第3326話 はるかな過去編 ――情報収集――
世界の情報の抹消という普通には起き得ない事態の発生。それを受けて、カイトは未来から来たソラ達と共にその解決に向けて動き出していた。
そんな中で手始めにと情報の抹消が起きた地点に向かった一同が見付けたのは、かつて今のカイトが属するマクダウェル家の開祖たる雷神とも呼ばれる騎士と共にかつて起きた事象の混濁という事件を解決した『黒き森』の先代の大神官グウィネスの戦いの痕跡であった。
その中で大神官グウィネスが戦闘を行った理由が偶然にも巻き込まれた一般市民の救助であった事を理解すると、状況を把握するべく一同はそれを追跡。王都からほど近い宿場町の一つへとたどり着き、カイトはかつての縁を頼りに顔役達から情報を集めるべく行動していた。
「「「……」」」
世界に記されている情報の抹消を意図的に行っている者がいる。そう言われて、四人の顔役達は揃って顔つきを険しくしていた。
「魔法使いか……俺達にとっちゃ物語の上の存在にも等しいが。それにも等しい芸当をやってるやつが居て、それがしかも色々と悪さを企てていると」
「悪さを企てているかは定かではありませんよ」
「悪さを企ててないなら、何故フェリクスのヤツを怒らせるような事をしたんだか」
コストナーは心底理解ができん、とばかりにため息を吐いて首を振る。如何なる理由があってもその行動に賛同出来る事はないだろう。彼は今回の一件で敵に回している存在のあまりの強大さを理解していればこそ、ただただ理解が出来ないと言うばかりだ。というわけでただただ呆れるコストナーに対して、竜じいは懐かしい名前を聞いたと笑う。
「フェリクスの小僧……『ドゥリアヌ』が壊滅か。あの堅牢さは儂も知っておるが……そうか。あれが内部からか。やはり如何に堅牢な要塞であれ、中からの攻撃には弱いのは道理であるが……」
初手から痛打を受けたと考えて良いだろう。竜じいは表面上は笑いながらも、中では今回の一件で『ソル・ティエラ』が受けた打撃が決して軽んじられない事を理解していた。
彼は元王国軍の兵士で、元々シンフォニア王国でかなり有名だった軍略家だった。とはいえ一度目の侵攻より前は平和だった事もあり年齢を理由に隠居していたのだが、二度目の侵攻に備えるアルヴァの求めに応じて復帰した古強者の一人のであった。そうして考え込む彼に、カリスが問いかける。
「親分さん……もしウチが同じ事をやられたら耐えられますか?」
「無理じゃろ。ここより防備が整っている『ドゥリアヌ』が一日で壊滅したんじゃ。ここで出来る事と言えば、万が一に備えたあれを起爆して諸共に吹き飛んでやる事ぐらいじゃろう。それをしたとて、出来て精々被害を食い止める程度じゃろうがの」
竜じいも言っているが、どんな堅牢な要塞でも内部から攻められれば脆いのだ。それも堅牢で有名な要塞都市を一日で陥落させられる力を持つ相手だ。およそどんな場所であれ一日で陥落する事は自明の理であった。
「まぁ、今出来る事とすりゃ出入りの警戒を更に厳重にするぐらいか。竜じい。そこら門番の連中にキツく言っといてくれや」
「わかった。サンソンナ。お主の店であれば裏にも繋がりがあろう。情報収集は密に」
「わかりました……カリス。貴方は各地と連絡と王都の担当に連絡し、万が一の場合に兵力の融通が出来る様に手配を」
「承りましょう」
役割分担としては竜じいが門番達王国から融通されている兵士達の統率。コストナーがやってきた荒くれ者達や冒険者達を見張る監視と万が一暴れた場合のトラブルシューティング。サンソンナは宿場町で働く従業員達の統率。カリスは王都との調整役だ。というわけで各々が即座に自分の役割を把握し、それぞれの役割に沿って動く事に同意する。そうして手早く調整を終わらせると、最初とは打って変わって真剣な顔でコストナーがカイトへと問いかける。
「それで、カイト。お前さんがアニキらとも協力して動いてるのはわかった。この馬鹿野郎を追うのはお前さんに頼む……それで? まさかそいつがこの街に入ってきたってのか?」
「いえ……そうではありませんよ。近くに居るかもしれない、という事は否定は出来ませんが……少なくとも何者であれこの街で起こそうとはしないでしょう」
「何故そう言い切れるんだ?」
あの『ドゥリアヌ』でさえ一日で陥落したのだ。油断するべきではないだろう。そんなコストナーの問いかけに、カイトが今回の来訪の意図を説明する。
「大神官グウィネス? そりゃ……あれか? あの伝説の大神官グウィネスか? お前の祖先雷神マクダウェルが共に戦ったっていう伝説の弓兵……」
「ええ……彼が付近で今回の一件で現れた魔物と戦った様子なのです。その行方を追っていると、彼が助けた一団がこの街にたどり着いた可能性が高いと」
「はー……」
まさか生きていたとは。やはり大神官グウィネスは数百年も昔の人物だ。いくらハイ・エルフとはいえ俎上に載せられなくなってもう久しく、誰もが死んだと考えていた。
というわけで彼か彼が救った一団がこの街へ来た様子がある、と言われて顔役達は思い当たる節がないか、と考える。そうしていの一番に口を開いたのは、この街の出入りを監督する兵士達を取り仕切る竜じいであった。
「むぅ……そんな人物であれば報告が上がっても不思議はないんじゃがのう」
「正体を隠してはいるだろう……それが『黒き森』の大神官様のお言葉です」
「むぅ……出入りを見張る兵士達をもう少し教育せねばならんのう」
「そりゃ好きにしてくれ……だがどんな方なんだ? 俺達もグウィネス様のお名前は知ってる。いや、誰だって知ってるだろう。だが名前だけしか知らないと言っても過言じゃない」
大神官グウィネス。カイトの属するマクダウェル家の開祖たる開祖マクダウェルと共に一度目の魔族の侵攻を退け、共に魔界の扉を閉じた英雄達の一人。だが一般的に知られているのはそこまでで、その後大神官を妹のスイレリアに譲った事さえ知られていなかった。それ以前にスイレリアが妹である事を知る者さえ限られていた。
「わかりません。風貌はおそらく変えているだろう、というのが今の大神官様のお言葉です。ただ今は吟遊詩人をされているとの事ですが……」
「だ、大神官様が吟遊詩人……?」
転職するにしたってあまりに正反対に向かい過ぎやしないか。厳格なエルフ達の頂点。それも下手をするとその中でも一番厳格さが求められる大神官がエルフ達の中でも変わり者と言われる事の多い吟遊詩人をしている。そう言われ、コストナーは信じられなかったようだ。盛大に顔を顰めて訝しんでいた。
「私も訝しんでますが……そうだ、と言うのであればそうなのでしょう」
「まぁ……俺も『黒き森』の大神官様のお言葉じゃ疑う余地もねぇがなぁ……それにしたって何があったんだか……」
「まぁ、それは良いでしょう。とりあえず吟遊詩人か一般人を含む馬車……馬車で良いのね?」
「ええ。荷車を引く足跡は地竜のそれではなかった。また魔物から逃げる時の魔力を用いた逃走には慣れがなく、魔力の爆発による強引な逃走を行っている様子があり、足跡の凹み方などから考えられる事は大神官グウィネスに救われた者は若い女性で、なおかつ一般人だとみて間違いない」
「流石ね。それだけわかれば、ここ数日でこの宿場町に出入りした一団から該当を探すのは出来るわ」
冒険者と関わりの薄い一般人女性が泊まる施設はあまり多くない。サンソンナはカイトの述べた特徴を聞きながら、自分の頭の中で候補をリストアップしていた。そんな彼女に、カイトが問いかける。
「どれぐらいでわかりそうですか?」
「そうね……まだ真夜中には程遠い。これからすぐに指示を出せば明日の朝には整うでしょう。それで構わなくて?」
「大丈夫です。もしここで一泊だけで出発していても、最悪は私がまた追うだけですし」
「まだ出ていなければ儂の方で間に合えるようにしよう。どうにせよ、先の話を聞いて今までの様に出すわけにはいかんしのう。理由なぞどうにでも出来るしの」
流石に戦時中で、しかも王都からほど近い所にある宿場町だ。理由付けなぞどうにでもなるらしい。竜じいは帰ってからすぐに出入りする者たちの検査を厳格化させる事を決めていたようで、早速明日から実施する事にしていたようだ。
「頼みます」
「おう……まぁ、今回は人探しって事で俺の方で何か出来そうな事はねぇが。何かがあったらまた頼ってくれや」
「ありがとうございます」
基本的にコストナーの役割はトラブルシューティングだ。なので彼の人脈もそういった荒事に長けた者たちが多く、吟遊詩人に扮しているとはいえ元大神官だ。今回の一件で役立てる事はまずなく、そう言うに留まったようだ。そうしてカイトは情報収集の依頼を顔役達に頼むと、数杯酒を振る舞われてその場を後にする事になるのだった。
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