第3333話 はるかな過去編 ――遭遇――
世界の情報の抹消という自然には起き得ない事態の発生。カイトは未来から来たソラ達と共に大精霊達の指示を受け、その事態の収拾に乗り出す事となっていた。
というわけで一同は今のところ有力な手がかりもなかったことから、先代の『黒き森』の大神官にしてかつてマクダウェル家の開祖と共に戦った大神官グウィネスか、その彼が救ったと思しき商隊から情報を手に入れるべく行動を開始。彼が行動を共にしていると思しき商隊を追うべく、カイトはソラ達と別れ一人旧街道を進む事になっていた。
そうして一人旧街道を進んでいたカイトは道中複数の宿場町で構成される協同組合が雇った旧街道の修繕を行う土木屋達と遭遇すると、かなり前に商隊が一つ旧街道を通った事を知りそれを追いかけていた。
「……」
おかしいな。カイトはエドナを走らせながら、一向に追い付かない商隊に僅かな違和感を抱いていた。今回は旅が隠密行動に近い事から飛んだり虚空を蹴って移動したりという事はなくあくまでも馬としての限界には到達しない程度の速度での移動なわけであるが、それでも荷車を引く馬車よりもかなり速い。なのに一向に追い付く様子はなかった。そしてその違和感を得ていたのは、彼だけではなかった。
『若』
「やはりそう思うか?」
『ええ……エドナの速度は神話に記された神馬達にも勝る。それが昼を挟んだとて馬車に追い付けぬのは些かおかしいかと』
「ふむ……」
追っている商隊が大神官グウィネスに関わりがあるかないかは別にして、この商隊は只者ではないだろう。カイトは思わぬ追跡となってしまった状況に僅かに臍を噛む。が、これに彼は頭を振った。
(いや、開祖様と共に旅をされた大神官グウィネスだ。その旅を共にしているのであれば、只者ではないのは当たり前の話か……最低でも神官エドナと同程度は見積もるべきだったか)
神官エドナはエドナの由来となった開祖マクダウェルの幼馴染だ。聖獣も僅かに触れている彼女であるが、戦闘力としてはあまりだったらしい。
無論それでも魔族の侵攻を退けた一団の一人なので非戦闘員というには高い戦闘力を有していたらしいが、それでも開祖マクダウェルや大神官グウィネスら武名で名を馳せた者たちより格段に低かった。
『若……どうしますか? このままでは次の宿場町に先に到着される可能性も』
「そうなると厄介だな……二日は掛かると見込んでいたんだが……」
この旧街道は普通なら次の宿場町まで一日か二日――天候や路面状況に左右される――で到達出来るわけであるが、現在は先の通り修繕があまりされていないという話もありカイトは平時で悪路に見舞われた場合の二日を到着予想として見込んでいた。が、下手をすると今日中の到着も十分にあり得た。
「少し遅くまで移動しよう。もう一つ先の野営地までなら追い付けるはずだ」
僅かに傾き始めた太陽を見ながら、カイトは苦い顔でそう口にする。これで追い付けねば、次の宿場町でまた情報を集め直す必要があった。
「はぁ……最悪は置き手紙を書いてなんとかするしかないか」
『役人が動いてくれれば良いのですが』
『いっそ伝令を走らせるのも良いのでは』
「流石にそこまではしないさ」
最悪は陛下の勅令で動いている証文や証もある。カイトは双剣の精霊達の言葉に笑いながら懐を叩く。そうして、彼は少しだけエドナの速度を上げて街道を進んでいくのだった。
さて速度を上げて街道を進むカイトであるが、やはり物事は上手く行かないものらしい。途中魔物に絡まれ戦闘を繰り広げる事になった結果、夕闇の中で街道を進む事になってしまっていた。
「はぁ……」
『マスター……目的地を一つずらすべきかと』
「……はぁ。そうだな。これ以上進むと本当に眠れなくなる。夜に追い付いて警戒されるのも申し訳ない。ここらが諦め時か」
流石にこれ以上はオレでも無理か。カイトは現状に対して進言する双剣の精霊の言葉に、僅かに後ろ髪を引かれながらも諦めを示す。
「ここから一番近い野営が出来る場所は……ああ、確か岩陰の所だったか。少し水辺に遠いのが難点だったが……」
『遠くから見えないのは良いかと』
「そうだな。後は結界やらテントの設置やらもやりやすい……オレの記憶のままなら、だが」
時間もかなり費やしてしまった以上、かなり効率的に野営の準備をしないと夜が遅くなってしまうな。カイトはかつての記憶を思い出しながら、少し先にある少し開けた場所を目指す事にする。そうして進むこと暫く。夕焼け空の中に、僅かな煙が上がっているのをカイトは見る。
『運が向いてきた、のでしょうか』
「だと嬉しいね」
これは助かったかもしれない。カイトは自分が辿り着こうとしていた野営地にすでに人が居る様子である事から、これが目的の商隊かもしれないと考える。
よしんばそうでなかったとしても、逆説的に言えば自分よりひとつ前に通り過ぎた一団が追いかける商隊だけである以上、どこかで別の道にそれたという確証が得られる。会っておいて損はなかった。
「うん?」
「おや……旅人さんか」
「珍しいね……この旧街道を通るなんて」
カイトが向こうを視認すると同時。向こうもまた当然だがカイトを視認できる様になる。というわけでかなり遅い時間――あくまで旅をするのであればだが――に現れたカイトに警戒した様子で、一人の女が近くに立てかけていた片手剣に手を伸ばす。とはいえ、流石に問答無用なぞすれば最悪自分達がお尋ね者だ。なので立ち上がって万が一に対応出来る様にしつつ、カイトへと問いかける。
「そこで止まれ!」
「おっと……悪い。降りるのは?」
「それはそうしてくれ。馬上から勢いで攻撃されるのは私としても嬉しくない」
カイトの問いかけに対して、女剣士が笑ってカイトが馬から降りる様に促す。そしてカイトとしてもこの女剣士が守る後ろの者たちが目的の商隊かもしれないのだ。敵対はしたくないため、両手を挙げて敵意がない事を示す。
「何者だ?」
「旅人……だが。旧街道を進んでるならそれしかないと思うんだが」
「それはそうだがな……盗賊ではないとは思うが、同時に魔族ではないとは言い切れん」
「マリィ。あんまりそうカッカしない」
「お前が楽天的過ぎるんだろ……」
後ろから響く女の声に、マリィと呼ばれた女剣士が盛大にため息を吐く。その一方、カイトはマリィの後ろを見て状況を確認する。
(馬車……あり。馬は……二頭。休憩中か。ふむ……普通の馬ではないだろうが、それでもエドナのような何か違う、という印象はない。当たりか……だが……)
これは当たりは当たりだが、同時にハズレはハズレか。カイトはニコニコと楽しげに笑う先ほどの声の主と、その横で楽しげに笑いながら鍋の様子を見る少女を見て内心で落胆する。
女三人の旅は珍しくはあるが、このマリィという剣士は決して弱くない。シンフォニア王国の中でも魔族の制圧地帯に近付かなければ十分大丈夫と思われた。その一方、マリィの方はカイトから視線を外さず、一つ問いかける。
「はぁ……それで? まぁ、私らも旅の商人だからこの街道を通ってるわけだから、旅の目的については問わん。この時間にこの場所に来た時点で大方あてが外れたとかそういう類のバカだろうからな」
「ぐっ……」
「あははは」
「それ言っちゃったら私達も似たようなものでしょ」
「間違いじゃないだろう」
どうやらマリィは真剣にやりたいらしいが、後ろの少女らにそのつもりはなかったらしい。後ろから響く笑い声とやっかみの声にマリィが僅かに恥ずかしげかつ少しだけ頬を膨らませる。とはいえ、どうやらカイトの様子――先に言葉を詰まらせたのは彼――を見て、マリィもおおよそは察したようだ。
「はぁ……まぁ、良い。まどろっこしい話をしているとまたリンが何を言い出すかわからん」
「あ、ひどーい」
「……無視だ無視……少し付き合ってもらうぞ」
「……ほぅ」
速い。カイトはおそらく本気ではないだろうマリィの踏み込みの速度を見て、僅かに目を見開く。そうして鉄と鉄が鳴り響く音が鳴り響いて、夜闇が舞い降りると共にこの日最後の戦いの幕が上がるのだった。
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