第3329話 はるかな過去編 ――再出発――
世界の情報の抹消という自然には起き得ない事態の発生。カイトは未来から来たソラ達と共に大精霊達の指示を受け、その事態の収拾に乗り出す事となっていた。
そこで手始めとしてシンフォニア王国の王都からほど近い情報抹消地点へと向かう事にした一同であったが、そこで見付けたのは『黒き森』の先代の大神官にしてかつてマクダウェル家を興したと言われる開祖マクダウェルと共に魔族の侵攻を退けた大神官グウィネスが戦ったと思しき痕跡であった。
その痕跡から彼が戦闘を行った理由が情報の抹消により消滅した世界の壁を通り抜けてこちらの世界へ入り込んだ『狭間の魔物』と遭遇してしまった一般市民の救助である事を理解。彼らの向かった宿場町へと急行するわけであるが、一歩遅かったようですでに再出発している可能性が高い様子だった。
というわけで一同は今のところ有力な手がかりもなかったことから、大神官グウィネスを追いかける事にして宿場町を離れる事にしていた。そうして街の出口に到着したわけであるが、そこでカイトはソラ達とは一旦別行動であった。
「改めて見てみると、確かにちょっと道が細いっていうか……なんだか獣道みたいな様子があるな」
「主要街道じゃないからな……こりゃしゃーない事なんだが、やはり街道の整備ってのはどうしても軍事と密接に関係がある。だからこういう細道は行軍に利用しにくいからほったらかしになっちまってるんだ」
「なるほどな……しかも整備して攻め込まれても困るから、敢えて足を取られる様にしているという所もあるのか」
「そういうこと」
瞬の理解に対して、カイトは少しだけ苦笑混じりに笑う。ここらについては彼もここまで戦乱が長引くと思っていなかった所はあったらしい。移動できないわけではないが、悪路は悪路で竜車での行軍はほぼ無理な状態になってしまっているらしかった。
「……うん。まぁ、そういうわけだから。そっちは頼む。そっちのルートだと巡回の兵士達も居るし、万が一の場合には積み込んでいる信号弾を使ってくれ。ウチで使っている物だから、周囲に兵団が居れば協力が貰えるはずだ」
「わかった……ああ、そうだ。『風の導き』? だったか。それについてはどうする?」
改めて説明された注意事項を胸に刻みながら、瞬はそう言えばと一つ問いかける。『風の導き』は元々世界の情報の抹消が起きる兆候があれば教えてくれる物だ。が、それは一つしかなく、どちらか片方しか持つ事は出来なかった。
「それについては妾がおるから問題あるまいて……それより問題があるとすれば一気に駆け抜けられぬ事の方であろう。そこらを考えれば、小回りがきくカイトが持っておいた方が良い」
「そうだな……わかった。このままオレが持っておくよ」
聖獣の言葉に、カイトは引き続き『風の導き』を自身が持つ事を決める。そうして食料など幾つかの物資を受け取ると、ソラ達の竜車が主要街道を通って次の宿場町を目指して進むのを見送って彼自身もまた進む事にする。
「さて……姫様」
『聞こえてる……そっちどう?』
「こっちは今のところ特に問題はなし、って所か……そっちは?」
『こっちもこっちで目立った動きはないみたいね。お姉様も貴族達が裏で暗躍して馬鹿な事を仕出かしている様子はないだろう、とのことよ』
「まぁ……流石に今回の案件だけはなぁ……」
一応、カイトも自身を目の敵にする貴族達とはいえ大精霊達に喧嘩を売る事はないと考えていた。何より魔族達さえ喧嘩を売らないと思っているのだ。いくら魔王よりはるかに愚かな貴族達でもそこまで愚かではないと思いたかった。
が、あくまでも思いたいという彼の希望で、実際として本当にそうかと言われれば彼にもなんとも言えない。なので一応は、と情報部が裏で動いて探りを入れていたのであった。
そして今回の一件が大精霊さえ動いている事は情報部も知っており、情報を隠す事は彼女らへの不敬と認識。情報は一切隠していなかった。
「で、レックス達の方はどうなんだ?」
『やっぱり『ドゥリアヌ』壊滅はかなりの大事になってるみたい。レジディア王国側でも一応見せかけだけでも調査隊を派遣する事で決まったみたいね』
「まだ、今回の一件を表沙汰にするべきじゃないってわけか」
レジディア王国の更に裏にはベルナデットが居る事をカイトは知っている。その彼女は現在同盟関係にない国を含めた会議の開催に向けて動いているわけであるが、その理由として今回の一件を使う予定ではある。が、それを今はまだ見せていない所を鑑みると、大精霊達の指示で自分達が動いている事はまだ秘密にしておきたいとカイトは理解する。
「『ソル・ティエラ』は?」
『フェリクス将軍と『ソル・ティエラ』の上層部がなんとか軍部の暴走は抑えている様子だけれど……かなり荒れているみたいね。まぁ、北部最大の要塞都市が一夜で壊滅となると仕方がないだろう、とはお姉様の言葉ね』
「だろうな……あそこが一日で陥落ってのはオレも悪夢としか思えんよ」
何が目的かなど色々と不明瞭な所は多いが、少なくとも甚大な被害が出ている事だけは間違いない。そして被害の程度を考えても隠しておけるものではなく、フェリクスや『ソル・ティエラ』の国王が情報を封鎖しておけるのも限度があるだろう。というわけで遠からず大精霊達の指示で自分達が動いている事などが露呈する事をカイトは認識する。
『そうでしょうね……それはともかくとして。どうするの?』
「とりあえずは大神官グウィネスを追いかける。その道中で反応があれば、そこへ駆け付けるつもりだが……」
直前も直前まで反応はしないし、それが人為的なのか自然現象として起きたものなのかはわからない。カイトはシルフィの言葉を改めて思い出して内心ため息を吐く。
「まぁ、オレ以外間に合えるヤツはいそうにないか」
『そうね……ああ、そうだ。レックスから伝言。ヤバそうな魔物がちらほら居るみたいだ。やっぱりそっちの増援には行けそうにない……だそうよ』
「ヤバそうな魔物?」
『『ドゥリアヌ』で出た寄生だか融合系とは違うみたいだけど……おおよそ『狭間の魔物』と思しき魔物が出てきてしまっているみたいね。中にはウチとかあいつの所とかの騎士じゃないと相手にならない強大な魔物もいるみたい』
「そりゃ『狭間の魔物』だからなぁ……」
冥道を通る関係上、時々だが『狭間の魔物』とカイトも交戦はしている。それでも避けられるのなら避けたいと思う魔物たちが大半で、カイトが原因究明に掛り切りになっている以上はレックスには万が一に備えて貰った方が確かに良いかもしれなかった。というわけでこれ以上の増援は現状では望めないとカイトも理解。改めて行動に移る事を決める。
「わかった。とりあえずありがとう。ひとまず今追っている吟遊詩人が大神官グウィネスである事を願うしかないが……」
『違うかったらどうするわけ?』
「どうするもこうするもない……とりあえず『黒き森』で待機してるサルファから情報の抹消が起きた地点の中で新しめかつ近くの物をしらみ潰しに探していくしかないだろう」
『気が遠くなる話ね……ひさしぶりじゃない? そういう手探り状態って』
「そう言われれば少し楽しみではあるな」
『楽しむな……』
この男は時々こうやって子供っぽい事を言い出す。ヒメアは何もわからない状態を楽しみつつあるカイトにため息を吐く。そもそも彼に自由気ままにしてもらうわけにはいかないし、そもそも彼の本職は彼女の護衛だ。その彼が調査に赴いている事は本来あり得てはならない話だろう。というわけでカイトも笑う。
「わかってる。オレはあくまでも姫様の騎士だ。いつまでもほっつき歩くつもりはないよ」
『わかってるなら良し……今回は大精霊様直々のご命令という事で認めてるだけ、って事忘れない様にね』
「あいよ……良し。じゃあ、行くか」
カイトはヒメアの言葉にあらためて細道を見て、エドナの背を撫ぜる。そうしてソラ達の出発から送れること十数分。カイトもまた三人組の商人を追って旅立つのだった。
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