第3354話 はるかな過去編 ――氷の地へ――
世界の情報の抹消。本来は自然には起き得ない事態の発生により、大精霊の指示を受けながらその解決に乗り出す事になったカイト。そんな彼は未来から来たソラ達やスイレリア、聖獣と共に活動を開始する。
そんな中で魔族もまた同じく世界の情報の抹消という最悪は世界そのものが崩壊しかねない事態の解決に動いている事を知ることになり、苦笑いながらも魔族との内々の共同歩調を受け入れる。というわけで彼がシンフォニア王国の各所を回っていた頃。レックスも動いていたようだ。
『魔族も共同歩調ね……もう何がなんだか』
「わかってる。が、あいつらとてこの世界が滅びれば終わり。そういう意味で言えばオレ達とあいつらは一緒の船に乗ってるも同然だ……なんだったかな。ソラ曰く呉越同舟だったか」
『呉越同舟?』
「呉と越って国が地球に昔あったんだと。その二国の人は非常に仲が悪かったそうだが、一緒の船に乗っていてトラブルに見舞われれば協力するだろう、って言葉らしい」
『正しく今ってわけか』
笑えない冗談だな。カイトの言葉にレックスが苦笑いを浮かべる。これにカイトもまた苦笑いを浮かべた。
「正しくな……で、オレに直で連絡ってのも珍しいな。外に出てる時は大半姫様に仲介頼んでるだろ? 何があったんだ?」
『ああ、すまん……北の帝国からグラキエースが来た。ああ、もう帰ったけどな』
「相変わらずの神速っぷりだな……」
『あはは……内容としては俺達の一件と同じだ。向こうでも交戦したらしい。で、一個中隊が壊滅したそうだ。で、あの女傑殿が全部砕いてきたって』
「それで情報を寄越せって? もう檄文を出したのか?」
元々ある程度の情報が整えば、今回の一件で大陸全土から使者を招いて情報共有を行う予定だった。そのためにはどこかが檄を飛ばして号令を行わねばならないが、その役目をレックスが担う事になっていたのである。というわけで思ったより早かったと意外感を滲ませるカイトに、レックスが首を振った。
『いや、まだだ。どこかにスパイが入り込んでたんだろうさ。こっちが触手の魔物を調査してる、って情報が向こうにも入ったんだろう……あいつが動かなかったらどうなっていたかは、わからねぇな』
「やばかっただろうな」
堅牢で知られる『ドゥリアヌ』が壊滅するほどなのだ。侵食された存在が決して弱くないだろう事は察するにあまりある。そして更には死体にまで融合を仕掛けられるというのだ。現状ではどうすれば融合を防げるかわからない以上、現時点ではフェリクスの様に跡形もなく消し飛ばすしかないだろう。
それが部隊単位となってしまえば、もはや英雄と呼ばれる存在に頼るか複数の魔術師達による合同での戦術級・戦略級の魔術を行使するしか道はなかった。
「……この様子だとすでに各国小さくない被害がちらほら出始めているか」
『ああ……ああ、それでグラキエースの話か。足並みを揃えたいと言ってきた。あとは先に情報寄越せ、か』
「あいつらしいな。どうせ出す情報なら隠す必要もないだろう……か?」
『一言一句そのままだな……どうせならカイトの方に行けよ、つってやったらどうせあれは現地に赴いているから探すのは手間だと言われたわ』
「正解だから困るね」
流石は北の帝国が誇る女傑の一人か。カイトは自分達の動きを完全に理解している様子のグラキエースとやらに笑う。なお、なぜカイトの方なのかというとグラキエースが拠点にしている場所はシンフォニア王国に近いからだ。が、今回はその被害を被った部隊がレジディア王国側に近く、諸々を判断してレックスの方に会いに来たとの事であった。と、そこまで理解してカイトがふと気が付いた。
「……待った。もしかしてお前、北の付近まで行ってたのか?」
『正解。こっちも似たようなもんで、迂闊な調査隊が一つ壊滅させられた。北のあたりに密偵が入り込んでるのは知ってたが……俺の動きまで察知されるとはね。まぁ、そこから一人で越境して俺の所までやって来たってのは流石だが』
「どっちもどっちだ馬鹿野郎……」
『お前も似たようなもんだろ』
レックスは王太子にも関わらず北部の国境沿いまで単騎で駆け抜けたし、グラキエースはそれを掴んで更に自分が対処した事態がそれと類似と判断。一人で越境してレジディア王国に潜入。レックスと話し合いの場を持ったというわけだ。どちらも色々と問題が多すぎた。
まぁ、さりとてカイトも似たような事はやりまくっているわけで、レックスの言う通り自分を棚に上げた言葉であった。というわけで言い返す事は出来ないため、カイトもこの会話は切り上げる事にする。
「……まぁ、良いか。とりあえず……被害は広がる一方ってわけか」
『ああ……ああ、それでだ。グラキエースのヤツが帝王陛下を説得するって』
「どっちだ? 兄王か妹王か?」
『両方だ……どっちでも行けるだろうしな。但し、条件が付けられた』
「……面倒くさいな、それは」
どうやら自身に直接連絡を取ってきた事から、カイトもおおよそを察したらしい。盛大に顔を顰める。というわけで、北の帝国の要求をカイトが確認する。
「オレ達に北まで来い、と?」
『悪い……向こうは事態を鑑みた大号令を掛けたい様子だ』
「前々から言われてる中央集権化を進める腹か」
『だな。説得する、ってのは隠語。あいつが単騎で来たのは兄の命令……いや、今回は政治も絡むから妹君の方かもしれないけどな。どっちにしても、北の帝国まで大々的に共同歩調を取るのなら他の国も動かざるを得ない。悪いんだけど、頼まれてくれるか?』
「断れるか? お前から直々に頼まれて」
形ばかりでも頭を下げるレックスに、カイトは苦笑混じりに笑う。これにレックスも同じ顔を浮かべた。
『悪い……こっちはその間に南方諸国との連携を進める』
「あいよ……で、そう言えばベルはなんて?」
『まーだなーんも。頭の中では色々と渦巻いているんだろうがな』
ベルナデットが何を考えているかは、夫であるレックスにさえわからないらしい。が、その考えは間違いなく正しく、そして自分たちにとって最悪を回避する手段を講じてくれている事はわかっていた。というわけでレックスもカイトも今は信じて待つだけと決めていたのであった。
「そっか……でもあんまり遠くに行ってるタイミングで呼び出しとかしないでくれよ。オレや運んでくれるだろうスイレリア様ならまだしも、ソラ達まで居るんだから」
『なんとかそうしたい、って言ってるだけどなぁ……』
なんともならないのがベルの悪い所なんだよなぁ。カイトの言葉にレックスが困った様に頭を抱える。そうして、そんな彼ともう少しの間雑談混じりの情報共有を行い、カイトは予定を切り替えて北の帝国へと向かう事にするのだった。
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