第3356話 はるかな過去編 ――北国――
世界の情報の消失という自然には起き得ない事態の発生を受けて、その解決に乗り出す事になったカイト。そんな彼は未来から来たソラ達と共に活動を開始するのであるが、その中で魔族達もまた世界の情報の消失という異常事態の解決に向け動き出している事を知る事になる。
というわけでそこらの情報をレックスと共有するわけであるが、そこでレックスからカイトへと大陸北部を領有する帝国との間で共同歩調を取るべく使者として赴く様に頼まれ、ソラ達と共に一路北へと向けて進路を取っていた。
「そう言えば……カイト。一つずっと聞いていなかった事があるんだが、良いか? 今更と思われるかもしれんが……」
「うん? どうした、改まって」
「いや、そんな真剣な話じゃないんだが……これから行く帝国。なんていう名前なんだ? ずっと北の帝国北の帝国で通されてたから、敢えて言わないんじゃないか、と思って気になってはいたがどうするべきか判断出来なくてな」
「え? あ、あぁ……それか」
確かに今更と言えば今更な話題であるが、同時に瞬が少し真剣な様子を見せても不思議のない話題ではある。なにせこれから行く国の正式名称を知らないのはあまりに失礼だろう。というわけで瞬は呆気にとられた様子のカイトに僅かに安心しながら、話を進める。
「ああ。それこそ冒険者……おやっさんは勿論、他の馴染みの冒険者も全員揃って北の帝国と言ってるし、なんだったらセレスティアもイミナさんも北の帝国と言っているだろう? お前らも同じだし……何か所以があって話していないんじゃないか、と思ってな」
「あ、あははは……」
「ん、んん……」
どうやら本来ならば立場上正式な名で呼ばねばならないのだろう。瞬の指摘にセレスティアは少し恥ずかしげに笑い、イミナは視線を逸らす。というわけでバツが悪そうな二人を横目に、カイトが笑いながら首を振る。
「いや、違う違う。別に呼んで良い。単に<<七竜の同盟>>より北に帝国って言うとあの帝国以外にないし、正式名称割と長いからオレ達七竜の民は北の帝国って言うんだ」
「七竜の民?」
「あー……<<七竜の同盟>>に参加している7つの国と組織の民だな。まぁ、それは横においておけ。とりあえずそういうわけで名前で呼ぶより北の帝国って方が楽だし、誰にでも分かり易いだろ?」
北の、帝国なのだ。方角さえわかるのなら子供だって北に帝国があると理解するだろう。なので誰もが北の帝国と言う様になり、いつしか正式な名よりこちらの方が分かり易いと同盟の領域では北の帝国と呼ばれる様になっていたのであった。というわけで砕けた言い方をしていた事を指摘された格好で苦笑いするしかなかったセレスティアが口を挟んだ。
「そ、そういうことです。なので我々も思わず……」
「だから我々もきちんとした場では『エザフォス帝国』と呼ぶぞ?」
「正式には『ベテルゲス・ウラニオ・トクソ・エザフォス大帝国』ですね。意味は確か……星降り注ぐ輝ける大地……だったかと」
「……本当に割と長いな」
「だからみんな北の帝国って呼んでる」
「「あ、あははは……」」
一応貴方も一国の騎士団の騎士団長なのですが。からからと笑いながら直すつもりは一切ない様子のカイトに、セレスティアもイミナもそう思う。というわけでそんな二人の様子も含めて笑うカイトであったが、すぐに気を取り直す。
「ま、あそこの夜景は確かに見事だ。今回も時間があるのなら泊りがけで見てみると良い」
「そうか……気にしておこう」
見事な夜景と言われても興味はあまりない瞬――しかもリィル含め興味がないので問題もない――であったが、一応は興味ないと切り捨てない常識はあった。というわけで、一同はそんな和気あいあいとした雰囲気を滲ませながら北の帝国改め『エザフォス帝国』を目指して進む事になるのだった。
さて一同が『エザフォス帝国』を目指して進む様になってから三日。この日は朝からレックスの要請を受けたシンフォニア王国の竜騎士達の駆る飛竜の一団による物資の補給を受ける事となるも一同はその後も北へと進み続け、国境までたどり着く事になっていた。というわけで国境には当然に設けられている検問を見て、瞬が目を見開いた。
「……カイト。そう言えば国を出るなら検査があるのは当然だろうが……朝の補給でも大使館から手続きの書類やら一切貰ってないぞ? 大丈夫なのか?」
「流石に招かれてる以上は大丈夫にしてもらっておかないと困るがねぇ……」
それ以上に困るのは。カイトは瞬の懸念点に関してはすでに手配されていると判断。問題ないだろうと考えていた。が、そんな彼の顔に浮かぶ苦味とその原因をソラが見抜いていた。
「それよりマズいのは、こっちの行動を見ての貴族派の動きって事か?」
「そーなんだよな。ソラ、由利達は前に出すなよ。こういう時、女が前に出てるとどんな厄介事が出てくるかわからん。単なる書類審査やらの遅延なら良いがな。更に上から横槍が入って終わる。そうでないパターンが面倒で、特に今回は大神官様やら聖獣が一緒だから、何かが起きる前に予防線を張っておきたい」
「だよなぁ……ま、面倒事は後悔しない様に野郎共で受け持った方が良い、か」
「そういうこったな」
ソラの言葉にカイトもまた同意する。そうしてため息交じりに頭を振った彼であったが、そんな彼が馬車の窓から顔を出す。まぁ、戦乱の時代で直接的な敵対関係にはないとはいえ、同盟も何もない他国だ。レジディアとの国境に比べて審査待ちの列は非常にごった返していた。
「……普通にやってたら何日待ちとかか?」
「何日で済めば良いな。近くで戦闘が起きた際には一週間待ちはザラ。二週間待ちとかは聞いた事があるな。ま、それはシンフォニア行きでも変わらんがな」
「すごいな……」
カイトと同じく窓の外を眺めた瞬であるが、カイトの返答に思わず苦笑いしか浮かべられない。とはいえ、
「ま、そんな審査待ちの列はあくまでも民間の場合だ。招待客を待たせたら国の威信にも関わる。あくまでも普通に審査を通そうとしたら、という話だ」
「そうか……」
それだったらかなり早い段階で入国できそうかな。瞬はカイトの言葉にそう思う。そして案の定、ごった返す審査待ちの待機列を横目に、少しだけ急ぎ足で国境の職員がやってきた。そんな職員は馬車から顔を出していたカイトと自身が持つ書類を見比べカイトへと問いかける。
「マクダウェル卿ですか?」
「ああ……シンフォニア王の勅令を示す書類だ。確認してくれ」
「……たしかに確認致しました。お待ちしておりました。陛下より緊急で指示が通っております。まずはシンフォニア王国側の出国手続きをして頂いて良いでしょうか」
カイトの提示した書類が嘘偽りない事を確認し、職員がそれをカイトへと再び返す。そうして彼は持ってきたカバンから数枚の書類を取り出してカイトへと差し出す。
「わかった。いつ頃入国出来そうだ?」
「書類を書いて頂き、竜車を通す場所を空ければいつでも。後はシンフォニア側の手続き待ちかと」
「わかった。荷車の中で書いて待っておこう。こちら側もすでに陛下より指示が出ていると聞いている。確認を」
「わかりました」
どうやらかなり急いでいるらしい。職員はカイトの言葉を聞くとそのままとんぼ返りに国境の施設へと帰っていった。そうして、カイトもまた急いで書類のチェックとサインを行って後は入国を待つ事になるのだった。
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