第3337話 はるかな過去編 ――情報交換――
世界の情報の抹消という本来は起き得ない状況の発生。それを受けて、カイトは未来のソラ達と共に事態の解決に向けて動く事になっていた。
そんな彼はソラ達と共に大精霊達の指示を受けてシンフォニア王国の王都を後にしたものの、早々に見付けた痕跡から近くにかつて開祖マクダウェルが共に戦った『黒き森』の先代の大神官であるグウィネスが近くに居た事を察知。彼かもしくは彼が助けたと思しき一般人を探して出発する事になる。
というわけで宿場町にてその幾つかある候補の内一つが旧街道と呼ばれる今はほとんど使用されないルートを通っている事を掴んだカイトは別の候補が通る主要街道をソラ達に任せ自身は単身旧街道を進行。紆余曲折を経ていたものの、なんとかグウィネスとの合流に成功していた。
「……で?」
「なに?」
「オレがあんたを追っていた事はおそらく気付いているんだろう。どこまで彼女らに語ってるんだ?」
アシュリンやマリスカと共に本来の名はリヒト・マクダウェルというらしい開祖マクダウェルの昔話を繰り広げた後。パチパチと燃える焚き火から少し離れた所に移動したグウィネスの意図をカイトは悟っていたようだ。少し話したいと二人に断って、グウィネスの横に腰掛けていた。
「何も語っていないよ。逆に聞くけど、君はボクについてどこまで聞いてる?」
「大精霊様から必要な分は、という所か。本来なら放置とも言われていたが……」
「ボクが契約者である事は?」
「聞いてる」
「そっか……ならそれをさっき話さなかったのは助かったかな」
どうやら、アシュリンもマリスカもグウィネスが契約者である事は知らないらしい。グウィネスの顔には僅かな感謝が浮かんでいた。そんな彼であるが、一転してすぐに笑う。
「まぁでも……君達に会いに来たのは本当さ。大精霊様の指示だからというわけじゃない……君は契約者じゃない……んだよね?」
「そうだが……なぜそう思うんだ?」
「なぜか、と問われると微妙な所だけど……そうだね。僅かにだけどボクの契約が君に共鳴にも似た様子を見せていた……かな。直感にも近いのだけど」
グウィネスはシルフィとの契約により現れた契約の指輪を見ながら、カイトの疑問に答える。契約の指輪が輝いたりする事はないが、それに宿る力がカイトと出会ってからというものいつもより活性化している印象がある。それがグウィネスの言葉であった。
「正直、こんな現象はボクも初めてでね。無論ボクがボク以外の風の契約者と出会った事がないから勘違いかもしれないし、偶然かもしれない」
「そうか……ああ、そうか。オレの今の身の上を話しておかないと」
そういう事が起き得るのだろうか。カイト自身周囲に契約者という存在がほぼ居なかった事もあり、グウィネスの言葉はいまいち実感がなかったようだ。とはいえ、それが正しいかもしれないという事は可能性としてあるにはあるのだ。ならばそれを説明する必要があった。
というわけで、カイトはグウィネスへと自身の現状や未来から来たソラ達の事。今はスイレリアらと共に事態の収集に動いている事を説明する。
「そ、それは……リ、リヒトもそうだったけど君も君で物凄い経験をしているものだね。スイレリアやあの子が気に入るわけだ」
カイトとリヒトの間には血には依存しない確かな共通点がある。グウィネスは半信半疑ながらもおそらくこの男であれば、と信じる事にしたようだ。
「ありがたくない話だけどな」
「リヒトもいっつも言っていたよ。有り難くない話だ、貧乏くじだってね」
「あははは……それでも彼には負けると思うが。先の話も聞いたが、隠された事件は多そうだし」
だろうな。カイトは伝え聞く伝説を思い出し笑う。これにグウィネスもまた笑った。
「あははは。多分、その言葉を聞けば彼もこう言ったよ。いや、それでも俺はお前よりは楽だっただろう、って」
「あははは……はぁ。それは良いか。ああ、お茶のおかわりは?」
「え? ああ、ありがとう。水筒、持ってきてたんだ」
「ああ……外の大陸にはないだろうスグレモノだから、温かいままだ」
一頻り笑い、二人は一旦はお茶を飲んで口を湿らせる。そうして一段落した所で、改めて二人は本題に戻る事にする。
「ふぅ……ありがとう。それで本題に戻ろうか。君の方の状況はおおよそ理解した。ボクの方の状況だけど、大精霊様の仰られた通り異変が起きた場所へ急行して、そこで魔物を討伐している。君達が見付けたボクの痕跡の場所は正しくそれだね」
「あれは何があったんだ?」
「正確な所はボクもわからない。おそらく世界の壁が壊れたんだとは理解したけれど。壊れた壁の隙間から『狭間の魔物』が現れたのさ。それで偶然リンが近くに居て先に彼女が狙われる事になってしまってね。ボクが咄嗟に手を出す事になったってわけ」
おおよそ予想された通りではあったようだ。カイトは数日前のことを思い出すグウィネスにそう思う。
「どんな魔物だったんだ?」
「触手の化け物……という所かな。更に壁の先には巨大な目もあったけれど……流石にそいつは色々と大きすぎてこちらの世界には来られなかったみたいだ」
「巨大な目か……」
「冥道をよく通っているという事だから、似たのは見た事があるかもね。ま、それぐらい色々とデカいヤツだよ」
カイトが思い出していたのは、冥道を通る時に僅かに垣間見えた巨大な目だけの『狭間の魔物』だ。あまりに大きすぎて全貌はわからなかったが、保有する力は絶大でカイトも交戦を避けたほどだ。
だが保有する力が絶大であればあるほど。そして巨体であればあるほど抱える存在そのものの情報量は多く、小さな壁の亀裂からでは入れないのであった。
「ああ、ごめん。それはともかく、出てきたのは触手の化け物だ。おそらく今回の一件の共通点として、その触手の化け物を繰り出しているというのは間違いないだろうね。しかも聞く限り、厄介な性質も持っているようだ」
「ということはもう何度も?」
「うん……ああ、勿論こっちの大陸に戻ってからだけどね。外の大陸じゃ一度も見てない……というより、あっちで世界の壁に大穴が空く事なんて人為的でもなければ見たことないからね」
やはりカイト達よりかなり早くから動いていたからだろう。グウィネスの方はすでに何度か交戦を重ねていたらしい。とはいえ、それなら少し疑問があった。
「今回は空く事がわかっていたのか?」
「いや、全くの偶然さ……ここだけの話で良い?」
「ああ……大丈夫だが」
「スイレリア達にも内緒って意味だよ?」
「? ああ、まぁ……あんたの頼みなら」
何か妙に念押しするな。カイトはグウィネスの言葉に小首をかしげながらも、彼が言うのであればと受け入れる。
「……リンが離れていたのは、お手洗いで離れていた所だったんだ。だから近辺に誰もいない事はボクも確認してる。ボクの腕だから、魔族でさえ誤魔化せないと自負してるよ」
「そ、そうだったのか……もしかして魔術の発動に失敗してたのは……」
「……流石に無理でしょ。ボクも無理かな」
「あ、あはははは……」
確かに考えてみればアシュリンであれば普通に並の魔物相手なら逃げるぐらいは出来そうな腕はありそうだった。カイトはトイレの最中に襲われたのだろう状況を察して、苦笑いしか出来なかった。下手をすると自分でも咄嗟には厳しいのでは。カイトはそう思うしかなかった。
「まぁだからあの後思いっきりビンタ貰っちゃってさー……はぁ。不可抗力だって言ってるのに」
「あはははは……そりゃまた……」
「はぁ……でもおかげで、初めて壁の先の状況を垣間見れたよ。少なくとも誰もいなかった。さっき言った大きな目玉以外はね」
「ふむ……」
それが意味する所は何なのだろうか。カイトはグウィネスの言葉を咀嚼して、少しだけ考える。一方のグウィネスはおそらく自分と同じ結論に到達するだろうと考えていたからか、それを待つのみだ。そうして暫く。案の定の結論にたどり着く。
「今回の犯人が出ようとしたタイミングで本当に偶然、眼の前にリンが居て大慌てで身を隠した……そしてそれを誤魔化すために、魔物を差し向けた」
「だろうね……勿論、これが単に亀裂が入っただけの可能性もある。そこはボクもわからないけど……もしこれが人為的であったのであれば、少なくとも一つだけはっきりした」
「向こう側に居る何者かが情報を抹消する瞬間、こちらの情報……内側の情報は解析出来ていない」
「そういうことだね」
カイトのたどり着いた結論に対して、グウィネスもまた同意する。それが解析するつもりがないのか、それとも消す情報の解析は不要と判断しているのかはわからない。が、間違いなくその近辺にいる存在については察知出来ていないのだ。そうしてグウィネスが告げた。
「どこかに目撃情報があっても不思議はない……だろうね。もしかしたら『ドゥリアヌ』が壊滅させられたのは、自分がどこに出るかわからず無作為に開いた結果偶然にも街中で目撃者を消す目的を兼ねて行われた可能性はないではないだろう」
「……」
おそらく『ドゥリアヌ』壊滅までの流れから、生存者はおそらく居るだろう。今回の事件に犯人が居るのなら自分が融合されるような愚行はしないはずだ。であれば、生存者の中に犯人が居る可能性は十分にあり得た。
「一度王都を介して『ソル・ティエラ』に生存者の情報の共有を頼もう」
「そうした方が良いだろうね。おそらくもう『ソル・ティエラ』に居ない可能性は非常に高いけど……今居場所が掴める相手より、居場所が掴めない相手を警戒した方が良い」
大分と情報が集まってきたぞ。カイトは真っ暗闇の中から朧げにでも見えてきた犯人の情報に僅かな光明を見る。というわけでそこからも少し情報の共有とお互いの情報から考えられる事を話し合う。
「……こんなものか」
「そうだね……これ以上を考えるには流石に情報が足りない。目撃者の一人でも居てくれれば、話は違うんだけど……」
「それはこれからか……これからどうする?」
「おそらく大精霊様のお言葉に従って、一旦君達とボクらは再度別行動にした方が良いだろうね。合流するな、とは言われていないけど放置しておいて、ということはそういう事なんだと思う」
「なるほど……スイレリア様は良いのか?」
「大精霊様の言葉であれば、彼女も従うしかないからね……久しぶりに妹に会ってお小言は聞きたくないしね」
それが本音か。カイトは最後にぼそっと呟かれた言葉を耳にして、内心でそう思う。とはいえ同時にグウィネスの推測も筋は通っている。なのでそれに従う事を彼も決めた。
「わかった……とはいえ流石に次の宿場町までは一緒に行こう。オレもそっちに行かないと合流出来ないしな」
「そうしてくれると助かるよ。マリスカも居るけど君が居てくれれば心強いしね」
「リヒト様がいらっしゃらない分、存分に頼ってくれ」
「そうさせて貰うよ、勇者くん」
カイトの言葉に、グウィネスが楽しげに笑ってそう茶化す。そうして再び二人は焚き火の傍らにいるアシュリンとマリスカの近くへと戻って、夜は更けていくのだった。
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