第3336話 はるかな過去編 ――元大神官――
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世界の情報の抹消。本来は自然的には起こり得ないはずの事態が多発する状況を受けて、大精霊の指示により事態の解決に向けて動く事になったカイト。そんな彼は大精霊達を呼び寄せる切り札の欠片である未来から来たソラ達。かつて開祖マクダウェルと共に世界の異変に立ち向かったというレジディア王国の聖獣。同じくかつて開祖マクダウェルと共に世界の異変に立ち向かった先代の大神官グウィネスを兄に持つスイレリアと共に行動を開始する。
そんな中でシンフォニア王国の王都に最も近い異変が生じた場所にたどり着いた一同が目の当たりにしたのは、大神官グウィネスが戦ったと思しき痕跡であった。
というわけで彼かもしくは彼が救ったと思しき一団に接触するべく行動を開始するわけであるが、残念な事に候補が幾つか浮かぶものの別の道を通っていた事から、カイトは旧街道というあまり使われない上に修繕もあまりされていない細道へ。ソラ達は竜車を利用して街道を進む事になっていた。
そうして旧街道を突き進んでいたカイトであるが、遭遇した商隊の一人こそが探し求めていた大神官グウィネスであった。
「まさか君の方から来てくれるなんてね。流石にボクもこの展開は想像していなかったよ」
「……待った。男なのか?」
「男だよ?」
「……」
カイトでさえ少女と見間違えていた様に、ネスことグウィネスは一見するとというか今でも少女にしか見えない。一応スカートは履いておらず丈の短いズボン。いわゆる短パンを履いていたり、髪型もロブ――ボブとミディアムの中間程度――ほど伸ばしてはいないもののボーイッシュな少女に見える若干長めだ。勿論、顔立ちなぞ少女っぽいを通り越して少女でしかないほどの美形だ。言われても正直納得は出来なかった。
「だよねー。女の子にしか見えないんだけど、ネスって男の子で間違いないわ」
「男で間違いない事は我々も保証しよう」
「……」
「違うぞ!? そういう関係ではないぞ!?」
まさか男女の関係なのか。そんな様子で息を呑んだカイトに、マリスカが顔を真っ赤にしながら大慌てで否定する。これにカイトも大慌てで胸を撫で下ろす。
「だ、だよな! 良かった……」
「そ、そうか……え? だが……まさかこのカイトがお前の探していた友人の子孫なのか?」
「そうだよ。本当にこんな偶然があるなんて、とはボクもびっくりしてるけど……でも森や風の噂を鑑みると君で間違いないだろうね」
「「はー……」」
すごい偶然もあったものだ。マリスカもアシュリンもおそらく祖先と子孫で似ているからこそ一目でわかったのだろうと思っていたようだ。というわけでアシュリンが興味深い様子で問いかけた。
「そんな似てるの? その友達に」
「ああ、似てはいないよ。確か血の繋がりはないんだっけ? ボクも暫く戻ってなかったから噂でしか聞いてなかったけど」
「ええ。私は養子なので……」
「ああ、良いよ良いよ。口調は気にしないで……そう言ったのは、他ならぬリヒトだしね」
リヒト。それこそがカイト達が開祖マクダウェルと呼ぶ全ての始まりの騎士の名だった。そうしてかつてを思い出して、グウィネスが告げた。
「リヒトに似てはいないけど……うん。目はそっくりだ。彼と同じ蒼い瞳。でもそんな物理的な事よりも何より強い意志を秘めている。血なんてものは関係ない。その目こそ、間違いなく君が彼の一族だという何よりの証明だ」
だからこそ一目でこの彼こそがこの大陸で人類の希望として名を馳せる勇者カイトなのだろうと思った。グウィネスはその碧色の目でカイトの目をじっと見詰める。
それははるか過去に消え去った友を思い出しているようでもあり、その彼が守り抜いた未来を確かに感じ取っているかのようでもあった。その一方でそんな彼の言葉を聞き、カイトは沈黙するしかなかった。が、その背に僅かな安堵があったのは気の所為ではなかっただろう。
「……」
「ねぇ、カイト。ネスって何か有名人なの? 向こうじゃいーっつもボクは単なる旅の吟遊詩人さ、ではぐらかすし」
「その癖私以上に強いというのが腹が立つがな」
なるほど。確かにこの一見すると少女のような見た目でありながら、その実この大陸でも有数の実力者であるグウィネスだ。マリスカが前線に出た所で下手をすると一人で敵を壊滅させる事さえ出来てしまうだろう。というわけでおおよそを察して、そしてカイトはどこか苦笑する様に。どこか朗らかな様子で笑う。
「聞いてたより、あんたは人が悪いんだな。真面目なあんたがパーティのまとめ役だった、と聞いたんだが」
「パーティのまとめ役はリヒトだよ。エドナが場を回すけど、決めるべき所は彼が決めていた。ボクは単に色々な人と折衝をしていただけさ。それに真面目さで言えばボクより……かな。それに君も良くわかるだろう? 伝説とかなんて結局は吟遊詩人が好き勝手に脚色して作っているだけの物語。真実なんてその場に居た人にしかわからない」
「……そうだな。はぁ……で? そのグウィネスさんは、ここで言って良いのか?」
「言わなくてもリンは調べるから良いよ」
「そのとーり。早いか遅いかの違いです」
存外このアシュリンはすごい度量を有する人物かもしれない。カイトはおそらくは何かの大人物なのだろうと察せてはいるだろうにそれでも態度を変えようとしないアシュリンを見て、思わず目を見開く。とはいえ、それは考え無しというわけではない。
「ネスが何者であっても、ネスはネスだし。それで本質を見失うのなら話は別だけど」
「そここそボクが君を気に入っている所だね。どんな相手であれ肩書ではなくその本質を見極めようとする」
「商人の基本よ、商人の……で、ネスはどんな人なの?」
「ちっ……はぐらかされないか」
「付き合い長いもの」
アシュリンの言う通り、幼馴染だというマリスカほどではないがグウィネスもまたかなり長い付き合いになっていたらしい。グウィネスがはぐらかそうとしていた事をアシュリンは察していたようだ。というわけで、興味津々という具合のアシュリンに彼もまた観念したという所だろう。
「はぁ……良いよ。どうせここら辺に居ながら一度は顔を出さないと後が怖いし。出来れば密かに帰って密かに出たいんだけど」
「それはあんたの身の振り方次第じゃないかな」
「だろうね……やれやれ。有名人は辛いね」
カイトの言葉にグウィネスは『黒き森』にはなるべく立ち入りたくない様子を覗かせる。彼からしてみれば『黒き森』は故郷だが、同時にそうであればこそ身の振り方を考えねばならない場所でもある。好き勝手したくて外に出た彼だ。戻りたくなくて当然だった。
「あはは……彼は大神官グウィネス。この地の近くにあるエルフ達の都『黒き森』の神官の中で最高位に最年少で就任した傑物だ。そして同時に、オレの家を興した人物に騎士マクダウェルという人物が居るんだが、その彼と共にこの地にかつて起きた魔族の侵攻を退けた英雄の一人でもある」
「なるほど……それで……」
「へー」
得心がいった。そんな様子で目を見開くマリスカに対して、アシュリンの方は感心するだけでさしたる驚きは得ていなかったようだ。そんな様子に、なぜかグウィネスの側が拗ねた様子を見せた。
「……驚かないね」
「だーいたいは想像出来てたし。その範疇を出なかったかなー、ってぐらい?」
「何!?」
「できるでしょ。だってああやってはぐらかすって事はどこかで何かの偉業を成し遂げたヤツなんだなー、って。それも語られると一発で特定されるような偉業をやったヤツ」
「そ、そう言われればそうだが……」
素性を隠す理由なぞ二つしかない。成した偉業が素晴らしいか、犯罪者かの二択だ。そして今までの長い付き合いでグウィネスが好き好んで犯罪を犯す事がない事は誰よりも二人が一番良く理解している。ならば結論は成した偉業が大きいパターンだと判断するのに、そう時間は掛からなかった。
「そんな所だね。ま、さっきも言ったけど偉業と言ってもボクが中心人物じゃない。中心人物は彼のご先祖様のリヒトだ。ただボクはその物語に名を連ねているだけさ。主要人物ではあったと思うけどね。あくまで、それ止まりだ」
「一人で何でも出来る英雄なんて居ないと思うけど」
「それは……まぁ、そうだけどね」
まったく。謙遜なのか本当にそう思っていたのかは定かではないが、そこに口を挟んだアシュリンの素直な言葉にグウィネスは照れくさそうに笑うだけだ。
「あはは……まぁ、それはそれとして。せっかく会えたんだ。色々と話を聞いてみたい所ではあるから、少し話そうか。君の方も聞きたい事やら色々とあるだろうしね」
「そうだな……色々と聞いてみたい事はある」
個人としてもそうだし、公人としてもそう。カイトはグウィネスの求めに応じる事としたようだ。そうして、四人は焚き火を囲みながら改めて話を始める事にするのだった。
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