第3323話 はるかな過去編 ――情報収集――
世界の情報の抹消という普通は起きない事態の発生。その調査と原因究明に向けて動く事になったカイト。そんな彼と共にソラ達は大精霊の中継地となれる事から調査に同行する事となっていた。
というわけで手始めにシンフォニア王国の王都からほど近い草原にて発生した情報の抹消を調べる事にしていたのであるが、そこはすでにかつての『黒き森』の大神官にしてスイレリアの兄であるグウィネスが戦闘を終えた後であった。
そうして彼の残した痕跡を頼りに探索を進めたところ、彼が交戦した理由が巻き込まれた一般市民にある事を理解。その一団が向かっただろう方角から宿場町の一人を割り出すと、一同は夜になるかならないかという時間でそこへ到着。カイトはソラ達に宿の手配を任せると、自身は宿場町の顔役の一人と言われる人物に会いに行く事にしていた。
「……」
やはり宿場町もこのあたりの喧騒はさほどだな。カイトは遠くで聞こえる旅人達の笑い声から離れて、宿場町に住む者たちがいる一角にいた。宿場町と言っても街全体が宿場というわけではない。
宿場町で働く者たちが住まう一角があり、そこに関しては暗黙の掟として基本旅人は立ち入らないという話があった。なので居ても精々酔って自分が居る場所がわからなくなった酔っぱらい程度で、喧騒とは程遠かったのだ。そして酔っ払いが来るということは必然、治安も悪くなる。それから宿場町で働く者たちを守るために、顔役達が居たのであった。
「……」
そろそろ監視か何かが来ても不思議じゃないんだがな。カイトは宿場町の生活エリアを練り歩きながら、そう思う。先の通りここで休んでいる住人達にとって酔っ払いは招かれざる客だ。
顔役達が手配した人員が追い出す事になっているのだが、酔っぱらいとて表の宿場では客だ。なるべく穏便に済ませたい。なのである程度は出ていくか見定めて、暫く待って出ていかなければ強制的に追い出すというわけであった。
(来たか)
やはりこれだけ練り歩けば監視が入ってくるか。カイトはいつもの流れといえばいつもの流れで僅かな安堵を抱く。そうして監視が入ったと同時に彼は足を止めると、すぐにその場から姿を消す。
「!?」
「悪いな……あまり大っぴらに出来なくてな。顔役……誰でも良い。顔役連の誰かに会いたい。人か一団を探している」
「……あんた、ボスの知り合いか?」
「ボス……ってことはお前はコストナーさんの所か」
「……はぁ。なんだ。本当にボスの知り合いだったのか」
顔役をボスと呼ぶ一団は限られていたらしい。そして基本的にあまり大っぴらに出来ない組織ではあるので、トップの名前が出る事も稀だ。そのトップの名前を平然と言い当てた上に敵意も無いのであれば、必然自分達を知っているのだと監視も察したようだ。そしてカイトも監視と敵対する意図はなかったので、友好的な態度で接する事にしていた。
「ああ……ボスと言えばコストナーさんの所。マダムといえばサンソンナさん。組長と言えば」
「やめてくれ。俺は他所の所に睨まれたくないんだ。ボス達の名前を大っぴらに話さないでくれ」
「知ってるだろうに」
「知ってるけど知ってる事を大っぴらにしたくないんだ」
やはり職務上、どうしても酔った勢いでいらない喧嘩に発展してしまう事はある。なので冒険者達から恨みを買ってしまう事はどうしてもあり、この顔役達があまり表に出ないのもそういう事情だった。
そしてそういう事もあるので他組織の人員については知っている事をあまり公言しない、したくないという者も少なくなかったようだ。知っていると知られると自分達まで狙われるからだ。
だが同時にここまで知っているということは敵対者ではないという証明にも等しく、監視者もカイトに対してかなり友好的だった。
「そうか」
「はぁ……まぁ、良いや。あんた、ウチのボスっていうかボス連になんの用事だ? まぁ、まだ夜遅くじゃないから場合によっちゃ取り次げって話になるんだろうけどさ」
「さっき言っただろ? 人を探してるって。多分この宿場町に来てるっぽいんだ。だが如何せん地道に探してたら今度はそいつらがここを出ちまう可能性が高い。なんで宿場町の出入りおおよそ全部を把握している顔役達の力を借りたい、って話だ」
「ふーん」
よくある話といえばよくある話か。監視者はカイトの話を聞きながら、そんな事を思う。とはいえ、それでどうするかはまた別の話だ。故に、監視者がどうするか確認するためにカイトへと問いかけた。
「まぁ、良いや。対応するか否かはボス達が決める事だ。俺に決定権はない……あんた、名前は? ボスに取り次いでもらえるかどうか……ん?」
「おっと……出迎えが来たか」
足音が響いた事にカイトと監視者が気付いて、そちらを振り向く。そうするとそこにはガタイの良いまるで巌のような巨漢が立っていた。万が一戦いになった場合に強制的に追い出すための者であった。
「アニキ……」
「ああ……久しいな。まさか人探しにお前が駆り出されるか」
「人探しがメインの仕事ってわけじゃない。色々と調べている間にその人を探さないといけなくなってな。いや、その人を探しているというよりも、その人が助けた人達という所か。その人が見付かれば尚良し、なんだが……」
「助けた、か。それは助かる」
巌のような男であったが、どうやら性格まで巌のような男ではなかったらしい。カイトと話す会話の節々には友好的な様子や気さくさが滲んでいたし、僅かな単語から現状が思うより悪くないと察していた所から知性も感じられた。
先にカイトやこの監視者が述べたボスの最側近を務める男でもあったのだから、当然といえば当然ではあっただろう。というわけでそんな大男の登場に、カイトはおおよそを察しながら問いかけた。
「そうだな……で? 会えるのか?」
「俺が来た事が答えだろう……相変わらずお前は運が良い。丁度ボス達は会合の真っ最中だ。お前であれば、顔役達は全員会うと二つ返事で仰られるだろう」
「ああ、指示で動いたわけじゃないのな」
「誰かわからない状態で会合中のコストナーさんの指示を仰ぐほど俺も酔狂じゃない。さりとてお前を待たせる事の意味が理解できないほど愚鈍でもないと自負している」
カイトの指摘に大男は僅かに苦笑する。というわけで本来であれば指示を仰いだ上で連れて行くのがルールなのだろうが、カイトは特別だったようだ。そこらの判断が出来る所もまた、この男が顔役達から信頼される所であった。
「そうか……会合という事はいつもの店だろうが。案内して貰った方が良いか?」
「良いな。こいつのように、誰もが誰もお前を知っているわけではない。名前は知っていてもな」
「え?」
どうやらカイトは見知っていなければならなかった人物らしい。監視者は自分の上司の笑う様子にそれを理解する。
「まぁ、仕方がない。こんな暗い場所だったらな」
「そう言ってくれれば助かる……引き続き仕事をしろ」
「は、はぁ……」
「……それと、こいつはマクダウェル卿。兄の方だ」
「……え? えぇえええええ!?」
最後の最後に大男から告げられた言葉に、監視者がカイトの正体を察してこれまでの全ての流れを理解して声を上げる。相手はアルヴァの腹心中の腹心にして、かの勇者なのだ。そうなるのも当然だったし、大男が顔役達の所へ独断で案内したとて当然の相手だった。というわけで驚愕に包まれる監視者を残して、カイトは顔役の所へと通される事になるのだった。
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