第3330話 はるかな過去編 ――急行――
世界の情報の抹消という自然には起き得ない事態の発生。カイトは未来から来たソラ達と共に大精霊達の指示を受け、その事態の収拾に乗り出す事となっていた。
そこで手始めとしてシンフォニア王国の王都からほど近い情報抹消地点へと向かう事にした一同であったが、そこで見付けたのは『黒き森』の先代の大神官にしてかつてマクダウェル家を興したと言われる開祖マクダウェルと共に魔族の侵攻を退けた大神官グウィネスが戦ったと思しき痕跡であった。
というわけで一同は今のところ有力な手がかりもなかったことから、大神官グウィネスを追いかけ行動を再開。道中立ち寄った宿場町にて彼がすでに宿場町を発った可能性が高いとなり、彼が行動を共にしていると思しき商隊を追うべくカイトはソラ達と別れ一人旧街道を進む事になっていた。
「……」
ずいぶんと荒れ果ててしまったものだな。旧街道と呼ばれる古い街道を進みながら、カイトはそんな事を思う。彼がシンフォニア王国に来てマクダウェル家に住まう様になりもう二十年以上も経過している。
物心付いた頃にはすでに騎士として育てられており、この旧街道にも何度となく足を運んでいた。それはまだ平和だった時代で、この街道も荒れておらず急ぐ人で人通りも多かった。
が、今はもう殆ど人通りはなく、また近頃整備も疎かにされていたのか道も悪かった。そんな光景を見る彼の顔であるが、仕方がない事であるが物憂げだった。
『若。感傷に浸られておいでですか?』
「うん? そうだなぁ……昔何度もこの旧街道を通ったが。やはりその頃を覚えているとなぁ……王国の巡回の順路からも外されて久しい。修繕やらも手が足りていないしな。使えないわけじゃないし、使う商人達がある程度の補修はしてくれているんだろうが……あの頃を知ってるからなぁ……」
どうしても物悲しくもなってしまう。自らの相棒たる双剣の片割れの問いかけに、カイトは僅かな苦笑を滲ませる。
『あの頃のマスターもエドナもまだ小さき仔でした。記憶は美化されるものです。旧街道であった以上、実際は思い出より荒れていたのやもしれません』
「さてなぁ……図体は大きくなってるから、多少の悪路なら気にしなくなってるはずだが。それでももうちょっと歩きやすかった気がしないでもないんだが」
おそらく自分を慰めようとしてくれているらしい双剣に、カイトは少しだけ照れくさそうに笑う。そうしてかつてを思い出しながら、人通りの少ない旧街道を進んでいく。
なお、王国の巡回から外されている旧街道であるが、流石に王都の近辺とあり盗賊は出没しないらしい。何より報告が入った途端にカイトや四騎士が現れるかもしれないのだ。四騎士の実家近辺と王都付近は盗賊達にとって危険過ぎて近寄らないとの事であった。
というわけで魔物以外に危険はほぼない旧街道を進むカイトであるが、道中見かけた魔物を狩りながら進んでいく。
「……ふっ……」
びぃん。弓弦から澄んだ音が鳴り響く度、地平線の先の魔物が消し飛んでいく。先に言われているが、カイトは一般的な騎士の教育より更に高度な教育を受けている。
なので剣は当然のこと弓術、槍術、騎馬など騎士に必要な芸当は一通り修めていた。その腕前は未来のカイトのような冒険者達が使う何かの流派に属する物ではないが、逆にそうであればこそしっかりとした型のようなものが見え隠れしていた。
「ふぅ……」
『巡回はしていないとはいえ、一度魔物の掃討はした方が良いかもしれませんね。本来、このような雑事を若がするべきとは思えません』
「まぁ、確かにオレも一応陛下直轄の騎士団の騎士団長だしな。流石に普通の治安維持に携わるべきじゃないだろうな」
ちょっと拗ねてるな。カイトは遠距離から仕留めるべく弓術を多用するカイトに苦言を呈した格好を見せつつ、その実単に使われないから拗ねているだけの双剣達に僅かに笑みを浮かべる。やはりカイトの使う武器の中で一番だという自負があるらしい。
『かと……ここら一帯の魔物であれば新兵の教練にも良い。王国軍に報告し、掃討作戦を行わせるべきかと』
「それが正しいな」
基本的な話として、カイトを筆頭にした騎士達も対外的には王国軍に属している。が、内部的には騎士団と王国軍は別枠だ。王国軍がシンフォニア王国という国に仕えているのに対して、カイトら騎士達は特定の主人という個人に仕えている形だ。なので本来王国が行うべき治安維持活動は王国軍の仕事だった。
というわけでここ暫くの戦乱により生じていた問題点を図らずも洗い出す事になったカイトは、それをメモにしたため今回の一件が終わった後に軍部へ問題提起する事を決める。そうして色々と気になった点をメモに書き記しながら進むこと暫く。双剣の片方が声を発する。
『マスター。大精霊様の魔道具が』
「ん? これは……」
腰に帯びていた双剣の片割れの声にカイトが『風の導き』に視線を落とす。そうして見た『風の導き』であるが、その中で緑色の光が淡く輝き何かの方角を指し示していた。
「……」
一瞬、カイトはこのまま街道を進み大神官グウィネスを追いかけるべきか『風の導き』の導きに従うべきか悩む。が、結論はすぐに出た。
「はぁ!」
大神官グウィネスが同じ様に『風の導き』を有しているかは定かではないが、少なくとも向こうも異変を感じ取る何かしらの手段は持ち合わせている事に間違いないのだ。
ならば途中で遭遇する事が出来るかもしれない。カイトはそう考えたらしい。手綱をしっかりと握りしめると、エドナの向きを変えて旧街道から外れて『風の導き』が指し示す方へと向かう事にする。
(さて……鬼が出るか、蛇が出るか……情報消失が発生するより前にたどり着ければ良いんだが……)
シルフィも言っているが、この『風の導き』は人為的な物であるかそうでないか関わらず、そして作為的な情報の抹消か単なる世界の変動による瞬間的な情報の空白の発生なのか問わずで検知してしまう。後は現地に赴いて調べてくれ、というのがシルフィからの指示だ。
というわけで段々と強まっていく緑色の光を頼りにそちらに進み続けること暫く。カイトの肌に僅かに刺すような寒さが触れる。
「っ」
これ以上安易に進むべきではない。カイトはそう判断して、手綱を引いてエドナをその場に留まらせる。そして彼が感じ取った異変を、双剣達も感じ取っていたようだ。
『マスター』
「ああ……夏にもなってないのにこの冷気は異常だな」
『はい。それに世界の流れも僅かに……不自然かと』
「空震か、次震か……それとも」
追いかける下手人が何かを人為的に行ったか。カイトは万が一人為的に引き起こされたものであった場合を考え、周囲を警戒する。なお、空震は空間に起きる地震。次震は次元に起きる地震のようなもので、共に空間がずれてしまったり次元がずれてしまったりする物だ。
厄介な事にこれにより世界のズレを解消するために大量の魔物が出てしまう事があり、それはそれで厄介と言って良かった。彼が足止めた理由にはそれもあった。
『魔物……は出てきていないようです。単なる小規模な空震……だったのでしょうか』
「……わからん。もう少し近付いてみよう」
再度『風の導き』へと視線を落としたカイトであるが、どうやら異変そのものはすでに消失していたらしい。先程まで刻一刻と強まっていた緑色の輝きはすでに消えていた。そうしてカイトは警戒しながら異変が発生したと思しき場所へと近付いていく。
「……」
『見た所、何もありませんが……』
「見た限りでは、な。だが……うん。肌を刺す冷気はまだ残っている。それに……」
ぱきっ。カイトがエドナから降りて踏みしめた草がそんな草らしからぬ音を立てる。
「凍っているな。しかも冬の冷気で凍るのより更に酷い。ふむ……」
これが人為的なのか、それとも自然現象として発生したのか。カイトは屈んでこの周囲一帯だけ凍りついた草を確認しながらそれを考える。そうして、暫くの間彼はその場に留まって情報を集める事にするのだった。
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