第3322話 はるかな過去編 ――痕跡――
世界の情報の抹消という普通は起きない事態の発生。その調査と原因究明に向けて動く事になったカイト。そんな彼と共にソラ達は大精霊の中継地となれる事から調査に同行する事となっていた。
というわけで手始めにシンフォニア王国の王都からほど近い草原にて発生した情報の抹消を調べる事にしていたのであるが、そこはすでにかつての『黒き森』の大神官にしてスイレリアの兄であるグウィネスが戦闘を終えた後であった。そうしてその戦闘の痕跡を見た一同は、そこで残る情報の調査に乗り出す事になっていた。
「……これは……」
「何かあったのか?」
「ん? ああ……こことここと……こことここ。この四箇所の草が潰れている」
「……確かにな……この形状だと……馬車などの荷車の車輪……か?」
唐突にカイトが屈み込んで何かを確認していた事を訝しんだ瞬であるが、そんなカイトが見ていたものを見て彼もまたそれがここに誰かが居た痕跡である事を理解する。
「そうだろうな……多分、ここに停車していたんだろう。何故かはわからんが……少なくとも停車していた事は間違いなさそうだ」
「だが周辺は轍のような痕跡は見られないぞ?」
「おそらく重量を低減させる魔術を使っていたんだろう。これは竜車じゃなくこれは馬車だな。荷車を引かない時は魔術を切って休ませるから、小休止を取っていたのか、それとも大休止で一夜を明かしたのか……そこはまだわからんが」
荷車の痕跡を見ながら、カイトはそれがどちらだろうかと考える。一夜を明かしていたのならどこかに焚き火の痕跡や結界の痕跡が残っていても不思議はないのだが、そうでないのなら単に馬を休ませるための小休止の可能性も考えられた。と、そんな会話を聞いていたわけではないのだろうが、ソラの方から通信が入ってきた。
『カイト。今大丈夫か? 何か話し込んでるみたいだけど』
「ああ……どうした?」
『こっち、多分馬か何かの草食動物が草を食べてた痕跡がある。それと糞もな。群れじゃなさそうだから、一応報告だけ』
「そうか……こっちも荷車の痕跡を見つけている。おそらくそれを引いていた馬で間違いないだろう……焚き火の痕跡とかはなかったか?」
『いや、そんなのがあったらすぐに分かると思うけど』
「それもそうか」
やはり焚き火などの痕跡であればすぐに分かるし、何より草原で焚き火をする時は延焼を防ぐために周囲の草をある程度取り払うなり結界を展開するのが旅人のマナーだ。それが行われていない所を考えると、おそらく日中に何かしらの理由により小休止を取るために立ち止まったのだと推察された。
「小休止を取ろうとして、という所の様子だな」
「だろうな……おそらくグウィネス殿が駆け付けられたのはそこらもあるんだろう。日中で目視がしやすく、そして同時に敵からも見えやすい。それで『狭間の魔物』に発見され、その痕跡を追いかけていたグウィネス殿がそれを発見。緊急で交戦……という流れだろうな」
「そうか……これからどうする?」
「……この痕跡を追おう。もし目撃者が居るのなら、何が起きたか正確に理解しているはずだ」
「どこへ向かったかわかるのか?」
カイトの答えに対して、瞬がもっともな疑問を投げかける。一応ここに馬車が停車していた事はわかったが、その後の痕跡はほとんど見受けられていない。が、これにカイトは一つ頷いた。
「ああ……ここで小休止を取ったという事は、まだ目的地までは少し掛かるという事だ。となると、オレ達が通った宿場町は小休止を取るほどの距離じゃない。何かで行軍が遅れていたのなら逆に一夜を明かすべきだろう。となると……ここで小休止を取る理由としては少し遅めにオレ達が通った宿場町を出て、ここで昼休憩。ここからこうまーっすぐ進んだ先に一夜を明かすのに適した窪地がある。おそらくそこで一夜を明かして、更に先を目指したんだろう」
やはり何年もシンフォニア王国に仕え、そして国内を所狭しと戦ってきた経験があるのだろう。王都近辺の地理や動きはほぼ完璧に把握しているようで、特段の事情などが無い限りの色々な進行ルートが頭に入っている様子だった。
「じゃあ、そっちへか」
「ああ……とりあえず今は情報が欲しい。グウィネス殿が何と戦い、どういう考えで動かれているのか……そこらを知っておく必要もある」
「わかった……竜車だったらどれぐらい必要だ? 一泊こちらもするか?」
「いや、今からなら竜車なら次の宿場町に夜になる前には到着出来るはずだ。すぐに行こう」
どうやら夜になる前に到着出来はするのだろうが、それでも時間はかなり余裕がないらしい。カイトがどこか慌てた様子で瞬へと告げる。そうして、一同は少しあわただしい様子で竜車に乗り込んで再度出発するのだった。
さて一同が大神官グウィネスの戦闘の痕跡を見つけてから数時間。相手が馬車だったのに対してこちらは竜車だった事もあり、カイトの言う通り一夜を明かす必要もなく宿場町へとたどり着いていた。そうしてたどり着いた宿場町を見て、御者を務めていたソラが感嘆の言葉を漏らす。
「賑わってるなー」
「宿場町もかなり減ったからな。その分現存する宿場町はこういう感じで盛況になる」
「減った……ああ、そうか。守りきれないのか」
「そうだ。だからどうしても行商人達も外で一夜を明かす事が多くなっちまってな。道中で見たあの窪地とかも戦争前はなかったんだが……いつの間にか出来上がってたかんじだ」
「窪地が?」
「ああ、いや、すまん。窪地そのものはあったんだ。出来たのはああやって泊まれるように草木が刈り取られた、って所だな」
驚いた様子のソラの言葉に、先と同様に荷車の天井に乗っていたカイトが笑う。そうして宿場町の案内人に従って竜車を専用スペースに停めさせてもらうと、一同はそこで竜車を降りて次の行動に入る事にするのであるが、その前に色々とせねばならない事があった。
「ソラ。悪いがこの宿に行って部屋を用意して貰ってくれ。この札を見せるだけで良い」
「これは?」
「王国軍の近衛隊が動いている証文のような物だ。これで最上級の部屋を用意してもらえる。一般には借りられない部屋だから、問題はない。勿論費用なども発生しないから気にするな」
これはこの後にソラが聞く事であるが、どうやら王国もこういう事態は想定しているらしく大きな宿場町には王国が出資する宿屋があったらしい。その幾つかはこうして勅令で動く者が借りられるように一般には貸出がされないらしく、今回はスイレリアや聖獣が一緒な事もありその中でも最上位の部屋を用意される事になるとの事であった。
「わかった。お前は?」
「少し馴染みに話を聞いてくる。ここらの顔役で、オレが来たなら直接話が出来るはずだ」
「……ヤバそうなのか?」
「いや、そこまで警戒する必要はない。ないが、王国軍に属しているわけでもないからな。下手にお前らや大神官様を見られて何かを勘ぐられても面倒だ」
「わかった。じゃあ、こっちで色々と手配はしておくよ。ああ、ついでに減った備品とかも調達しておいた方が良いか?」
「お……そうだな。すまんが頼んで良いか?」
「あいよ」
気が利くな。そんな様子のカイトの言葉にソラが笑って快諾を示す。そうして、カイトはここで一旦ソラ達と分かれてここらの顔役とやらに会いに行く事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




