えている!)
やはり瞬の身近な人物で大斧やハルバートを使う者といえばバランタインかバーンタインだ。その中でも瞬が思い起こしたのは子孫の方のバーンタインだったようだ。そして比較して、彼はこの老将がバーンタインに比べ一回りも年上だろうに、その実力は伯仲するだろうと予測する。
「っ、ふぅ……」
ずざざっ。地面を滑り減速しながらも、瞬は視線を一切老将から外さない。反応速度であればかなり自信を持つ彼であるが、それでも気を抜けば見失いそうになりそうだった。だが、その必要はなかった。
「ほぉれ、小僧……この一撃はどうじゃ!」
「!?」
一応は跡目を譲ったとはいえ、自分の領地だろう。瞬は地面に振り下ろされた戦斧が放つ巨大な斬撃を見て、そんなどうでも良い事を思う。とはいえ実際その一撃は地面を大きく切り裂いて、瞬へと一直線に襲いかかった。
「ちっ」
こんなもの受け止められるわけがない。瞬は一瞬で眼前まで迫りくる巨大な斬撃を刹那で見定めて、自分が逆立ちしても受け止められないと判断。<<雷炎武>>を起動してその場を離れる。そうして彼がその場を離れた直後だ。彼の眼前に、老将が肉薄していた。
「!?」
「がーっははははは! どうしたどうした! 逃げるだけじゃわしゃ倒せんぞ!」
「そう、言われまして、も!」
本当にバーンタインを思い出す。巨大な戦斧から繰り出される超速の連撃に、瞬は非常にやり辛そうな様子で顔を顰める。現状、流石に瞬にもおおよそこの老将が何者で何が望みなのかはわかっているつもりだ。が、どこまでして良いか見極めが出来ていなかった。
『瞬、聞こえるな』
『カイトか!? どうすれば良い! というか良いのか、このまま戦って!』
『構わん構わん……どうせ後でラキから巨大な説教を食らうのは目に見えてる。怪我をさせてもほら見たことか、と笑われるだけだ』
『よ、良いのか、それで……』
『構わん。そこのジジイ……先代の三大将が一人カニス・ヒエムスは現役時代は苛烈な攻めで知られていた猛将だ……まぁ、今はもっぱら先陣を切るバーサーカーになってるけどな』
『否定……お祖父ちゃんはそもそもがバーサーカー。現役時代から得意な戦法は突撃戦法ってぐらい自分で突撃してる』
『その割に兵たちには左右から攻め立てさせてるけどな』
『肯定……お祖父ちゃんはイノシシだけど根っこは狼』
どうやらカイトはこの念話をグラキエースにも繋いでいたらしい。そうして、そんな彼女が続けた。
『提案……遠慮なく叩きのめして。遠慮はいらない』
『い、いえ、ですが……』
『不要。何より貴方程度で怪我をするのなら遠慮なく引退を宣告してやれる』
『……む』
つまり自分では手傷一つ負わせられないと判断されているというわけか。一応は元とはいえ最高位の将軍相手にどこまでして良いかわからず遠慮を見せていた瞬であるが、グラキエースの様子に僅かにむっとなる。そしてそうであるのなら、と彼は迷いを捨てた。
「はぁ!」
「おぉ! そうこなくては!」
曲がりなりにも元将軍。自分の猛攻撃に耐える間に何があったかはおおよそ察していただろうが、カニスは瞬が迷いなく自身を押し戻した事に豪快な笑みを浮かべる。そうして彼は敢えてその一撃で押し返されてやって、距離を取らせてやる。
「さぁて……」
「ふぅ……」
こうして自分が遠慮される事はカニスも何度となく経験している。なにせ彼は元将軍。遠慮されて当然な立場だ。なのである程度話が纏まるまでは彼自身本気で事に臨む事はなかった。
というわけで、両者共にここからが本番と言えた。というわけですり足で間合いを測るカニスに、瞬もまた呼吸を整え姿勢を整える。
(速度……はなんとか上回れそうか。だがあのパワーは厳しいか……使わなければ、だが)
流石にこの状況で酒呑童子らの力を借り受けるのは下策も下策だろう。瞬は楽しげに自身の内側から現在を見定める酒呑童子に対してそう思う。
なお、もう一人の前世たる島津豊久は彼は彼で老いてなお血気盛んなカニスをいたく気に入っているらしくこちらもこちらで楽しげらしかった。とはいえ、そのどちらの力も借り受けるつもりは彼にもなかった。
(ならば……取れる手は一つか)
瞬はこちらの動きを見定めるカニスに対して、自身の動きを見定める。そして彼は姿勢を低くして、何時でも飛び掛かれるような状況を作り出す。が、それよりも先に。カニスが地面を蹴った。
「おぉおおおお! む!」
先に瞬にされたと同様に、攻撃の機先を制するつもりだったのだろう。瞬が飛びかかる一瞬先を読んで襲いかかったカニスであるが、彼が肉薄する一瞬手前。瞬が僅かにほくそ笑んだのを確かに見た。
「……」
なるほど、誘われたか。この男は割と見どころはあるらしい。この若造は自身の性格を正確に見抜いて意趣返しをしてくるだろうと読んで、その上で誘ってきたのだとカニスは理解する。が、それを読んだ程度であれば彼の五十年以上の経歴の中で何十人と居た。故に、彼は戦斧をそのまま振り下ろして、左手を空ける。
「っ!?」
読まれた。紫電を纏いカニスの背後へと回り込んだ瞬であるが、彼はこちらを見る事もなくカニスが空いた左手で自分の顔を握りつぶそうと突き出したのを見て目を見開く。だが、だ。彼とて凡百の戦士ではない。突き出された左腕を、彼は突き出そうとしていた槍で絡め取る。
「ほう……ようやりおる。が……」
「ぐっ!」
左腕を絡め取ったまま脇腹へと槍の穂先――但し潰しているが――を叩き込もうとした瞬であるが、その直後。やはりこちらを見る事もなく槍を即座に掴んだカニスにより食い止められる。
そうして進むも戻るもできなくなった瞬であるが、彼はその直後。猛烈に嫌な予感が自身の内側から警鐘を鳴らしているのを知覚する。そしてそれと同時だ。カニスがここでようやく、瞬を見る。
「この程度、見慣れておるわ!」
「くっ!」
「むぅ!?」
盛大な笑みを浮かべて右手一つで持ち上げていた戦斧を叩きつけようとしたカニスであるが、直後瞬が槍を何ら迷いなく手放したのを見て僅かに目を見開く。ここまで即座に手放せるとは少し意外だったらしい。それに見事と称賛の笑みを浮かべ、しかし直後更に大きく目を見開く事になった。
「ふっ!」
「むぅ!?」
「っ!」
流石は、という所なのだろうか。瞬は必殺のタイミングと判断していた自身の攻撃を振り下ろした戦斧の柄を僅かにずらす形で叩いて逸らしたカニスに、驚きながらも称賛を浮かべる。そして一方のカニスもまた、瞬が見せた珍しい技に称賛を口にする。
「ほぅ……若造。珍しい技を持っておるな。槍を編み出すか。儂も五十と余年ほど戦場を北へ南へ、東へ西へと駆けずり回ったが。覚えておる限りでは両の指にも届くまい。小僧かと思えば、まだ見れるだけの鍛錬は積んでおるか」
「ありがとうございます」
この魔力で武器を編む力であるが、やろうとすれば誰でも出来る。それを戦闘にも活用するには才能は勿論のこと、何千何百もの時間をその再現する道具と共にあらねばならなかった。
それだけの鍛錬を積んだ証、というわけであった。そうして自分が侮って良い戦士ではなかった判断したカニスは、自身の非礼を詫びた。
「良い良い……それでまぁ、一つ詫びよう。本気でやらなんだ事をな」
「っ」
どうやらここからが猛将の本気らしい。瞬は漂う冷気とその中心に立つカニスを見ながらそう理解する。そうして、漂う冷気がカニスへと収束。彼の全体を氷の鎧で覆い尽くした。
「先ほどは儂の脇腹を狙っておったようじゃが……これでどうじゃろうな?」
「っ!?」
氷の鎧に覆われたのだから速度は落ちるのではないか。普通はそう思うものであるが、現実は非情だ。先程と同等かそれ以上の速度で、カニスが瞬へと肉薄。氷の鎧の分更に増した重量を利用して、戦斧を振り下ろす。
「ぐぅ!?」
先ほどよりも遥かに重い一撃に、瞬は今度は仕切り直しや演技ではなく大きく吹き飛ばされていく事になる。そうして地面を抉る様にして減速した彼は直後。すでに自身まで肉薄するカニスを目の当たりにした。
「ちっ……参式!」
流石に常用出来るノーマル状態では相対する事もままならない。瞬はそう判断し、<<雷炎武>>を参式まで引き上げる。
「むぅ! まだ上がるか!」
言葉だけを捉えれば不満げだが、こうも満足げな色合いはないだろう。瞬は振り下ろされた戦斧が撒き散らす岩盤の欠片を雷で弾きながらそう思う。そうして氷と雷と炎を纏う両者が本格的な戦闘を開始するのだった。




