第3355話 はるかな過去編 ――北へ――
世界の情報の消失。自然には起き得ない事態の発生を受けて、その解決に動き出す事になったカイト。そんな彼は未来から来たソラ達と共に調査の旅に出ていたのであるが、途中とある放棄された鉱山にて魔族もまたこの一件を重く見て大魔王直々に命令を下した調査隊が組まれている事を知る事となる。
そうして魔族達もまた今回の一件を重く見ている情報をレックスと共有したカイトであるが、レックスの方ではレジディア王国の調査隊が壊滅すると共に、それと時同じく北の帝国にも軍の一個中隊が壊滅したという情報がもたらされる事となり、北の帝国の帝王の腹心グラキエースの要望によりカイト達は一路北の帝国の協力を取り付けるべく北の帝国へ赴く事になっていた。
「で、北へねぇ……寒くない?」
「んー……一応は寒くはないはず……はずだからあんま期待はしないで欲しいが」
「他国だからか」
「そうだなぁ……まぁ、帝都まで来いと言われなけりゃ寒さを危険視する事もないとは思うんだが」
ソラの言葉にカイトは若干辟易とした様子でため息を吐く。なお、すでにスイレリアの許可は得ているしレックスの頼みであればと聖獣は快諾した。
とはいえ実際には彼女が七竜の同盟国以外の国に赴いたのは開祖マクダウェル達の頃以来らしく、それもあってか彼女の方はウキウキ気分という所だ。二つ返事での快諾だった。というわけでその当時を思い出していたらしい。ルンルン気分という様子の聖獣が口を挟んだ。
「妾が行った頃は晩秋じゃったから寒かったのう。もう雪も積もって大変な事になった。で、その更に先は雪が降り積もる熱砂の大地なぞとなっておったわけじゃが。灼熱の雪なぞもうお目にかかりたくはないの」
「ヤバイっすね、それ……人はまぁ、建物に逃げ込みゃ大丈夫でしょうけど。作物の方は大丈夫だったんっすか?」
「幸い、人の住まわぬ地であったが故に食糧難などにはならんかった。それだけが幸いじゃった」
そうでなければ餓死者も出ていただろう。聖獣はソラの問いかけにため息混じりだ。とはいえ、だからこそと彼女は告げる。
「ま、じゃからこそこちらが動くのを待つではなく向こうから動いたんじゃろう。確かに食料の面での被害は避けられた。幸いな事にその年の秋は豊作じゃったことも大きい……が、一切の被害がなかったわけではない」
「なかったわけではない? でも人の住まない地だったんっすよね?」
誰も居ない場所に異変が起きたのであれば、それが例えば河川に毒が流れ込むなどでもなければ被害はさほどのはずだろう。そう思うソラに、聖獣も頷いた。
「そうじゃ。それは確かじゃ……が、一切誰もというわけではない。あそこには『氷の王宮』と呼ばれる神殿があって……いや、あったか。氷の如き青白さを誇る特殊な建材を使った見事な神殿じゃった……そこの神官達は全滅しておったよ。おかげで当時のこの地方を治めておった王国は手痛い被害を被り、後の崩壊に繋がる事となる」
「何か特別な神殿だったんっすね」
「うむ。氷の大精霊様を祀る神殿じゃ。そこには王国伝来の秘術が山程収蔵されておった……そこが建物ごと滅びたんじゃ」
「それは……」
単に熱を帯びた雪とだけしか考えていなかったソラであったが、実際にはそんな単純なものでもなかったのかもしれないと思い直す。というわけで事態が思った以上に深刻だったと察したソラははたと気付いた。
「あ……もしかしてその雪って普通の雪じゃなかったんっすか?」
「……そもそも熱湯の雪の時点で矛盾してるだろう?」
ソラの指摘に口を挟んだのは瞬だ。が、この当たり前の指摘にソラは首を振る。
「ああ、いや。そういう事じゃないんっす……まぁ、そりゃ矛盾してるんでそもそもおかしいだろう、って話を横に置いておくと、雪って所詮は水じゃないっすか。熱湯ぶっかけられた程度でそんな神官達が死ぬと思います?」
「……なるほど」
神官と言われて思い浮かぶのは、祈りを捧げたり戦闘においては他者を補佐する魔術を使いこなす者たちだ。無論戦えない者も居るだろうが、それを差し引いても単に熱湯が降り注いだ程度で問題になるとは思えなかった。というわけで理解した二人に聖獣ははっきりと頷いた。
「よう理解した。神殿に展開される結界でもどうしようもないものじゃった。出力を上げれば良い、というものでもなかったからのう。物理防御も魔術的な防御も無理。神殿は刻一刻と侵食され、たどり着いた時には遺体も見るも無惨な有り様じゃった」
「「……」」
一体どんな風になってしまっていたのだろうか。ソラも瞬も思わず何も言えなくなる。とはいえ、そうなると少し気になる事があった。
「どうやってそこまでたどり着いたんっすか?」
「力技で防いだ。当時の仲間の一人に優れた魔術師……いや、細工師というべきかのう。そういった魔道具を作るのに長けた者がおってな。そやつが作った巨大なゴーレムの傘で、というわけじゃ……ま、それを作らねばならなかったが故に間に合わなんだが」
「傘?」
「自律型のな……破損箇所を常に修繕して通り抜けた、というわけじゃ。無茶ではあったが。そうせねばならなんだでのう」
それはどうする事も出来ないだろう。聖獣が言う通り、物理的な防御も難しく魔術による防御も難しいというのだ。と、そんな話を聞いていたカイトが口を挟んだ。
「ま、そりゃ良い。北の大地はそんなこんなでかつて被った被害で国が滅んでるからな。事態を重く見たいわけだ」
「なるほどな……って、それなら俺達を呼ばなくて良かったんじゃないか?」
「帝王陛下のご指示、って所か。ま、どこの国でもよくある話だけど、あの国も色々と複雑なんだ」
「一枚岩じゃないってこと?」
色々と複雑と言われてもいまいちわからないんだけど。ソラはそう思いながらも在り来りな言葉を口にする。が、それが正解だったようだ。
「そういうこと。で、ちょっと力の強い貴族が何人か居て、帝王の派閥と敵対しててな。今回の一件を主導するのはどちらか、とかになってくるって話だろう」
「この状況で?」
「そりゃ、この状況だからこそだろう。今回は大精霊様が主導する、っていう民衆にも分かり易い大問題だ。しかも大精霊様のご指示だからこそ、帝王だろうと否やは言えない。帝王が疎ましい貴族は自分達が主導して解決したいし、貴族達が疎ましい帝王は自分が大号令を掛けて解決したい」
「うーわ……」
わからないではないけれど。ソラはカイトの言葉に盛大に顔を顰める。しかも今回の一件はどれだけ被害が出たとしても大精霊の指示というお題目がある限り民衆からの不満は出ない。
大精霊が指示を下すという事態は世界の異変しかないのだ。ならば、色々なデメリットに目を瞑ってでもいの一番に応諾を示した方が勝ちと言えた。というわけでおおよその話の流れが見えたソラが口を開いた。
「しかも大精霊様のご指示だから全軍を動かせさえするのか」
「よくわかったな……貴族達からすりゃ自軍も一応形ばかりは動かすだろうが、被害は全部国持ちで動ける。ま、そうであっても今回はラキが先行したから、今頃貴族共が慌てふためいているんだろうがな」
「ラキ?」
「ああ。北の女傑殿。グラキエース……ライムの天敵の一人……帝王陛下の懐刀」
「この間の将軍の娘の?」
「ああ……帝王派の英雄だ。帝王が一歩リードってわけ……ま、おかげでどこかで道中貴族派の連中の襲撃を警戒しなきゃならなくなりましたってわけだがな」
やれやれ。カイトはソラの問いかけに頷きながら、ため息を吐いて首を振る。まぁ、国賓であろうと厄介者であれば消そうとする勢力が居るのは世の常だろう。というわけで帝王派の招待を受けるとなった時点で、カイト達は必然として貴族派の厄介者になったのであった。そしてそれをソラも察する。
「あー……面倒くさいな。いや、武力で来てくれればまだ楽なんだけど」
「あっははは。察しが早い……そうだな。ま、そこらは向こうさんが頑張って、って所になる」
今向かっている北の帝国との国境を越えた後は基本的に向こう側の指示に従って行動する事になる。その際に帝国側からも護衛の兵団が差し向けられるだろうが、それらを差っ引いても面倒は避けられなさそうであった。というわけで一同は少しだけ足取り重く、北へと進んで行くのだった。
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