第3349話 はるかな過去編 ――変異――
世界の情報の抹消という本来ならば起き得ない事態の発生。それをスイレリアから聞かされる事になったカイトであるが、そんな彼はそれを知っていた大精霊達の指示によりスイレリア、未来から来たソラ達。古龍の端末のような存在であるというレジディア王国の聖獣と共に活動を開始する。
というわけでシンフォニア王国の王都を出発した彼らは、とある魔族の出没が噂される放棄された鉱山地帯に情報消失点が存在する事を察知。鉱山地帯へと赴いたのであるが、そこで一同が目にしたのは魔族の出没の噂を調査するシンフォニア王国の調査隊が壊滅させられていた光景であった。
そうして魔族の襲撃を警戒しつつ調査を開始しようとしたまさにその時。魔族達の罠により襲撃を受ける事になるものの、魔族達の想定外の動きをしたソラ達により襲撃が陽動作戦と判明。
セレスティア、ソラ、瞬の三名が魔族の輸送隊との交戦に陥るのであるが、輸送隊を統率するイブリースという未来の世界において猛者として名を馳せる女魔族と戦っていたセレスティアは魔族達が運んでいた金属の円筒が内側から破壊された事により、イブリースが戦闘終了を選択。彼女を取り逃す事になっていた。
(はぁ……なんとか、という所ですか)
先ほどまで本気になっていたイブリースが内側から弾け飛んだ金属の円筒の方へと向かう背を見ながら、セレスティアは背後からの奇襲はしない方が良いと判断。一度呼吸を整える事にする。
(先ほどの貞操云々は単なる冗談でしょうが……運んでいたのが何か見極める必要がありますね)
妖魔の四姉妹の長子――正確には義理も含め更に何人か妹が居るらしいが――として後に妹達と共に知られる事になるイブリースの事はセレスティアも聞き及んでいた。
なので奔放な性格に見えてその実任務に忠実だったり、色々と知恵も回ることを知っており、先程の貞操を奪う云々は単に自身に突拍子もない事を言う事でこちらの行動を遅らせる事が目的だと判断したのであった。
(わざわざこちらの本陣を強襲してまで隠れて運び出そうとした所を鑑みると、あれが今回の目的……という事でしょうか。であればあれは一体……)
どうやら内側から弾け飛んだらしい円筒であるが、イブリースが即座に支援に入った事により内側の何かが外に飛び出る事は避けられたようだ。イブリースは一安心した様子で、円筒を運んでいた魔族の立て直しをさせていた。
そんな様子を遠目に見ながらイブリースの事を鑑みて勝機はないと判断したセレスティアは輸送隊を見送る事をサルファへと提案する。
「サルファ様……こちらに勝ち目はなさそうです。このまま見送りたい所ですが……」
『ああ。それで構わない。まさかここまで何人も高位の魔族がこちらの領内に潜り込んでいたとは想定外だし……ふむ』
「内側は視えましたか?」
『ああ。内側から結界が破損した瞬間、僕の眼は奴らの円筒の中身を捉えた。今はまた結界が展開され視えなくなったが……あれで十分だった』
かなり苦々しい様子。セレスティアはサルファの声に滲む苦みに、何か良くない事が起きたのだろうと理解する。
「一体中には何が?」
『……おそらくあれは軍医だろう……いや、軍医だったモノ、というべきかもしれない』
「……と、言いますと?」
『僕の魔眼で視れる情報がおかしくなっていた。あれは人というよりも魔物に近い……人体実験? いや、それならばいくら廃棄された鉱山とはいえシンフォニア王国の領内で行う必要はない。であれば、あれは奴らが生み出したものではなく何かしらの理由によりああなった軍医を奴らが確保した、いわば生体サンプル……なのか?』
当たり前であるがサルファもまた正解を持ち合わせているわけではない。なので彼は今しがた自身の眼が目撃した光景から推測を行う。と、そんな彼にセレスティアが問いかけた。
「それはもしや」
『ん……ああ、すまない。そうだね。今僕らが追う融合型の魔物と同一……おそらくそれに侵されたのだろう。それが内側から結界を破り、物理的な拘束を破壊したようだ』
「まだ生きていたのですか」
『どちらかというと生きたまま確保した、のだろうね。どうやったかはわからないけれど……そしておそらく生きたまま運び出す事を優先しているのだろう。正気の沙汰とは思えないけれど』
円筒の中が封じられる直前。サルファは軍医の身体から生えていた触手が活発に動いていた事を見ていた。とはいえ、その触手も多重に施されていたらし対策により運んでいた魔族やサルファの妨害行動を防いでいた魔族を狙う事は出来ず、増殖は防げていた様子だった。
「ですがそれであれば、魔族の仕業ではなさそうですね」
『ではないだろうね。もし奴らの仕業ならばわざわざ今になってサンプルを集める意味がない。しかもこちらの領域で、だ。これが安心して良いのかどうかはわからないが……少なくとも奴らもバカではなかったという事は確実だろう』
何度も言われているが、魔族達とて組織として大精霊に弓引くような状況は作らないと考えられていた。ここでのこの行動はそれを裏付ける可能性があり、同時に一つの事が浮かび上がる。
『ふむ……自然な事だが奴らの占領下でも情報の抹消は起きているものだと考えられる。被害は出ている……のだろうね。それで情報を集めるべくここに来て、融合した軍医を見付けたというわけか……いや、待て……軍医が最初なのか?』
「どういう事ですか?」
『確か最初に君達が軍医が行方不明になったのを知ったのは医療用のテントから軍医と共に軍医が使った机など一式が失われていたからだったな?』
「ええ……それで街を探索。遺体が見当たらなかった事から、魔族により連れ拐われたのだと判断しました」
この流れにおかしな所は一切見当たらない。それはサルファも同意する事だし、今も異論はない。なので彼が疑問を抱いたのは別の事だった。
『奴らが医療用のテントの中から軍医が残した記録も一式持ち去ったという事は、そこに奴らにとって有益な情報があった、もしくはあると思われたからだ。軍医が最初の感染……で良いのかは不明だが感染者であるのなら記録なぞ録れるとは思わえない』
「あ……それは確かに……」
『つまり先に魔物に融合された存在が居たか、魔物の素体が発見されたということだ。他に何か失われた物はあったか?』
「いえ……カイト様も部隊長が持つ日誌など含めそれ以外に奪われた様子はなかった、と」
『ふむ……』
もしかすると何か情報が残っている可能性はあるかもしれない。サルファはセレスティアからの情報にそう判断する。
『兄さん』
『ああ、聞いている……わかった。流石に軍医は死亡と判断。変な言い方だが生きているのであればこちらがサンプルを確保はしたくない。こちらは一切準備が整っていない。確保する方が面倒だろう。奴らの輸送隊はそのまま見送って構わん』
魔族の輸送隊が運ぶ中身が生きているのであれば、下手をすると『ドゥリアヌ』の二の舞いになりかねないのだ。魔物の情報が欲しい事は欲しいが、準備もなく手を出せる相手ではなかった。
『……色々と調べ直す必要がありそうだ。サルファ。そちらの支援が終わり次第、魔族共の拠点の痕跡を探したい。もう奴らも残っていないだろうから、少し遠目に調べてもらえるか?』
『わかりました。こちらで確認を進めます』
おそらくサンプルを確保出来ている事から、今回の一件については自分達より魔族達の方が情報を多く有していそうだ。カイトもサルファもそう判断していた。そうしてそんなカイトが続けてセレスティアに告げる。
『セレス。そちらも交戦はほどほどにして、撤退してくれ。輸送隊の中身がこちらにとって厄介である以上、長々と戦闘をした所でお互いの利にならん。残っているそいつも倒す必要はないぞ』
「わかりました……あちらも逃げられそう、ですかね……」
『だろう。二対一ではあるが……向こうは逆に堪える事を目的とした、という様子かな』
「おそらくは……」
ここで倒す意味はあまりないだろう。セレスティアはソラ達の支援もほぼ不要そうだと判断する。そうしてその判断から程なくしてソラ達が戦っていた魔族が転移術により撤退。戦いはほぼ得るものもなく終わりを迎えるのだった。
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