第3319話 はるかな過去編 ――痕跡――
セレスティア達の世界の過去に発生したという世界の情報の抹消という事件。それの解決に向けて動く事になったカイトと協力する事になったソラ達は、スイレリアらと合流して行動を開始する。
そうして行動を開始して竜車二台で進んでいた一同だが、行動を開始して二日。目的地が近付いてきていた。
『そろそろ目的地に到着のはずだ……何か異変は見えるか?』
「いや……なーんにも。さっきからずーっと青々とした草原が広がってるばかりだ」
「そうか」
「おっと……カイト」
返答と共に窓から身を乗り出して外に出てきたカイトに、ソラが後ろを振り向く。その一方のカイトは腕の力だけでくるりと荷車の天井に登ると、そこから周囲を確認する。
「うーん。良い天気だ。本当ならのんびりとピクニックでもしてたい所だが」
「ピクニックなんてする事あるのか?」
「昔はな……まぁ、もう何年も昔の話だ」
「まだ一桁とかそんな頃か?」
「いや、11か12だかの頃だ」
13歳で魔王を討伐し、というのは確たる事実なのであるが、それ以前まではカイトもレックスも共に魔界の侵攻なぞ絵物語でしかなかったのだ。
そしてそれは彼のみならずどこの国も一緒で、色々と暗躍や暗闘はあれ統一王朝も色々な問題は抱えながらも機能していた。見習い騎士以前のカイトも普通の少年らのような生活があったとしても不思議はなかった。
「そうかー……にしても、本当にここらへんでそんな異変が起きたのか? なーんにも無いといえば何にもないんだけど」
「オレに聞くな。どういう状況になってるか、ってのも軍からの報告でしか聞かされてないからな」
「じゃあ、その軍の報告は?」
「見た目は何も変わりません……言っとくが隠されてるわけじゃないぞ? 情報部も流石に大精霊様の案件で隠せば自分達の首がヤバいってのはわかってるからな」
やはりカイトとなると軍部との軋轢が色々とあるというのが言われている。というわけで情報部からの情報も所属する派閥の関係で隠される事が時々あるのであるが、今回ばかりはその可能性は皆無と言えるのであった。
「ってことは見た目じゃどこかわからないのか……あれ? そうなるとどうやってここ、ってあたり付けるんだ? 地球じゃあるまいし、誤差無しでここって決め打つなんて無理だろ?」
「そのために聖獣様が居るってわけ……え? 地球って目印も無しで地図と誤差ほぼ無しとか曲芸じみた芸当出来んの?」
「出来るけど……聖獣様か。そう言えば言ってたな」
かつて開祖マクダウェルが解決した事象の混濁と呼ばれる事態において聖獣が同行した理由は異変の正確な場所を探り当てられるのが彼女だけだから。ソラは少し前の『王家の谷』での一件を思い出す。
「そういうこと……やべぇな、地球……っと、そりゃ良い。兎にも角にもそういうわけだから、もう少ししたら全員が外に出て周囲の警戒を行う事になる。場合によっては時間を割いて調査もあり得る」
「そう言ってたな」
「おう。それに合わせてオレもエドナを呼ぶ……まぁ、だからこうして外に出て周囲を見てるんだけど」
どうやら単に暇だから、などという理由で外に出てきたわけではなかったらしい。カイトは周囲の様子を伺いながらそう話す。そうして周囲を確認した彼は問題無しを判断。懐からオカリナを取り出した。
「……オカリナ?」
「『黒き森』で作って貰った特別なオカリナだ」
「サルファさんから?」
「いや、その昔世話してくれた女の子だ。エドナとの契約やら色々と教えてくれたんだが……ま、そりゃ良い。その子がエドナを呼び寄せるのにって、これをくれたんだよ」
「ハープとかじゃないんだな」
「ま、色々とあってな……全部木で作るとなるとフルートからの吹奏楽器になっちまうんだと」
「こだわりかー」
拘る部分にはとことん拘るエルフ達らしいといえばエルフ達らしいのかもしれない。カイトの話にソラはエルフ達らしいと思う。というわけでそんなオカリナを彼が吹くときれいな音色が鳴り響いた。それを聞いて、ソラが目を見開く。
「……上手いじゃん。未来のお前、音楽苦手って言ってるんだけど」
「……あはは。オレも苦手は苦手だよ。これはこのオカリナそのものが吹き方を教えてくれてるから吹けるだけだ。というか、オレは騎士であって演奏家じゃない。音楽に魔力を乗せる音楽魔術……もしくは音魔術は使えない」
「あ、そうなのね」
どちらが通じるかわからないから、と二つの呼び名を使ったどこか恥ずかしげなカイトの言葉に、ソラは僅かにたたらを踏む。そしてまるでそれと合わせたかのように、竜車の横の空間が裂けた。そうして現れたのは、言うまでもなく純白の天馬である。
「よっと! ソラ。オレは一度上から状況を確認する。お前は引き続き御者を頼んだ」
「おう」
「頼んだ……はぁ!」
ソラの返答を聞くと同時に、カイトが手綱を引いてエドナを舞い上がらせる。そうして大空から周囲を巡回すること暫く。カイトが念話を飛ばした。
『……大神官様』
『なんでしょうか?』
『強大な風の魔力が渦巻いた痕跡があります。ただオレにはそれが何かまでは』
『……なるほど』
カイトが考えている事が理解出来た。スイレリアはカイトが言外に語る内容に対して一つ頷いた。そうしてそれが決め手となった形だろう。スイレリアが指示を飛ばした。
『天城様。竜車を一度止めてください。私達も外へ出ます』
「わかりました」
おそらくカイトはそういう事を考えているのだろう。念話を聞いていたソラもまた、彼の考えていた事が理解出来たようだ。というわけで彼はもう一台の馬車を駆るリィルに視線を飛ばして、少し進んだ所で馬車を停止させる。
「ありがとうございます」
「いえ……っと」
「大神官様……彼らはどうしますか?」
「そのまま一緒に進んで頂ければ。おそらく、貴方の考えている通りなのでしょうが……」
スイレリアはカイトの想像が正しいと認めながらも、なればこそ万が一の可能性はあり得ると判断していたようだ。そしてその言葉を聖獣もまた認めた。
「じゃろうのう。痕跡のある場に残っておる強大な風の魔力の残滓……そんな事をするとなるとおおよそあの放蕩吟遊詩人じゃろうて」
「でしょうね……やれやれ。どこをほっつき歩いているのやら」
「やはりお兄君ですか?」
「でしょうね」
ソラの問いかけに、スイレリアは頭が痛いとばかりにこめかみの辺りをほぐしながら首を振る。いくら竜車で移動しているとはいえ、シンフォニア王国から数日の距離だ。間違いなく『黒き森』に顔を出す余裕はあっただろうに顔の一つも見せに来ない兄にスイレリアは心底失望している様子であった。
「……まぁ、良いでしょう。行きましょう。あの兄の実力は本物です。魔物は一体残らず消し飛ばしているでしょうが……痕跡がどこまで残っているかはわかりませんが、あの兄が居た事がわかればそれはそれで収穫です」
「情報共有ぐらい出来れば良いんじゃがの……っと!」
たんっ。聖獣が軽い感じで地面を蹴る。そうして僅かに浮かび上がった所で彼女が金色の獅子の姿へと変貌。その背へとスイレリアが乗れるように僅かに屈む。
『良し……カイト。お主はそのまま上空に待機しておれ。ああ、もし吟遊詩人っぽい奴がおればおそらくそれがグウィネスじゃ』
「探しておこう」
『うむ……良し。では進むぞ……問題は無いじゃろうが、一応警戒を怠らぬようにな』
「あ、ちょっと待って貰えますか? それなら俺達もいつでも戦闘出来るようにしておきたいんで……」
『む? それはそうじゃな』
ソラの提起に対して、聖獣はそれが正しいと認め前に出そうとしていた足を止める。そうして、一同は念の為にしっかりと用意を整えて聖獣の感覚と風の魔力の残滓を頼りに情報が抹消したと思しき地点を目指す事にするのだった。
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