第3359話 はるかな過去編 ――冬の一族――
世界の情報の消失という事態の発生を受けて、大精霊達の指示を受け未来から来たソラ達、スイレリア、聖獣と共にシンフォニア王国の各所を巡っていたカイト。そんな彼は、道中で魔族達もまた今回の事態を重く見て大魔王直々に事態の収拾の指示を出している事を知る事になる。
そうして魔族の動きを察知した彼であったが今度はレックスから要請が入り、今回の事態の情報を掴んだ北の帝国こと『エザフォス帝国』の要望を受ける形でそちらへ赴く事になる。
というわけで今度は『エザフォス帝国』にて帝王と会合を行う事になったカイトは北へと進路を取り入国を果たすわけであるが、そこで帝王派に属する北の帝国の若き英雄グラキエースと共に更に北の帝都を目指す事になっていた。
「あー……うん。やっぱり南から一直線は無理なのか」
「肯定。帝都南を領有するゴルドラン伯は貴族派」
「だったな……」
ここが通れないとなると非常に面倒くさいんだよな。カイトはグラキエースの指し示す地図を見ながら、盛大にため息を吐く。
ゴルドラン伯というのは帝都周辺の帝国直轄領の真南に位置する貴族で、カイト達の言う所による貴族派貴族の一人であった。というわけで何度か帝都に来ていた関係で見知っていたゴルドラン伯とやらを思い出して、カイトが問いかける。
「うーん……ゴルドラン伯はまだ話が通じる人物だったと記憶しているんだが。無理そうなのか?」
「肯定……確かにゴルドラン伯は貴族派は貴族派でも純粋な貴族派とも言い難い。特に現当主はどちらかといえば中立的」
「なんとかなんないのか?」
「困難……遠征に出ていたデリンガー子爵が戻ってきてる。多分、こちらの動きが察知されて動かれてる」
「あらら……あの子爵さん、戻ってきてたか」
『そのデリンガー子爵? その人はさっきのゴルドラン伯とどういう関係なんだ?』
子爵と伯爵であれば伯爵の方が格上だ。なので伯爵が否と言えば本来子爵はその命令に従わねばならないはずなのだが、そういうわけではないらしい。それに疑問を呈するソラに、カイトは両者の関係性を教えてくれた。
「デリンガー子爵はゴルドラン伯爵の叔父にあたる。正確には伯爵の妻の父の弟で、ここらの関係が少し厄介でな。伯爵の妻は早くにお父君を亡くされているんだが、その後養育を担ったのがこのデリンガー子爵だ」
『義理のお父さんに近いってわけか』
「そういうこと。だからあまり強く出れないみたいでな。よほどの無理なら流石に突っぱねてくれるが……今回は厳しい、ってわけなんだろう」
「肯定。特に今回の遠征はゴルドラン伯の要請で出向いていた……ちょっと厳しい」
これは時期が悪かったということか。通信機を介して会議の話を聞いていたソラはそう理解するし、実際そういう事だった。というわけで迂回するルートを改めてグラキエースが提示した。
「というわけでルートとしてはこの左右のルート……お勧めはウチを通るルート」
「というよりそれしかないな。西と北は帝王派。南は中立から貴族派寄り。東は完全に貴族派……北は流石に無理だから、西のラキの実家以外に選択肢はない」
帝都の周辺は大雑把には四人の貴族により固められており、帝都へ入るならばこの誰かの領地は通らねばならなかった。この一人が先のゴルドラン伯爵だったし、グラキエースの実家もその一人であった。というわけで移動ルートを西と定めた彼であるが、道中のグラキエースの地元を思い出してふと問いかける。
「……ああ、そうだ。そう言えば将軍は? 今回は流石に先に帝都でお待ちか?」
「肯定……その代わりお祖父ちゃんが家で待ってる」
「……マジ?」
どうやらカイトはグラキエースの祖父にして<<厳冬将軍>>の父、先代の三大将軍を苦手としていたようだ。かなり嫌そうな顔をしていた。
「肯定」
「マジかぁ……」
『なんかヤバいのか?』
「いや、そういうわけじゃないけど……」
何か嫌そうな雰囲気がある。そんな様子のカイトにソラが気になって問いかけるわけであるが、一方のカイトはどこかはぐらかすような様子があった。そんな彼に、セレスティアは意外そうな様子を浮かべる。
「確かカイト様はいたく気に入られていたと記憶しておりますが」
「肯定……よく知ってる。お祖父ちゃんはカイトがお気に入り。そこらパーパは見る目がない」
「は、はぁ……」
なにがなんだかはわからないが、歴史に伝わっている話は事実ではあったらしい。らしいのだが、同時に何か思い違いもありそうとグラキエースの様子からセレスティアは察する。そして一方で、グラキエースもまたセレスティアが困惑している事を察した。
「理解……お祖父ちゃん、気に入った子にはとことんお酒を振る舞う」
「……あー」
そう言えば確かに<<虎狼将軍>>――グラキエースの祖父の現役時代の二つ名――はかなりの豪傑にして酒豪として名を馳せたと見た事があるな。
セレスティアは第二統一王朝となり『エザフォス帝国』の一次資料も多くが解禁され一気に進んだ研究を思い出し、カイトが嫌そうな顔をした理由を察したようだ。
「はぁ……まぁ、そういうわけなんだよ。どうしてお前の所は三者三様に……いや、四者四様に性格が違うかな……」
「不明」
「でしょうね……」
自身の言葉をまるでどこ吹く風とばかりに受け流すグラキエースに、カイトはがっくりと肩を落とす。と、そんな彼の様子を見て笑っていたスイレリアがカイトへと問いかける。
「カイト。私はその<<厳冬将軍>>もそのお父君ともお会いした事はありませんが、どのような方なのですか?」
「そうですね……ラキのお父君。今代の三大将軍の一人<<厳冬将軍>>は一言で言えば寡黙な方です。思慮深く、冷静沈着。されど攻める時は正しく猛火のごとく先陣を切る果敢さも持ち合わせています。何より……その用兵は正しく厳冬の如き熾烈さ。間違いなく三大将の名に恥じぬでしょう」
スイレリアの問いかけを受けて、カイトはグラキエースの父である<<厳冬将軍>>の事を語る。そうして少し真面目な論評を繰り広げたわけであるが、一転してカイトは少し笑う。
「とはいえ、大神官様であれば冬の一族と言った方が分かり易いやもしれません」
「冬の一族? グラキエースさんも冬の一族の出なのですか?」
「なに? そうなのか?」
「肯定。困惑」
それがどうかしたのだろうか。驚いた様子のスイレリアと今まで興味なさげに一応立場として会議に参加していた様子だった聖獣が急に前のめりになった事に少し困惑しながらも、グラキエースは二人の問いかけに隠すこともなく頷いた。そしてそんな彼女に、スイレリアが謝罪する。
「ああ、申し訳ありません。かつて私の兄。先代の大神官は冬の一族の戦士と共に旅をした事がありましたので……妙な縁があったものですね」
「はぁ……」
これはマクダウェル家がシンフォニア王国にある以上は当然の部分があるのだが、開祖マクダウェルことリヒト・マクダウェルの活躍を知っているのは<<七竜の同盟>>が中心だ。
一応一度目の魔族の侵攻を防いだ功績は大きくその名と偉業は大陸全体で知られている事であるが、その物語が一般的に読み聞かせられているわけではない。
例えば地球でイギリスのアーサー王の様に、アーサー王の名は常識として広く知られていても部下の円卓の騎士の名前が一部地域以外ではあまり一般的でないのと一緒だった。
「ふむ、冬の……ほぉ……確かに思えばその新雪の如き純白の肌と澄んだ氷の如き蒼き目は彼女を思い出す。思えばこの白銀の艷やかな髪もあれと同質じゃの」
「……」
あ、照れてる。カイトはかつての自分の仲間と同じ一族の出と聞いてかなり興味を覗かせた聖獣にまじまじと見つめられ、聖獣が褒めそやす純白の肌を僅かに頬を朱に染めるグラキエースを見て笑う。
そしてこれは意外な事であったが、実はグラキエースは少し人見知りの気があった。聖獣にまじまじと顔を覗き込まれた彼女は助けを求める様にカイトの影へと隠れる。
「む?」
「要請……助けて」
「あはは……ま、一旦はそこまで、ってことで」
「ふぅむ。まぁ、良かろう。にしてもお主もお主じゃ。冬の一族の女と出会っておったのなら言えばよかろう」
「別に言う必要があるものでもなし。冬の一族の女だってラキだけじゃない。逐一言ってたらキリがないだろう」
「そうじゃろうがのう」
カイトの言う事にも一理ある。聖獣はカイトの言葉に道理を見つつも、やはり自身のかつての仲間を思い出すからか少し不満げだった。
「まぁ、良い。にしても、そうか。思えば懐かしいもんじゃ。『氷の宮殿』から」
「聖獣殿。今は昔話は良いでしょう。とりあえず、今後の話をするべきかと」
「そうじゃのう」
「それでカイト。そのグラキエースとやらの祖父の方は?」
「豪傑、という所かと。後は酒豪ですね」
昔話に付き合わせるべきタイミングではない。そう判断して聖獣の言葉を制止したスイレリアはついで祖父の事について問いかける。まぁ、酒豪なのは先程もグラキエースが言っている。そしてこちらはあまり関わるとも思えなかったし、何より豪傑という言葉が色々と適していたようだ。それに留まっていた。
「そうですか……ふふ」
「……困惑。何が面白かったのですか?」
「いえ……我々の知り合いもまた、あの見た目でかなりの酒豪でしたから。それを思い出していたのです。グラキエース殿。貴方もそうなのですか?」
「……黙秘」
どうやら彼女も彼女で酒豪らしい。スイレリアも聖獣も恥ずかしげなグラキエースの様子にそれを察して、少しだけ面白そうに笑う。そうして少しだけ和気あいあいとした雰囲気になりながらも、竜車はグラキエースの実家を目指して進んでいくのだった。
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