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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第98章 演習編

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第3361話 はるかな過去編 ――西ルート――

 世界からの情報の抹消。世界さえ滅ぼしかねない事態の発生を受けて、大精霊の要請を受けてその解決に赴く事になったカイト。そんな彼は堅牢を誇る要塞都市の壊滅や、この事態は魔族達さえ重く見て人類との内々の共同歩調を取る事さえやむを得ないと判断している事を知る。

 というわけで『黒き森』の先代の大神官にしてスイレリアの兄グウィネスとの情報交換。魔族達からの情報提供などを経ながらもシンフォニア王国の各所を調査していたカイトであったが、今度は北の帝国こと『エザフォス帝国』にて生じた一個中隊の壊滅を受けての要請に応ずる形で、『エザフォス帝国』の帝都へと赴いていた。

 そうして『エザフォス帝国』へ入国して、およそ五日。帝都の南を領有する貴族が貴族派と呼ばれるエザフォス帝王と対立する派閥である事から僅かに西に逸れる形で移動していた一同はグラキエースの父が治める領内を目前に立ち止まっていた。


「……何なんだ、これ」

「回答……<<冬の大結界>>。帝都エザフォスを守る四結界の一つ。この結界の管理が帝都を守る四貴族には命ぜられている」

「結界? これがっすか……?」


 どうみても人工の結界というよりも、天然自然の天災にしか見えない。ソラは視界一面を覆い尽くすブリザードの壁を見ながら盛大に顔を顰める。そんな彼を見ながら、イミナがある言葉を口にする。


「春の結界は入りやすく逃げ難し。されど踏み入りて出る事望まず。夏の結界は入る事も出る事も叶わじ。賢者であれば挑むが良い。秋の結界は入り難く出やすし。されど無事に出る事は能わず。冬の結界は入りやすく逃げ易し。勇者であれば踏み入れよ」

「困惑……どこで聞いたの?」

「シンフォニア王国で元々は神殿の警護をしておりましたので……四貴族の守る四結界は噂には」

「……納得。その四結界が一つ」


 どうやらこの話はこの時代ではあまり有名ではなかったのか。イミナは未来の連合軍――第二期統一王朝が発足させた軍――では普通に語られていた『エザフォス帝国』の四結界についての話を聞いて驚いた様子を見せるグラキエースに、そう理解する。とはいえ、そんな話を聞いて驚いたのはグラキエースだけではなかった。


「え……ってことは、この結界が一番入りやすいし出やすいって事なんっすか?」

「そうだ……が、後ろの言葉を聞いていたか? 勇者であれば踏み入れよ……つまりはそういうことだ」

「……入れるし出れるけど、それ相応の力は求められると」

「肯定……<<冬の大結界>>は四結界の中で一番優しい。だから入りやすいし、出やすい……私達の追跡から逃れられるのなら」

「……」


 それで勇者であればなのか。ソラはグラキエースの言葉で、改めてこの中に待っているのが彼女を筆頭にした冬の一族である事を思い出す。

 その強さがどれほどかはソラにはわからなかったが、少なくとグラキエースもこの場のグラキエース直属の部隊も強いのだ。そして更には<<厳冬将軍(ギニラール・リオート)>>まで居るという。間違いなく精兵が待ち受けているのだろうと察せられた。と、そんな彼にイミナが念話で教えてくれた。


『まぁ、入りやすいし出やすいのは当然で、このブリザードは敵の移動速度を阻害する事が目的だ。他の結界がある主の自滅を誘うものであるのに対して、この<<冬の大結界>>だけは直接的な交戦をサポートするものになっているんだ』

『なるほど……そういや冬の一族は氷の大精霊様の眷属でもあるから、この結界は……』

『そういうことだ。この結界は彼女らの戦闘力に対するサポートも担う。勇者であれば踏み入れよ、という謳い文句は一説にはカイト様がこのルートを通られたが故だという説もある』

『つまりこいつなら強行突破が出来るだろう、って言われるほどっすか……』


 おそらく真実としては単に力に自信のある者ならばという意味になるんだろうが。ソラはそう思いながらも、呑気にブリザードの壁を見るカイトを見る。そんな彼がソラの視線に気が付いた。


「……ん? どうした?」

「ああ、いや……妙に懐かしそうだな、と」

「まぁ、懐かしいと言えば懐かしいか。これでも一国の騎士団長やってるから、何回かは帝都にお呼ばれしてるからな。流石に四結界を強引にエドナで突っ切るのが厳しいから、この西ルートにはいつも世話になってる」

「否定……立ち寄ってくれない」

「そりゃ中に入っちまえば話は別だからだろ」


 不満げなグラキエースに対して、カイトが笑う。先にイミナが言っている様に、この4つの結界の中で一番入りやすく出やすいのはこの<<冬の大結界>>だ。その代わり中でグラキエース達が待ち受けているのだが、それが問題なのはあくまでも招かれざる客に対してだけだ。今の一同の様に招待された者であれば問題はなかった。


「むぅ……」

「あはは……はぁ。じゃ、行くか。ソラ、防寒具はしっかり締めとけよ。寒いぞ」

「それよりはぐれないかが心配なんだけど」

「そっちは問題ない。そのためにラキ達が一緒なんだからな」


 居なかったらすぐに迷う事になるけどな。カイトは少しの不安を覗かせるソラに笑いながらそう告げる。そうして、一同は<<冬の大結界>>の中へと進んでいくのだった。




 さて一同が<<冬の大結界>>の中へと入っていき半日ほど。何度か小休止を挟んで行軍を進め、一同は夕刻になる頃にはなんとか<<冬の大結界>>を抜ける事に成功する。


「へ、へぷしゅっ! さ、さみかった……」

「意地を張らずリィルに任せれば良かっただろうに」

「さ、流石にあんま甘えてもいられないんで……それに寒さ対策であれば俺のが上っしょ……その力に負けるだけで」


 少し呆れた様に苦笑する瞬の言葉に対して、ソラは少しだけ羨ましそうに笑う。何度か小休止を挟んだ時には御者を交代しているのであるが、最後の御者は瞬とソラの二人が務めていた。

 理由は一番寒い区間を抜ける事になるためだ。ソラは鎧の防寒具としての性能が一番高く、瞬は<<雷炎武(らいえんぶ)>>の効果で新陳代謝を引き上げて温かい状態を保てるのだ。


「それに中はまぁ、戦闘あんまなかったっすけど……ガッツリ体力も魔力も奪われましたからね。外に出て早々に戦闘になった時にリィルさんは残しておきたいってのが正直な所ありましたし」

「なるほどな……確かにそれで言えば俺の方が魔力はガッツリ持っていかれたか……」


 ソラの方はあくまでも寒さによって精神的に削られているだけで、体力も魔力もまだ十分に残っている。それに対して瞬の方は常に<<雷炎武(らいえんぶ)>>を起動していた関係で魔力はかなり消耗してしまっていた。その分精神力と気力は十分だが、万が一が起きないかと言われれば少し不安はあった。というわけでそんな事を理解した瞬に、カイトも笑って同意した。


「それがこの結界の目的だ。入りやすいし出やすいから、バカは行軍を進める。んで、ラキ達に襲われて一網打尽ってわけだ」

「不満」

「何が?」

「<<冬の大結界>>を最大出力にした上に私が部分的な強化をした上で強襲したのに、逃れた男が一人居る」

「「「……」」」


 誰の事なのかなぞわかろうものである。当時の事を思い出して不満げな様子を浮かべるグラキエースが見るカイトを一同もまた注目する。が、一方のカイトもまた不満げだった。


「いや、どこの世に客に攻撃仕掛けようとするバカが居るんだよ」

「否定。招待されたのはあのバカ王子であって貴方ではなかった。後、本来の行軍は南ルート。西に来た事がおかしい」

「まぁ、そうなんだけど。一応説明はしたよな?」

「ブリザードで聞こえなかった」

「お前にブリザードの視界不良も騒音も意味あるかよ……」


 これはカイト達は説明していないが、冬の一族は氷の大精霊の眷属として氷や雪に対する耐性がある。なので雪の中では身体能力の向上と共に特殊な視界を手に入れられるらしく、敵は一方的に視界を奪われるのに対して彼女らは平地の様に、否。平地以上に雪原で動き回れるのであった。


「……まぁ、とりあえず進む。お祖父ちゃんが待ってる」

「はぁ……」


 都合が悪くなったから逃げたか。カイトは自分に背を向けて再び歩き出したグラキエースの背を見ながら、ため息を吐いた。グラキエースの背が少しだけ恥ずかしげだったのは、気の所為ではなかったのだろう。というわけで、一同もそれに続いてグラキエースの祖父が待つという街まで少し急ぎ足で進んでいくのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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