第3335話 はるかな過去編 ――古き者――
世界の情報の抹消。この世に存在するありとあらゆる者が依存する世界という存在に記されたありとあらゆる情報の消去というあり得ざる事態の発生により、カイトは大精霊達の指示により未来の時代からやってきたソラ達と共にその事態の解決に務める事となる。
というわけで紆余曲折を経て同じく大精霊達からの指示で動いているという開祖マクダウェルと共に戦った一人である『黒き森』の大神官グウィネスと彼が救ったと思しき商隊を探す事になったカイトであるが、道中立ち寄った宿場町で可能性がある一団が二つのルートへと分岐している事を知る。
というわけで大きな街道をソラ達に任せると、自身は一人旧街道という今はあまり使われない街道を通って追いかける事になる。そうして道中世界の異変の検出や魔物との遭遇を重ね、若干の遅れが生じながらも、夜になる直前になんとか目的としていた三人の少女らによる商隊を発見するに至っていた。
「へー……西の果てにはそんな国? 場所があるのか」
「ええ……見渡す限りの青々とした草原と黄金に輝く森。黄金の森にはエルフ達が住まい、蒼き草原には多種多様な獣人達が暮らす……そんな国よ」
「へー……」
先にアシュリンも認めていたが、やはり彼女らはこの大陸の出身ではなかった。海を渡りこの地へとやってきたらしい。というわけで興味本位でのカイトの問いかけに対して、彼女は自分の故郷のことを教えてくれた。
「元々そっちで行商人をしてたんだけど。まぁ、ちょっと色々とあって大陸を移る事にしたの」
「ちょっと色々……まさか犯罪とかじゃないよな?」
「まさか。これでも故郷のみんなに見送られて街を出てるから、犯罪なんて一切してないわよ」
「あれはすごかったな。まったく……どいつもこいつも騒ぎたい奴らばかりで困ったものだ」
アシュリンの言葉に対して、マリスカは言葉こそ苦言の体を呈しているが顔は笑っており、それが非常に良い思い出だった事を示していた。そんな様子に、カイトが問いかける。
「小さい町なのか?」
「違うよ。結構大きな……規模感としては『マクダウェル』とかと同程度。流石に『スカーレット』までは行かないけどね」
「へー……」
ウチと同程度の大きさか。四騎士の実家の中で一番大きなものはグレイスの属するスカーレット家で、その抱える街も一番大きい。後は似たりよったりだ。
とはいえ、曲がりなりにも王国が抱える4つの騎士団の家だ。街の規模も十数個の街を保有する貴族と同等かそれ以上には栄えている。その中心なのでそれ相応には大きく、それが街をあげて盛大な見送りをしてくれるのだからアシュリン達の好かれ具合が察せられるものであった。
「何か名家の娘……とか?」
「一応商人の娘でパパが向こうで店は構えてるぐらいよ」
「旦那様は篤志家なんだ。まぁ、それを見ているからリンもこうなったというかなんというか」
「なによー」
「良いことだと言っているんだ。拗ねるな拗ねるな」
ワイワイと騒がしい二人だな。女三人寄れば姦しいとは言ったものであるが、アシュリンとマリスカは二人だけでも騒がしかった。
そこにネスまで加わるものだから、夜で普通は獣や魔物を刺激しない様に声のトーンを落とす野営地でも――勿論結界はあるのでそこまで気にしなくて良いが――普通に昼日中と変わらぬ様子であった。
「まぁ、ボクもそれで助けてもらった身だからなんとも言えないけど。リンのお父さんは本当に良い人だよね。というか、あの街の人はみんな良い人というか。領主さんも良い人だし……こっちに戻ってきたらやっぱりあっちは平和なんだなー、って思ったよ」
「そうなのかしら」
「うん、絶対ね」
あの善性は平和な場所だからこそ培われた物だ。二人に対してどうやら同じ地の出身ではないらしいネスははっきりとそう断ずる。
「領主さんにそれが如実に現れている……あの人、若干思い込みが激しいというか、若干前のめりな人というか……自信過剰というかなんというか、って人でしょ?」
「うん。格言が俺について来い! 明るい未来が待ってるぜ! な、人だし」
「そ、それはまた彼に似合いそうな格言を掲げてたもんだね……」
サムズアップで真っ白な歯を見せて満面の笑みを見せてどうやらその領主を真似たらしい自信満々な口ぶりでその領主とやらの言葉を口にしたアシュリンに、ネスがそれはまたと僅かに苦笑する。
なお、聞けばどうやらかなり若いが同時に領主としての才能としても非常に素晴らしいものがあり、アシュリンの属していた領地は非常に栄えていたとの事であった。
「ま、良いか。でもあんな人は普通は何かの打算や裏があるもんだけど……あの人はそれがない。裏も表も全部が世のため人のためだ。無論領主様としての若干の傲慢さはあるけどね。それも含めて、良い領主様だろう」
「ふーん……」
そんなものなのだろうか。アシュリンはネスの下す人物評に対して、どうでも良さげだ。まぁ、さほど気にする必要の事であったというのもまた事実だ。というわけで自分達の事を語り終えた、とアシュリンは今度はネスに問いかける。
「あ、そうだ。そう言えばそろそろ教えてくれて良くない?」
「何が?」
「こっちに来た理由。ネスが一回戻って良い? って言ったから来たでしょ?」
「お前が船に乗ってみたい、とか言い出したからだろ」
「それもそうだけど。せっかく友達が故郷に帰る、っていうんだったら一緒に行きたいじゃん」
やはりネスはこの大陸の出身だったか。カイトは先程までの三人の口ぶりからネスだけは別大陸の出身だと考えていた。そして案の定だったわけだが、そんなネスはアシュリンの問いかけに隠す必要もない、と教えてくれた。
「ああ、古い友だち……ううん。友達そのものはもう死んだんだけど。その古い友だちの子孫に会いに行こうと思ってね」
「そう言えばネスってエルフなんだっけ? 一応」
「一応は酷いね……でもエルフだよ」
エルフにしては人懐っこいから。アシュリンの言葉にネスも自種族の排他的な様子を知っていればこそ、自分がエルフでも特異な存在だと察していたらしい。
「あはは……でもそっか。あ、そうだ。カイトは何か知らない? ネスの友達の子孫って」
「まぁ……ここらの人なんだろう? ここらでエルフだと『黒き森』か。なら知り合いは多いが」
「あ、やった。ネスー」
「ああ、それなら大丈夫……もう果たせたから」
くすくすくす。聞いてみろ、と言わんばかりのアシュリンに対してネスが笑う。
「やっぱり旅って面白いや。こんな所で会えるとは思ってなかった」
「「「……え?」」」
これぞ旅の醍醐味。そんな風にカイトを見ながら楽しげに笑うネスに、全員が目を丸くする。
「やっと会えたよ。噂はかねがね。勇者くん?」
目を丸くしたカイトへと、ネスこと大神官グウィネスが楽しげに告げる。そうして、カイトはついにかつて自身の祖先が共に戦った英雄の一人との会合を果たすのだった。
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