第3341話 はるかな過去編 ――山間――
世界の情報の抹消という本来は起き得ぬ事態の発生を受け、その解決に奔走する事になったカイト。彼は未来から来たソラ達やかつて似た事態を解決したレジディア王国の聖獣、『黒き森』の大神官スイレリアと共に行動を開始。スイレリアの兄にして開祖マクダウェルの仲間の一人、先代の『黒き森』の大神官グウィネスとの出会いを経て、一同は今度は山間に出現した情報消失点の調査に赴く事にしていた。
というわけでカイトとソラ達が合流して2日。補給と休息を終えた一同は再び竜車を走らせて移動していた。そうして御者を瞬に任せたソラはカイトと共に今後の活動や情報共有を行うべく机に地図を広げていた。
「魔族が出没している様子ってこの山か何かには重要な物資があるのか?」
「いや、それが特にはないんだ。一応、この山で良質な鉄鉱石が採掘されるから、確保しないで良いかと言われると話は別になるんだが……」
「絶対確保するほどでもない、ってことか」
「中央から離れた所に、もっと大きな鉱山がある。そちらの方がはるかに重要度が高いから、そちらに戦力を集結させる事にしたんだ」
とんとん。カイトはシンフォニア王国の王都からかなり離れた場所を指し示す。そこは魔族達が拠点を置く大陸中心部から遠く離れており、もし王都を迂回してそこを攻め落とそうとすればかなりの労力を要する事が察せられた。
「もしここら一帯が陥落して抵抗軍が組織された際、この鉱山にある坑道に逃げ込まれたら面倒ぐらいはあるだろうが……鉱物資源を鑑みなければ一撃デカいのをぶち込めばなんとでもなるからな。両軍とも、確保しなければならない必然性には乏しいといえるだろう」
「魔族達は鉄鉱石は必要ないのか?」
「魔族はあまり鉱物資源を重要視しなていないようだ。これは推測だが、魔界にも鉱山がありそこから供給出来るからだろう、というのが推測だ」
「あ、そっか……魔族達の後ろには魔界があるんだよな……」
魔族達がなぜこちらに攻めてきているかは誰も知らないが、少なくとも何かの物資を目的としているわけではない事はわかっている。ならばあちらにとって鉱山はこちらの補給線を崩す以外に攻める理由にはならないはずだった。
「ああ……まぁ、そういうわけだからここに魔族が出没しているという情報は割と誰もが疑ってはいるんだ。目的が察せられないからな」
「なんか特殊な鉱物とかは取れないのか?」
「いや、一切ない。単なる鉄鉱石が取れるだけの鉱山だ。一応付近の街からの依頼を受けて冒険者が鉄鉱石を採掘に来る事はあるが……まぁ、今回の目撃情報もそういった冒険者達からの目撃情報で眉唾ものの所はあるんだが」
「じゃあ実際はいない可能性もあるのか」
「ああ……オレ達が出る少し前から調査隊を派遣しているから、まずはそこから情報を手に入れようと思っている」
ソラの問いかけに頷きながらも、カイトはその調査隊が拠点としている地点を指差す。そうして、一同は調査隊からの情報提供を受けるべくそこを目指して進んでいく事になるのだった。
さて一同が合流地点となっていた宿場町を後にしてから更に2日。道中は特に問題なく進む事が出来たため、カイトは外に出てエドナに乗っていた。向こうが軍なので、カイトが前面に出て話をした方が話がし易いと判断されたのである。というわけでエドナに乗るカイトの背を見る瞬が問いかける。
「このまままっすぐで大丈夫か?」
「ああ……このまままっすぐ進んでくれ。このままもう少し進んで山の麓にまで出れば、かつてあの鉱山で働いていた者たちが暮らした街があるんだ……正確には街というか宿場の跡だが……建物はまだ比較的無事だから、それを利用しているはずだ」
「もう調査が終わって帰っているということは?」
「向こうは馬車だ。こっちが色々と立ち寄っている事を加味しても、向こうが到着したのはこの数日だろう。見て終わり、というわけにもいかんし立ち去るなら立ち去るでその準備も必要だ。問題はないだろう」
基本的に冒険部では竜車を使っているので一般的に使われるものだと思われがちだが、実際には竜車を使うのは非常に稀というか難しいのだ。
その分牽引力も速度も比較にならないが、本来は軍でもそう簡単に使えるものではない。というわけで一般兵達は基本的に馬や馬車を使うのであった。
そしてそうなれば速度は落ちるわけで、カイト達より前に出発しても到着はほぼ同じぐらいとなって不思議はなかった。そうして進み続けること少し。稜線の先から街らしき面影が見えてきた。
「あれか」
「ああ……やはり向こうも到着している様子だな」
「……旗か」
「ああ。来ている事を示す旗だ……ここらの治安維持を行う部隊の所属で間違いない」
「人影は見えないが……調査に出ているのか?」
「それはわからん。建物の影に居たり、会議やらで建物の中に居る可能性もある。まぁ、見張りがいないはずはないから、遠からずこちらに伝令が出てくるだろう」
隠して近づく必要もないのだ。カイト達は敢えて見つかる様に移動しており、カイトはそのうちこちらに誰かしらは来るだろうと想定していたようだ。そうして更に進み続けること暫く。段々とカイトの顔が険しくなっていく。そして同じ様に、瞬の顔にも訝しみが浮かび上がる。
「……こんな動きがないものなのか? こちらから目視出来ている以上、向こうからも目視出来て不思議はないと思うんだが」
「……いや、おかしい」
これはどうやら厄介な事になっているかもしれない。カイトは険しい顔で遠くの街を見る。そうしてかなり速度を落として進むこと暫く。荷車の中から声が響いた。
「……カイト。血の匂いがしておる。それも大量の。一人や二人ではない。百までは届かぬまでも、十数……いや、二十は超えよう」
「……やられたか」
「おそらくのう……先日言うておった魔族共の出現。嘘ではなかったという事なのじゃろう」
若干そうではないかと思っていたが。カイトは聖獣の言葉に腰に帯びていた双剣の柄に手を伸ばす。一切の動きがない所を見るにおそらく生存者はいないだろう。彼はそう判断していた。
「瞬、オレが先行する……そっちは一度ここで停止して、いつでも戦闘出来る様に整えておいてくれ」
「わかった……だが大丈夫か?」
「おそらく残ってはいないだろうな。生存者も、魔族共も……魔族共が残っていれば先手必勝か偽装してくるかだがそれもない様子を見ると、だが」
それでも油断するわけにはいかないが。カイトは瞬にそう告げると、エドナの手綱を握りしめて一気に速度を上げる。もし誰かが残っていたとしてもこちらに気付かれている事は間違いないのだ。
ならばゆっくり移動すれば狙われるだけでのんびりする意味はなかった。が、案の定警戒は無意味だったようだ。一切の問題なく、彼は街までたどり着いた。
「……駄目、か。姫様」
『なに? って、なにがあったの?』
「例の調査隊だ……見ての通り全滅だな」
『……そう』
契約を介してカイトの見ている光景を見ていたヒメアもまた険しい顔を浮かべる。そんな彼女に、カイトは告げる。
「ここらは第5大隊の指揮下だったはずだ。軍部を通して戦死者の回収を頼んでくれ」
『わかった。こちらでしておくわ……おそらく高位の魔族よ、それ』
「だろう……殺された事に気付いていなさそうな遺体が何体かある。完全な奇襲かつ、一方的な戦闘だな」
おそらく死ぬ直前まで焚き火で温まっていたのだろう。カイトは焚き火の跡を囲む様にして座ったまま事切れている兵士の死体を見てそう判断する。そうして彼は周囲を注意深く観察し、死んだ兵士の遺体へと近付いていく。
「……鋭利な刃物で一撃、か。周りも全員気付いていない所を見ると、全員ほぼ同時に死んだ……んだろうな。首がない以外、遠目に見ただけでは単に座っているだけにしか見えん……」
何が起きているんだ、この放棄された鉱山跡で。カイトはおおよそこんな所に現れるべきではない魔族の出現に、顔を険しくする。そうして彼は暫く周囲を探索し、魔族達が残っていない事を確認。誰一人として生存者のいなくなった街へと瞬達を招き入れるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




