第3331話 はるかな過去編 ――穴――
世界の情報の抹消という自然には起き得ない事態の発生。カイトは未来から来たソラ達と共に大精霊達の指示を受け、その事態の収拾に乗り出す事となっていた。
というわけで一同は今のところ有力な手がかりもなかったことから、先代の『黒き森』の大神官にしてかつてマクダウェル家の開祖と共に戦った大神官グウィネスか、その彼が救ったと思しき商隊から情報を手に入れるべく行動を開始。彼が行動を共にしていると思しき商隊を追うべく、カイトはソラ達と別れ一人旧街道を進む事になっていた。
そしてその最中だ。双剣に宿る精霊達と話しながら進んでいたわけであるが、彼が手にしていた『風の導き』が光り輝き異変の発生を知らせることとなる。というわけで彼は一度旧街道から外れて何かしらの世界の異常が起きた場所の調査に乗り出していた。
「……」
凍りついた草花を見ながら、カイトはそれ以外に何か痕跡が残っていないか周囲を探索する。
(見た所、急速に冷凍された様子だが……魔術の痕跡は……なさそうだ。さりとて魔法のような世界の改変により引き起こされた様子も……ないか。自然現象として起きたか? しかし……ここらで大規模な戦闘が行われたのはいつだったか)
空震にせよ次震にせよ、大規模な魔術が連続して何度も行使された後にこそ起きやすいものだ。そしてここは王都からほど近い場所だ。王国有数の騎士団の団長であるカイトが知らない大規模な戦闘なぞあり得なかった。というわけで、記憶を手繰る彼はすぐに首を振る事になる。
(……いや、ここ最近でこの近辺で一番大きな戦いは魔物の掃討作戦だ。オレ達が関わっていないヤツではあるが……オレ達に要請が出るぐらいに大きな物ならまだしも、オレ達が関わらないレベルの戦いで空震やら起きるレベルが起こされるのはまずない)
もしオレを厭う勢力が主導していたとしても、陛下かロレイン様が必ず密かに監視する様に命ぜられるはずだ。カイトは何度か自身に出されている指示を思い出して、この一帯で起きた戦いが大規模なものではなかったと断定する。
(そうなると後は冒険者が偶発的に大規模な戦闘を起こした場合だが……その場合はおやっさんから一言オレに連絡が入る。それもない……この場所で断続的に戦闘が起きる事もない……そうなると……)
やはりこの凍結現象が自然として発生する可能性はかなり低いだろう。カイトは最終的な結論として、そう判断を下す。そうしてこれが人為的――意図的かは別にして――に引き起こされた可能性が高いと判断。改めて周囲を確認する。
(……足跡やらが残っている様子は……ないな……はてさて……)
当然だが足跡なぞ飛空術を使って移動すれば残さず移動する事が出来る。足跡が無いからとここに誰も来なかったとは言い切れない。というわけでカイトは物理的な痕跡は残っていないだろうと判断。意識を集中させ、目で見るではなく魔術的に視る事に意識を切り替える。
(飛空術の痕跡は……無いな。まぁ、滑空などを使えば飛空術を使わずとも空中の移動は可能。より痕跡を残さない滑空ならば『風の翼』を使うか。あれならかなり離れた所で高空まで舞い上がれば、痕跡を残さず移動も出来る……オレ達でも痕跡を見抜く事はできんしな)
『風の翼』とは所謂パラグライダーのようなもの、と考えれば良い。パラグライダーを魔道具として小型化し、マントの様にして滑空出来る様にしたものだ。風を受けて舞う姿があたかも翼に見える事から、『風の翼』と言われているのであった。
そしてこの魔道具は移動可能な距離を犠牲にすればかなり小型化が可能かつ簡易な魔術の利用で良く、その場合の痕跡はカイト達でさえ判別不可能なほどとなるのであった。が、何一つ痕跡が残らないわけではない。そしてそれを見抜ける眼を持つ者が、カイトの側には居た。
「サルファ。聞こえるか? もしくは視えるか?」
『はい……視えています。丁度霊樹に居て良かったです。何がありました?』
「そうか……大精霊様から頂いた『風の導き』に反応があった。この近辺で世界の異常が起きたようだ……が、オレでは痕跡は見つけられなくてな」
『わかりました。こちらで確認します』
カイトの要請を受けて、『黒き森』で情報を集めていたサルファが魔眼の力を行使する。そうしてはるか彼方から、彼が世界に刻まれた情報を確認していく。
『ふむ……魔術の痕跡はありませんね。上にも下にも』
「下にも、か……地中は見落としていたな……すまん。助かる」
『いえ……ですが穴が空いた様子はあるみたいです。かなり小規模ではありますが……世界の壁が再生した痕跡があります』
「……オレ達が追っている相手だと思うか?」
『それは無いですね。穴の規模がかなり小さい。たとえ子供だったとしても、通れる規模ではありません。まぁ、穴といってもこの場合、物理的な規模ではなく存在が通り抜けられる概念的な穴になりますので大人だから、子供だからと大きさが大きく変わる事はないのですが』
世界の壁に穴が空いた様子と聞いて顔付きを険しくしたカイトの問いかけに対して、サルファは笑って首を振る。それを受けて、カイトも少しだけ眉間に寄せた皺を解く。
「そうか……まぁ、流石に子供も入れないような穴を押し通るのは無理か」
『流石に……そこまでになるとノワールが知らないとも思えません』
「だろうな……そう言えばあいつの情報網に何か引っかかったりはしていないか?」
『……あはは。ノワールですよ?』
「だよなー」
基本は『黒き森』の自分の屋敷というか研究所に引きこもって研究をしているノワールである。一応は国家にも関わる魔術師としてある程度の人脈がないわけではないが、その人脈もおおよそカイト達が持っている物だ。
彼女独自の情報網なぞ無いに等しかったし、そんな物を求める彼女でもなかった。というわけで彼女の情報網に情報が引っかかるわけがないと断言するサルファにカイトも笑って同意。二人して楽しげに笑い合う。
「はぁ……まぁ、期待はしてないがねぇ。著名な魔術師が変な動きをしている、とかぐらいなら知ってても不思議はないと思ったんだが」
『それで心当たりがあるのなら、すでに言ってくれているかと』
「だわな……ああ、すまん。話の腰を折った。続けてくれ」
『と言ってももう言える事は言いましたよ。少なくとも『風の翼』などで移動した様子はありません。また今回開いた穴から『狭間の魔物』が入り込んだという様子もありません。まぁ、近くにいたらしい魔物が消し飛んだ様子はあったので、魔物が完全に居なかったかと言われれば話は別になりますが……』
「流石にどんな魔物でも世界に穴が空くような状況に巻き込まれりゃ跡形もないか」
大精霊達だから『風の導き』の様に事前に異変を察知する事が出来る魔道具を作れるだけで、本来その察知はかなり高度な能力だ。低級の魔物であればそもそも察知が出来ないし、よしんば出来る領域であっても唐突に開かれれば避けようがない可能性は十分にあり得る。というわけで、カイトは一応念の為に問いかけた。
「どの領域の魔物だ?」
『この情報だと……おそらく低級かつ小型の魔物ですね。穴が空いた丁度その場に居た様子です。まぁ……直撃でしょうね。察知していなかった可能性はかなり高いかと』
「ご愁傷さまか」
『ええ』
爆心地のど真ん中に偶然居合わせたというわけなのだろう。しかも強さとしても世界の異変を察知出来ないだろうレベルだったというのだ。どうすることも出来ず巻き込まれた可能性はかなり高かった。
『ああ、一応ですが流石にこの魔物が外に放り出された可能性もないかと。穴はそれより小さい程度ですから。まぁ、よしんば出れたとしてもメッセンジャーとしても使えなさそうな雑魚と考えてください』
「そうか……まぁ、放り出されていた所でだから何だ、でしかないが」
『そうですね。気にする必要は無いかと』
雑魚の魔物が一匹消し飛んだというだけであれば、情報としては有益なものではない。というわけでこの情報は不要と二人は判断。今回の異変の検出は偶発的に世界の壁に穴が空いただけと判断し、周囲に『狭間の魔物』の出現なども見られなかった事からカイトは再び商隊を追う旅に戻る事にするのだった。
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