第3321話 はるかな過去編 ――痕跡――
世界の情報の抹消という普通は起きない事態の発生。その調査と原因究明に向けて動く事になったカイト。そんな彼と共にソラ達は大精霊の中継地となれる事から調査に同行する事となっていた。
というわけで手始めにシンフォニア王国の王都からほど近い草原にて発生した情報の抹消を調べる事にしていたのであるが、そこはすでにかつての『黒き森』の大神官にしてスイレリアの兄であるグウィネスが戦闘を終えた後であった。そうしてその戦闘の痕跡を見た一同は、そこで残る情報の調査に乗り出す事になっていた。
「……特に何もない」
「……なんだ、いきなり」
「いや、暇っていうかなんていうか……マジでなんにもなくないか?」
唐突に意味不明な事を言いだしたソラに、カイトがキョトンとした顔で問いかけるとソラが半ば恥ずかしげにそう笑う。実際、すでに一時間ほど調査を繰り広げていたわけであるが、本当になにもない。草原がただ広がっているだけで、戦闘が起きた痕跡らしい痕跡は空中に漂う強い魔力の残滓ぐらいであった。
「なにもない、か……確かに何もないな。まぁ、それはそれですごい事ではあるんだが」
「どうして」
「そうだろ? これだけ大魔術を使っておきながら、地形には一切影響を与えていないんだ。相当な魔術の使い手でも難しいぞ」
「あ……」
言われてみて、ソラも痕跡が何も残っていない事こそがおかしい事に気が付いた。彼自身が述べているが、空気中にはおそらく魔術が行使されたのだろう強い風属性の魔力の残滓が残っているのだ。なのに地表には一切痕跡は残っておらず、この魔術を使った魔術師の力量が察せられた。
「そっか……よく考えたらかなり慌てて魔術を行使してるよな。にも関わらず、地面には一切痕跡が残ってない……草も……刈り取られた様子はない。ってことは本当に地面に触れさせなかったのか」
「そういうこったな……流石開祖様の仲間ってことか。このレベルの魔術を使える奴がウチでもどれだけ居るか……破壊力だけなら同じ事が出来る奴はごまんと居るんだがなぁ……」
急場でここまで考えて動ける奴も相当に少ないし、更に輪をかけてこの配慮が出来る技術を持つ奴はもっと少ない。カイトはかつて自分の家の開祖が共に旅をしたという大神官の腕前にただただ感嘆の言葉しか出せなかった。
「こりゃお見逸れした。草が刈り込まれていたりしてないか、と思って下に降りて見てみたが。ただただ感嘆しかない」
「試しに聞いてみたいんだけど、お前がやるならどうやった?」
「そうだなぁ……地面すれすれを舐めるような形で防御膜を展開して、その上で魔術を行使する、だが……おそらく接敵から発動までのタイムラグはほぼない。数秒でそれを見切る腕もそうだが、それだけの距離を一気に駆け抜け……あれ?」
「どうした?」
自分ならどうするか、という問いかけについて考えていたカイトであるが、途中で何かに気付いたらしい。唐突に首を傾げた彼にソラもまた首を傾げる。
「……大神官様」
『なにか』
「先の大神官……御兄君は確か弓兵だったのでは?」
『ああ、弓術にも優れていはしました。が、魔術にも長けている。あの兄は本当に……本当に才能だけは我らエルフの中でもずば抜けて高いので……はぁ……』
カイトの問いかけに答えたスイレリアであるが、神童と呼ばれ『黒き森』の長い歴史の中でも最速で大神官という最高位の地位に上り詰めた兄を知っていればこそ、その兄の現状にただただ頭を抱えていた。
『はぁ……この旅であの兄の愚行がどれだけ出てくるか……今から頭が痛くてたまりません……』
「あ、あははは……ま、まぁ……元気そうで何よりなのでは……」
『それとこれとは別問題です。はぁ……』
流石に『黒き森』とは深い関わりのあるカイトであるが、先の大神官グウィネスの現状などについては噂も全く知らない。が、スイレリアには色々と入ってきてはいたようで、心底頭が痛い様子だった。
『まぁ、良いでしょう。見ての通り、あの愚兄は魔術の腕も体術の腕も非常に高い。流石に魔眼を持つサルファ殿下より魔術は劣るでしょうが、身内の贔屓目無しでも体術は勝るでしょう』
「弓術であれば?」
『弓術であれば……どうでしょう。魔眼持ちのサルファ殿下の弓術は優れていますが……』
それに関しては面白い勝負になるだろう。スイレリアはカイトの問いかけに対して、サルファの弓術と兄の弓術を思い出して少し考える。そうして暫くの後、彼女が結論を下した。
『おそらく、兄ですね。先にも申しましたが、体術の側面であれば兄が勝る。おそらく止まっての狙撃であればサルファ殿下が勝るでしょうが、戦場での弓術という総合的な側面であれば兄の方が強い。特にこういう急場であれば、兄の方が得手でしょう』
「ですか」
これについてはサルファの腕が劣っているというよりも、彼はカイトやレックスというこの世界の歴史上最強の戦士が前線に居るからこそ最前線に立つ必要がないという所が大きいだろう。
純粋な戦闘力であれば開祖マクダウェルよりカイトやレックスの方が強い、というのは当時を知るスイレリアも聖獣も認めていた。前線に立つ回数は大神官グウィネスの方が多かったとしても不思議はなかった。
「それで一つ気になったのですが……この状況で弓を使わなかったのは意図的でしょうか」
『ふむ……確かに言われてみれば……』
カイトの問題提起に、スイレリアもなるほどと理解する。彼女自身も述べているが、大神官グウィネスの弓術は非常に高い。サルファ以上という事は即ち現在のエルフでは最優の一人として間違いなく、こういう緊急事態において弓を使わなかった理由がいまいち理解できなかったのだ。
『こればかりは当人に聞かねば何もわかりませんが……弓で仕留めきれないほどの大きさだった、という事はあり得るでしょう。いえ、弓で仕留められない相手は想像がし難いですね。弓なら一撃で仕留めきれない、という方があり得るでしょうか……もしくは、どうしても接敵しなければならなかったか』
「ふむ……」
やはりそういう結論にたどり着くか。これはカイトも弓術を習っているからこそわかっていた事であるが、確かに少し離れた所で大神官グウィネスは魔術を行使しているがそれでも弓術で戦うには距離がかなり近い。特にそれが大神官グウィネスほどの腕前であればここまで近付いて攻撃する意味はないのだ。というわけで何故だろうか、と考える二人であるが、答えは別の所から出てきた。
『どうやら、仕方がなかったみたいじゃぞ』
「どういうことだ?」
『こっちへ来てみ。原因がわかる』
「わかった」
聖獣の言葉に、カイトはそちらへと移動する。そうして彼女の所まで来てみると、彼女が屈んで僅かにめくれ上がった地面を見ていた。
「これは……」
「地面がめくれておるな……が、これはおそらく魔物から逃げようとした痕跡じゃろう」
「なるほど……」
おそらくこれは民間人かそれに近い魔術での戦闘は考えていない者だろうな。カイトは大神官グウィネスの魔術の爆心地から逃げるような足跡を見てそう理解する。
「……あっちへ向かってるな」
「うむ……おそらくそちらに仲間が居たかじゃろう。で、逃げようとした所にグウィネスの小僧が気付いて一撃で仕留めねばならなくなった……が順当な所であろうな」
「あり得る……か」
あちらを調べた方が良いかもしれない。カイトは聖獣の見つけ出した足跡からそう判断する。そうして、一同はそのまま足跡を辿って移動していく事にするのだった。
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