第3328話 はるかな過去編 ――再出発――
世界の情報の抹消という自然には起き得ない事態の発生。カイトは未来から来たソラ達と共に大精霊達の指示を受け、その事態の収拾に乗り出す事となっていた。
というわけで手始めとしてシンフォニア王国の王都からほど近い情報抹消地点へと向かう事にした一同であったが、そこで見付けたのは『黒き森』の先代の大神官にしてかつてマクダウェル家を興したと言われる開祖マクダウェルと共に魔族の侵攻を退けた大神官グウィネスが戦ったと思しき痕跡であった。
その痕跡から彼が戦闘を行った理由が情報の抹消により消滅した世界の壁を通り抜けてこちらの世界へ入り込んだ『狭間の魔物』と遭遇してしまった一般市民の救助である事を理解。それを受けて一同は救助された一団を追いかけて宿場町へとやってきていた。そこで候補幾つかの情報を手に入れた一同であったが、結果としては芳しいものではなかった。
「うーん……早々にこうなるか……」
「結局、全部ハズレだもんなぁ……」
「わかっちゃいたっちゃ、わかっちゃいたんだが……」
「だよなぁ……」
「わかってたのか?」
そうなるだろう。おおよそそう考えていたらしいカイトとソラに、瞬が僅かに驚いた様子で目を見開く。これにカイトは今日一日を思い出して少し疲れた様に笑った。
「ああ……全体的になんというのかな……この街の顔役の一人に元々王国軍でも著名な軍略家が居るんだ。その人がおそらくもう出発しただろうってな。オレも出た後だったから、これはもう出た後だったかなぁ、ってのは大体な」
「なるほどな……ソラはどうしてそう思ったんだ?」
「あー……俺はなんとなくっていうか……多分大精霊様の助言を受けてるのなら、この近辺に留まらせる意味ってさほど無いよな、って思ったんっすよ。だってカイト居るし……ならもっと移動しやすい場所に移動したりした方が良いんじゃないかって」
「あー……」
どちらの推論も一応の筋は通っており、瞬としてもこの宿場町を大神官グウィネスが後にしていたと言われても素直に受け入れられたようだ。というわけでソラの意見を聞いたカイトが少しつかれた様に告げた。
「かといって、もし残ってたらまた戻って行き先を調べてになる。戻りたくはない」
「そうだな……妙に疲れているな。何かあったのか?」
「面倒な商人だったもんでな。何事かと根掘り葉掘り……切り札を切らんで正解だった」
切り札。それはアルヴァの指示、すなわち勅令で動いているという事の明示だ。これを切ればおおよそ大半の相手に問答無用で情報の開示や協力を命ずる事が出来るが、同時にこういう何事かと探りたがる相手には厄介を呼び込みかねない。
勿論、情報封鎖も面倒になる。切らずに正解だった。そして厄介な相手とはいえ民間人だ。武力行使が出来るわけもなく、結局この通り疲れ果てたのだった。
「はぁ……大将軍達より何よりこういう商人の方が面倒でならんわ……まぁ、良い。そっちもハズレだったんだな?」
「ああ。こっちは若い女性を見間違えていた。あれは仕方がないが……」
「あれは……稀に見る見目麗しい方でしたね」
「「「?」」」
瞬達は瞬達で何かがあったらしい。カイトはリィルと顔を合わせて同じ様に苦笑する瞬に何事かと思う。そんな所に、こちらに同行していた聖獣も笑う。
「妾もお嬢さんなぞ言われたのは初めてじゃったのう。あれは面白い女じゃ。今度一度レジディアに招いてもよかろう」
「す、すごいな……」
いくら気付かなかっただろうとはいえ、聖獣をお嬢さん呼ばわりだ。カイトもその光景を思い浮かべ、思わず頬を引き攣らせる以外に出来る事がなかった。
「まぁ、そんな塩梅じゃ。あれがグウィネスであれば妾はもう大爆笑も必須じゃったが……いくらあやつであれああはなるまい……性別違っとるし」
「そ、そうか……で、ソラ達の方も、と」
「ああ……こっちは流石に性別まで違うって事はなかった……んだけど、エルフじゃなかったっぽい」
「そうか……まぁ、三人ともハズレを引いたか。となると、しょうがない。出てった三組を追うしかないが……」
これがまた厄介だな。カイトは出ていった三組のリストを見る。朝に出発してからも顔役達からは定期的に情報が送られてきていた。まだ宿場町に居る者たちは追々でも良いが、出発した者たちは時間が経過すればするほど離れていくのだ。なのでこちらの方をより多く情報を送ってくれていたのであるが、どうにも三組とも全て向かった先が異なっていた様子だった。
「一番厄介そうなのはこの三人組の商人達か。商人一人、護衛の剣士一人、どっちかの弟っぽい少年一人……この少年が吟遊詩人だって話だったが」
「違うっぽくないか?」
「だろうとは思う……が、姉弟っぽい、っていう衛兵達の話で確認を取ってるわけじゃない。一応街に入る時の申告じゃ吟遊詩人って話だ。積荷は確認してるが香辛料。申請書とかも一式確認してるが怪しい所は何もなし、って話だ」
ざるな警備しやがって。カイトは特に問題が起きていないタイミングだからこそこの程度で良かったのであるが、その結果目的の人物達なのか全くわからないまま通り過ぎてしまった一団について悪態をつく。いくら戦時中とはいえいつもいつも厳戒態勢は出来ない以上仕方がなかった。
「だが何が厄介なんだ?」
「人数が少ないし、積荷も香辛料や本など向かう先で注文を受けた物が多く、高価だが比較的軽めの物が多いらしい。馬車とはいえ足は速い。腐るもんじゃないんだからのんびりしてくれてて良かったんだが……」
これはおそらく称賛すれば良いのだろうな。カイトは入ってきていた情報からそう判断する。
「どうにもこの商人はかなりやり手らしい。到着してすぐに食料やらを追加で購入。買う物を買ったら即座に出発……だそうだ」
「忙しいな……急ぎなのか?」
「いや、そんな様子は一切なかったらしい。単にやり手ってだけだろうな……まぁ、そういうわけだからここからは二手に分かれた方が良いだろう」
「二手? 三組だろう?」
カイトの提示した方針に、瞬が顔を顰めて問いかける。とはいえ、勿論カイトが間違えたわけではなかった。
「さっきから言っている一団は人数が少なかったりする事もあって、比較的悪路を進めるみたいだ。だから時間は掛からないが少し危険なルートを通って時間を節約する事にしたらしい……ソラ、地図を取ってくれるか?」
瞬の言葉に頷いたカイトはそのまま荷物の近くに居たソラへと告げる。それを受けてソラが地図を取り出してカイトに渡すと、カイトはそれを机の上に広げて二人がわかる様に現在居る宿場町を指さした。
「ここがこの宿場町だ……それで今話している三人組はこのルートを……こう通っていく。見ての通り少し狭いが、距離としては最短だ」
とんとんつー、とんとん。カイトは今いる宿場町からこの今話す三人組が進む道を示す様に街道を指でなぞる。それは曲がりくねっていたり地図でも他の道より少し細かったりするものの総距離であればその道の先にある次の宿場町まで最短ルートだった。そんなルートを見ながら、瞬が顔を顰めて疑問を呈する。
「竜車で行けるのか?」
「流石に速度は出せんな……明朝出発出来たとしても間に合うかどうかは微妙だろう。そこでこっちはオレが単騎で追いかける。オレ単騎なら間に合えるだろう」
「なるほど……確かに天馬なら飛ばずとも問題無いか」
「ああ……それでお前達にはこっちの二組が進んでるこの街道を進んでくれ。こちらは舗装されているし、街道の幅も大きい。竜車の強みを最大に活かして進めるから、十分道中で進めるはずだ」
三人組の商隊を追うルートを示した後、カイトはついで一般的に使用される大きな街道をなぞる。そちらは幅も広く曲がりくねっている様子はなかったものの先の悪路を避ける関係で大きく弧を描く様に迂回しており、間には小規模ではあったが休むための小屋も用意されている様子だった。
「それで最後はこの終点の宿場町で合流しよう。おそらくオレの方が先に到着出来るから、もしこの二組がハズレでも次の宿場町でオレが先に情報収集を行えるしな」
「「わかった」」
カイトの指示にソラと瞬が頷いた。そうして、次の活動を定めた一同は明日の朝からの再出発に備えて今日はゆっくりと身体を休ませる事にするのだった。
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