第3325話 はるかな過去編 ――顔役達――
世界の情報の抹消という普通には起き得ない事態の発生。それを受けて、カイトは未来から来たソラ達と共にその解決に向けて動き出していた。
そんな中で手始めにと情報の抹消が起きた地点に向かった一同が見付けたのは、かつて今のカイトが属するマクダウェル家の開祖たる雷神とも呼ばれる騎士と共にかつて起きた事象の混濁という事件を解決した『黒き森』の先代の大神官グウィネスの戦いの痕跡であった。
その中で大神官グウィネスが戦闘を行った理由が偶然にも巻き込まれた一般市民の救助であった事を理解すると、状況を把握するべく一同はそれを追跡。王都からほど近い宿場町の一つへとたどり着き、カイトはかつての縁を頼りに顔役達から情報を集めるべく行動していた。
「にしても、近くに居を構えてはいたが。お前が来るのはどれぐらいぶりだ?」
「……半年やらそこらだったかと」
顔役達の会合が行われる会場の警護を任されていたエーリクという男の問いかけに、カイトは少し記憶を手繰るような様子で答える。これにエーリクが呆れたように笑った。
「そんなか……まぁ、最近戦況も悪いって話は聞くには聞くが。だがどこまで本当なのか、ってマダムが言ってたぞ」
「七竜は一進一退という所でしょう。ただまぁ……」
「楽観視してた所は地力が足りず順次陥落……ってところか」
例によって例の如くというわけか。エーリクはカイトの言葉にため息を吐く。やはり二度目の侵攻までの僅かな平和な期間宿場町の統廃合を見たり、そこを行き交う他国の商人達の様子を見てきていたからだろう。わかりきった話だったと思うばかりであった。
「そういうことですね……結局、オレ達だけで片付けた。それが悪かった」
「あっはははは。おかげで目覚められた俺達からすりゃ良かったって話だがな。たった一万。たった一万の精兵とたった二人の少年が魔王の尖兵を退けちまった」
「陽動はもっと居ましたよ」
「そうだがな。それでも、直接的に戦ったのはたった一万だ。その精兵達とお前と王子様が成し遂げたのがどれだけの大偉業だったか、楽観視してた連中も今頃身に沁みて理解してるだろう。沁みる身が残ってりゃ、だがな」
七竜の同盟以外の各国がどれだけ楽観視していたか。それをエーリクは見ていた。だからこそカイト達の言葉に耳を貸さず楽観視を続けた各国に僅かな怒りが滲んでいたのは、気の所為ではないだろう。というわけで現状に関する話をしながら歩くこと数分。上客用に用意された専用の会食室の前にたどり着く。
「「「……」」」
会食室の扉の前には十数人の戦士達が立っていた。彼ら一人一人がバルトロに匹敵する戦士達で、顔役達の直接的な護衛を任されるほどの信頼を持つ者たちだった。
しかしそんな彼らだからこそカイトの事はたとえ騎士の格好をしなくとも認識出来ており、誰もが一様に身を固くしていた。それを見て、エーリクが笑う。
「おいおい。そんな身を固くしなさんな。間違ってもこいつがここで暴れるなんて事はない。俺達のボス達が何か迂闊な事をしてない限りな……ま、そん時は仲良くあの世へ行くしかないんだから、どっしろ構えとけ」
「そう言えるのはエーリクさんだけですよ」
なにせ相手は勇者カイト。それが会食の真っ最中にやってきたのだ。何事かと誰しもが警戒していても無理はない。ここでカイトがやろうとすれば顔役達を一網打尽に出来るのだ。万が一はそれに対応せねばならない、と考えるだけで心底肝が冷えるのは当然の事だろう。
「ま、そうならない事を願おうや……マダム。エーリクです。入ります」
『入りなさい』
「はい……失礼します」
中から響いてきた壮年の女性の声に、エーリクが会食室の扉を開く。すると中では身なりの良い四人の男女が上等なテーブルに腰掛け会食をしている最中だった。そうしてエーリクにより開かれた扉を通って中へと入って早々に、カイトへと一人の壮年の男性が豪快な笑みを見せた。
「よぉ、カイトの小僧じゃねぇか! 元気そうじゃねぇか!」
「コストナーさん。お久しぶりです。ご無沙汰しております」
「本当にご無沙汰じゃねぇか。ほら、お前の席も用意してやってる。一杯ぐらい飲める時間はあるだろう?」
どうやら豪快に笑いかけた人物こそがバルトロの上司であるコストナーという人物だったらしい。彼は組織のトップというには年若かったが、貫禄は十分で身なりも良く若くして実力でのし上がったマフィアのボスと言われても納得しそうな様子であった。そんな様子に、彼の横に腰掛けていた身なりの良い女性――彼女が四人で唯一の女性だった――が苦笑する様に笑った。
「まったく……貴方は本当にカイトちゃんがお気に入りなのね」
「おいおい。俺たちゃ全員がこいつに足を向けて眠れねぇんだぞ。こいつが居なけりゃそもそも生きてるかもわからねぇってのに。宿場町を取り仕切る事の許しを陛下に頂いたのだって、こいつが俺達を推薦してくれたからじゃねぇか」
「それはそうね」
それにしたって気に入り過ぎているが、仕方がない所はあるだろう。身なりの良い女性は十数年の付き合いだからこそコストナーがカイトを気に入る理由をおおよそを知っていた。それに何より、気に入っているのは彼女も一緒だった。
「気に入っている云々で言えば、サンソンナ。お主も一緒であろう」
「それは大旦那も変わらないのではありませんか? いえ、下手をすれば大旦那の方が気に入っているかもしれませんよ」
「否定はせんよ。こやつほど血を滾らせる戦士も中々おるまいて」
くっくっく。大旦那と呼ばれた一番年かさの、老年を過ぎているだろう男性が楽しげに笑う。彼はこの四人の中で他三人に比べて一回りかそれ以上に年上だろう事が察せられるほどに皺だらけだが、血気盛んな様子であれば見るからに豪快という様子のコストナーを遥かに上回っていた。というわけで、そんな老年の男性が近くに立てかけていた刀へと楽しげな視線を向ける。
「どうじゃ? 久方ぶりに来たのなら、一手」
「竜じい……血気盛んなのは良いけどよぉ。せめて飯ぐらい食ってからにしろや」
「酒も良い塩梅に回った所じゃ。一汗掻きたくなるじゃろ」
カイトも気付いていなかったが、会食は終わりに差し掛かる頃だったらしい。四人の前に置かれていたのはフロマージュと呼ばれるコース料理においてメインディッシュの後に提供される事の多い料理で、会食の開始から幾ばくの時間が経過した事が察せられた。
というわけでそんな二人を横目に、最後の一人。竜じいと呼ばれた老人とは逆にコストナーやサンソンナより5歳ほど若い様子の男性が優雅に頭を下げる。
「あははは……マクダウェル卿。申し訳ありません」
「良いよ。いつもの事だし。そしてそれを見込んで、陛下もこの宿場町の裏の警護を任せているわけだしな」
「ありがとうございます」
「はぁ……固いわね、相変わらず」
「何分性分ですので」
サンソンナの呆れた様子に若い男性は申し訳無さそうに頭を下げる。が、その様子がどこか芝居がかった様子があった。そんな様子に、コストナーもまた呆れた。
「はぁ……お前、いつも言ってるがカイトの紹介じゃなけりゃ絶対に信頼されねぇぞ」
「そんな信じられないでしょうか……」
「「「……」」」
残念です。どこか芝居がかった様子でうなだれて見せる若い男性に、カイトを含めた残り全員がだから信じられないんだと内心で呆れ返る。とはいえ、コストナーが言う様に彼はカイトの紹介でこの顔役の会食に加わる事を許されていた。そうである以上、出自は確かだった。
というわけで宿場町の再編に際して王国側のお目付け役として送られた立場の若い男に、カイトが心底不思議そうな様子をにじませる。
「なんであの姉といっしょに過ごしてお前みたいなのになるのか……わからん。本当にわからん」
「何分ウチは女系家族ですので……男の立場、低いんですよ」
「いや、そりゃ知ってるんだけど……いや、まぁ……グレイスの弟と言われりゃそうなるかも、と思わなくもないし……うーん……」
グレイスの弟。それが意味する事なぞ一つしかない。そして同じ様に姉も知っているからこそ、コストナーもカイトの言葉に納得する様に首を傾げる。
「カリス・スカーレット。スカーレット家のぼんぼんって言われた時は仰天したもんだが……いや、確かに竜じいを唸らせるほどの剣の腕前も持ってるから疑いようもないんだが……」
「ありがとうございます」
「「「うーん……」」」
カリスと呼ばれたグレイスの弟が優雅に感謝を示すわけであるが、その様子は一言で言えば胡散臭いというしかない。元々スカーレット家は貴族、それも王族に非常に近い貴族なので直系の長子でありながら騎士をやっているグレイスが異端と言えば異端だろう。しかしそれにしたって胡散臭さが過ぎた。
まぁ、彼については幼少期からカイトも知っているし、クロードに至っては幼馴染だ。胡散臭い様子は天性の物で、彼の性根が善良である事はカイトもわかっていた。というわけで昔なじみだからこそ、カイトは平然と問いかけた。
「……お前、わかった上で自分の胡散臭さ磨いてないか?」
「そんなことはないのですが……」
「うーん……」
どう見ても胡散臭い。スカーレット家として一流の所作を仕込まれているので手指の一本に至るまでその動作は優雅で、かつルックスもグレイス同様に非常に端正だが同時に芝居がかった様子が拭えなかった。とはいえ、そんな彼が遊んでいるだけというのも理解出来た。
「まぁ、芝居は好きですよ。劇団も保有していますし」
「知ってる……練習に度々参加してるってのもな」
「ええ」
おそらく意図的にそういう印象を与えられる様にしているのだろう。カイトはカリスの返答にそう理解しておく。というわけで和やかなムードで話を始めた一同であるが、カイトが差し出された酒を一口くちにした所でサンソンナが問いかけた。
「それで? 久しく姿を見せていなかった貴方がここまでなんの用事かしら」
「失礼しました。カリスに乗せられてつい時間を費やしてしまいました……まずこの件は皆さんの所で留めて頂きたい」
「良いでしょう。貴方が単独で動いているなぞ、裏に居るのが誰か察せられないほど私達も愚かではないわ」
そもそもこの場の全員がアルヴァの許可を得て、顔役として、実質的な統治者としてこの王都にほど近い宿場町を裏から統率しているのだ。カイトが誰の指示で動いているか察するのは容易だった。というわけで、カイトは今この世界で起きている事を説明。協力を仰ぐのだった。
お読み頂きありがとうございました。




