第3334話 はるかな過去編 ――交える――
世界の情報の抹消という普通には起き得ない事態の解決へ向けて、大精霊の指示で動く事になったカイトと未来から来たソラ達。彼らはひとまず王都からほど近い場所で起きた情報の抹消を確認するべく行動に入るわけであるが、そこで一同は世界の壁の情報の抹消により起きた世界と世界の狭間に住まう『狭間の魔物』を討伐したのがかつて開祖マクダウェルと共に最初の魔族の侵攻を退けた『黒き森』の大神官グウィネスの可能性が高いと判断。
彼と彼が救ったと思しき商隊を追いかけ、一旦は旧街道を進むカイトと主流となる街道を進むソラ達に分かれて進んでいた。というわけで旧街道を進んでいたカイトはソラ達と別れて単独行動を開始した日の夜。当初の予定よりかなり遅い時間帯に野営に使える場所までたどり着くと、そこで三人の少女らと遭遇。その中の一人であるマリィという名の女剣士と刃を交える事になっていた。
「ふっ!」
かなり手慣れている。カイトはマリィの振るう抜き打ちを見極め回避しながら、かなりの実力者である事を認識。そうして抜き打ちから間髪を入れず放たれた返しの一撃を双剣の鞘の金属部分で受け止めると、そのまま彼は距離を取る。
「物騒だな。南の汚職兵士達でもここまでいきなりというか、脈絡もなくはやらんよ?」
「それは申し訳ない。あいつらみたく何も言わずに仕掛けるべきだったか。何分私は口下手なものでな」
「なんで私見るの?」
「目を離すと何かいらない事を言うからだ」
なるほど、どうやら彼女はかなりの修羅場をくぐり抜けてきているらしい。視線とは別に気配が常に自身に向いている事をカイトは理解していた。そしてどうやら、マリィの側もカイトが腕利きだと理解したようだ。
「仕掛けないのか?」
「仕掛けて仕留められるなら仕掛けるがな……なるほど。こんな事を平然とやってのけるだけの事はあるらしい」
どこか挑発的なマリィの対して、カイトは楽しげに笑う。それは正しくやれるものならやってみろ
。やった所で防いでみせるが、という自信があった。
(師団長や軍団長クラスでも退けられるな、これは……ちっ。どこの女剣士だ? 在野の猛者は多くを招いたりしてたと思ってたんだがな……いや、こんな時代を女三人で旅するんだ。これぐらいの実力はないとやってけんか)
どこの者かはわからないが、少なくともシンフォニア王国やレジディア王国を筆頭にした七竜の同盟の出身ではないだろう。カイトは自身が噂も聞いたことのない猛者にそう判断を下す。
魔族の大侵攻という国難に際して、七竜の同盟はありとあらゆる噂を探って猛者を王国の兵士として雇い入れている。貴族の門弟などであれば徴用という若干の強権を発動する事だってあった。
その中大半の腕利きの噂はカイトに集まっており、軍部に請われて彼直々に説得に赴く事だってあった。その彼が知らない時点で、シンフォニア王国の出身ではなさそうであった。
「っ」
小さな呼吸音が響いて、マリィが深く身を屈めて地面を蹴る。そうしてまるで地面を這うかのような低姿勢で、一気にカイトへと距離を詰める。
(振り下ろし……は、駄目だな!)
一直線に向かってきている様に見えてその実、マリィはいつでも軌道修正が出来る様な走り方だ。自身を真正面から叩き潰そうとしてくる攻撃に対応するためだ。ならば取れる手は限られるが、カイトは敢えて距離を取る事にする。
「む!」
引いた。存外この男はかなりの練度を有しているらしい。マリィは自身の秘策に気付いたらしいカイトに僅かに獰猛な笑みを見せる。
ここでの一番の愚策は振り下ろしの一撃だ。その瞬間地面に刃がめり込んで、次の行動が遅くなる。その瞬間をマリィが狙い打って終わりだ。
ではついで考えられるのは、地面すれすれを薙ぎ払うような若干不格好になる一撃だ。これなら左右に避けられても仕留められるし、そもそも彼女の姿勢は跳躍が考えられているものではない。横薙ぎに薙ぎ払うのが一番正解に思えた。が、それこそが彼女の誘導だとカイトは気付いたのである。
「回避されたのは久しぶりだ!」
「やっぱりか!」
暗器の類か。カイトはマリィの左手の裾から伸びてきた分厚い針のような鉄杭を見て、薙ぎ払いの一撃を放った瞬間に鉄杭を伸ばして防御。がら空きとなった胴体を本命の片手剣で仕留めるつもりだったのだろう。
「ふっ!」
バックステップで距離を取ったカイトを更に上回る速度で追撃したマリィが距離を詰めると、彼女はカイトへと鉄杭が生えてきた左手側で掌底を叩き込む。
「っ」
ちっ。放たれた鉄杭には何か特殊な術式が刻まれていたのだろう。その先端から突き刺すような魔力の刃が伸びて首を傾げて回避したカイトの頬を掠める。そうしてカイトが回避したのを見て、マリィは右手の片手剣を振るう。
「はっ」
振るわれた片手剣に対してカイトは即座に掌底を叩き込んで軌道をずらす。双剣を抜き放つ事も出来たが、その機会を逃してしまっていた。そんな彼にマリィが問いかける。
「使わないのか!?」
「さぁね」
「……なるほど。面白い男だ」
使わせてみろというわけか。マリィはカイトの言葉の意味を理解して笑う。が、だからこそと彼女は結論を下した。
「なるほど。害意があるヤツじゃないらしい……こちらに危害を加えるつもりなら、今の内に攻め込めば良いのだからな」
「……なるほど。誘ったのか」
「そうだ……誰も一切近付いていない所を見ると本当に一人で旅をしているというわけなのか」
「信じて貰えて何よりだ」
確かに一見すると三人の中で目に見えた戦闘力を有しているのはマリィだけだ。なので彼女が離れた瞬間残りの二人は手薄になる。人質にするなり何なりご自由に、というわけだ。が、それを誘っていたのであれば、何かしらの逆転の一手は持っているというわけだろう。
「終わった?」
「ああ……問題ないだろう。悪かったな、こんな時間に。詫びと言ってはなんだが、焚き火ぐらいは一緒に使うか?」
「助かる。逐一火起こしからしないといけないのも面倒臭くてな」
マリィの言葉にカイトは笑いながら進められた席――というより単なる少し大きめな石だが――に腰掛ける。そうして座って一段落した所でマリィが片手剣を再び大岩に立て掛けて口を開いた。
「マリスカだ。一応、幼馴染のリンと一緒に行商をしている」
「アシュリンです。よろしく……行商は私でマリィは護衛だけどね」
なるほど。確かにアシュリンからは商人の一部が持ち合わせる無邪気さにも見える人懐っこさに似た様子がある。カイトは栗色の長髪をポニーテールに束ねた彼女の無邪気な笑みを見てそう思う。
「い、一応私も行商人のつもりだぞ」
「お金の勘定が正確に出来ない商人なんていないわよ」
「うるさいっ」
それで子供っぽいやり取りが続くわけか。カイトはマリィことマリスカとアシュリンの会話に笑いながら理解する。彼自身が自分達のやり取りを思い出していたようだ。そうしてぎゃいぎゃいと笑い合う二人であるが、アシュリンが唐突に流れを変えた。
「あ、こっちのこの子はネス」
「と、唐突な紹介だね……ボクはネス。二人の食事係だよ」
「食事係というか、吟遊詩人というか」
「じゃあボク、火起こしだけして唄っておいて良い?」
「「ごめんなさい」」
口を尖らせ鍋の火力を確認するネスに、マリスカもアシュリンも即座に頭を下げる。どうやらこの二人は料理が出来ないらしい。そんな二人にネスが呆れた様に首を振る。
「やれやれ……まぁ、そんなわけで。ボクは料理番。吟遊詩人もしてるけどね」
「だってー。私が作ると切る、焼く、香草ぶっかけるしか出来ないし」
「リンはまだ良いだろ……私なんて……」
「底辺争いしないでよ、見苦しい」
「「ごめんなさい……」」
仲良し三人グループによる行商というわけか。カイトはおそらくほぼ毎日似た様な他愛もない話が繰り広げられながら夜を過ごしているのだろうと察する。が、同時にある事も察していた。
「三人はこの大陸の出身じゃないのか?」
「私とマリィそうだけど……なぜそう思ったの?」
「「そうやって隠さないからだ」」
「えー」
「お前は無警戒も過ぎるんだ。私が居なかったらどうするんだ……」
カイトに声を被せる形で理由を口にしたマリスカであるが、不満げに口を尖らせたアシュリンに今日何度目かの深い溜め息を吐く。とはいえ、これは無邪気さを無警戒に装っているに近い。決して無警戒ではない事は彼女も若干察していた。
「大丈夫大丈夫。その時は自分でなんとかするから」
「はぁ……まぁ、良い。それで君は?」
「ああ、カイトだ。まぁ……旅人か」
どうやらこの三人組が目的の一団で間違いないだろう。カイトは結局は吟遊詩人は少女だった事に内心で若干落胆しながらも、彼であっても他大陸からの旅人と話す機会はめったにない。というわけでせっかくなら、と彼女らとの話に興ずる事にするのだった。
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