第3313話 はるかな過去編 ――風の導き――
世界の情報の抹消という世界全体を揺るがす事態の発生を受け、その解決に乗り出す事になったカイト。そんな彼はその情報収集に乗り出そうとしたまさにその最中に舞い込んだ『ソル・ティエラ』という南国の要塞都市の陥落を受けてそちらへと急行。事態を収拾させた南国『ソル・ティエラ』の北部を統率する将軍フェリクスと遭遇すると、そこで彼から街を襲った厄災についての詳細を聞くに至る。
というわけで一通りの情報を共有した後。カイトとおやっさんは『狭間の魔物』に侵食されたと思しき兵士の死体を確認するべく動いていた。そうして三人――何が起きるかわからないので最低限の人数となった――は『ソル・ティエラ』軍の兵士達が設置した幾つかのテントが連結した特殊な建物へと通してもらう。
「……えらく厳重だな」
「何が起きてるか、俺達にもわかってなかったからな……8時間交代制の24時間体制で常時結界を展開している……開いてくれ。北からの客人だ」
「はっ」
フェリクスの指示を受け、中の死体を封印していた魔術師が結界を開く。そうして人一人分が入れる隙間を通って、三人は中へと入った。そうして開かれた結界の中には兵士が何人か待機しており、万が一の場合にでも即座に対応出来る準備が出来ていた。
「……一個小隊を警戒に貼り付けたのか?」
「ああ……こいつが寄生されている場合、寄生体が生きてる可能性もあった。本当なら焼却するべきではあったんだが……」
「王都の指示を待った、か」
「そういうこった」
カイト達が来るまで、この事態が何で引き起こされてどういう状況なのか誰にもわからなかったのだ。というわけで一応は活動を停止している様子だし、生命活動も魔術的に見ても感じられないという事で一旦は封印措置として王都の学者達に調べさせる事にしたのであった。というわけで結界の中で更に兵士達が守る結界を更に通り抜け、三人は最奥の凍りついたエリアへとたどり着く。
「……ここだ」
「冷凍保存か」
「まだ夏じゃないとはいえ、遺体は腐るからな。腐った遺体の搬送は兵士達の気が滅入る一つだ……遺体であるのなら、だが」
カイトの言葉にフェリクスは僅かに獰猛な牙を見せつつ笑う。が、すぐにいつものひょうきん者の笑みに変えると凍てつく冷気が満たすテントへと入る。中には簡易ベッドの上に寝かされた身体の至るところから触手の生えた遺体が横たわっていた。
「……こいつだ」
「触手の生え際は?」
「この通りだ」
カイトの要望を受けて、フェリクスは腕を動かして肌の一部がはっきりと見える様に上に向ける。
「……癒着……もしくは自身と一体化しているな」
「一応魔物の中には脳髄に寄生して似た様な事が出来る奴がいないではないが……」
「ありゃ寄生じゃなくて脳みそに取って代わってるだけだ」
カイトと共にまた別の触手の生え際を撫ぜて感触などを確認しながら、おやっさんはフェリクスの問いかけに首を振る。やはり基本的には融合という行為は不可能と言えて、寄生に見える魔物の多くが脳を捕食して取って代わっているそうだ。というわけで触診を行っていた二人であるが、カイトが険しい顔で告げる。
「……やはりな。寄生型の魔物に多い中にゴリッとした感覚がない」
「更に言えば腕にここまで太い触手を作るには寄生型の中でも身体に変異を起こさせるやつだが……俺もここまでの速度で侵食する奴は見た事がないな」
「だろうな……はぁ。どこのどいつがやってるかはわからねぇが。面倒な奴を呼び寄せてやがるもんだ」
どうしたものか。フェリクスはやはりこの速度は寄生型にしても尋常ではないし、融合しているのであれば殊更見過ごせない。そう思いながら深くため息を吐いた。
「触手を一本貰っていって良いか?」
「構わねぇ。こっちのお偉方には俺から伝えておこう」
「あいよ」
すぱっ。カイトはフェリクスの許諾を受けると同時に、触手の一本を根本からバッサリと刈り取る。どうやらやはり遺体の中に入り込んでいるだろう魔物もすでに死んでいるらしく、触手が切り裂かれてもぴくりともしなかった。というわけで、カイトとおやっさんは触手を持ってその場を後にする事にするのだった。
さて一同が『ドゥリアヌ』へと到着して数日。結局フェリクスが全てを灰燼と化していた事もあり、一同は特に何もする事もなく再びシンフォニア王国へと戻っていた。
「なるほど……融合か」
「ええ。触手の一本も頂いてきました」
「ふむ……先の聖獣様が狩ったという魔物に似ているな」
「あれとの関連性は……あるのでしょうね」
「ふむ……」
これをどう考えるべきなのだろう。ロレインはカイトの報告に険しい顔だ。そうして彼女が考えられる理由を口にする。
「これを今回の下手人が世界と世界の狭間から呼び寄せているか……もしくは世界と世界の狭間という法則の通用しない場所に保管して量産しているか……このどちらか、となるのであろうね」
「でしょうね……困った事にそのどちらかなのか、というのは犯人以外にはわかりようがないのですが」
「ふむ……そう言えばかねてより疑問だったのだが、一つ聞いて良いかね?」
「なんでしょう」
「世界間転移……それは君から見て可能と思うかね?」
なにか脈絡もない問いかけに思えるが、なにか意味があるのだろうか。カイトはロレインの質問の意図は計り兼ねたものの、聞かれた以上は考えねばならない立場だ。というわけで、彼は少しだけ悩んだ後に結論を下した。
「可能か不可能であれば可能ではあるのでしょう」
「それは未来の君が成し遂げたから、かね?」
「いえ……所詮世界間の転移であれ転移術に分類されているという以上は始点と終点を定めて転移する魔術には違いないのでしょう。無論、終点の観測をどの様に未来のオレが成し遂げたかがわからないので、その方法はわかりかねますが……」
「だろうね……さらに疑問といえば、世界の壁の突破はどうしたと思うね?」
「そこ、ですか……」
世界には基本的に内部の存在が不測の事態により外に出てしまわない様な防護柵の様な物が張り巡らされている。ソラ達の転移はその衝突により壁が一部砕け、『天桜学園』という存在概念がその属する学生ごと飛ばされてしまった事が原因だ。
それについてはこの世界でも何度も観測されているので可能だろう、という結論は下されているのだが、それを人為的に、かつ世界同士の距離が離れた状態ではどうすれば良いかがわからなかった。
「オレ単独であれば大精霊様のご助力を頂いた、というところで納得も出来たのですが……」
「君以外も出来ている以上、か」
「ええ。おそらく未来の世界のエネフィアでは世界間転移術に何かしらの体系化が出来る程度には技術の集約が行われているのではないかと思います。となると、何かしら世界の壁を突破する方法はあるのでしょう。そしてそれは世界の情報の抹消とは全く別だ」
「だろうね」
カイトの問いかけに、ロレインは満足げに頷いた。どうやらロレインもまた世界の壁に傷を付けず、外に出る方法があると判断していたようだ。そして彼女がこの問いかけの意味を口にした。
「今回の下手人……二つのパターンが考えられる。一つは君が考えた様に世界の壁を破壊せず外に出られるパターン。そしてそれを利用して外に出て、こちら側に魔物を送り込んでいるパターンだ。但し、この場合は何故魔物を送り込む際には世界の壁……世界の情報を抹消せねばならないのかの疑問が残る」
「ええ……っ」
ロレインの言葉は筋が通っている。彼女の話を聞きながらそう考えていたカイトであったが、流れでの彼女の問題提起でなにかを理解したらしい。そしてそれに、ロレインは再度満足げに頷いた。
「わかったかね。私はこちらの方が可能性が高いのではないか、と考えている……この下手人は何かしらの事情で世界の狭間に足繁く移動したいわけであるが、自身の技術が未熟故に世界の壁を抹消しなければ外に出られない。無論、その逆もまた然り。こちらの世界に戻るには世界の情報を抹消して壁を消して、中に入らなければならない」
「ということは世界の情報の抹消はその移動の際に起きている事と? ですがそうなると今度は何が目的か、疑問が残ります。更に言えば今回何故『ドゥリアヌ』で……街中で転移したのか。それがわからない」
「それは私にもわからんよ。だが少なくとも我々に……人類に敵意がある事は間違いないのだろう」
ロレインの推測はあくまでも彼女が今までに手に入れられた情報からそうなのでは、と推測して構築しただけだ。正解かどうかなぞ彼女自身もわからなかった。
「とはいえ、あり得る可能性ではあるだろう。それならばこちらに察知される事なく、ここまで一気に移動出来ている事にも筋が通る」
「そうなると更に厄介さがマシマシになりません?」
「なるねぇ」
カイトの問いかけに、ロレインは苦笑を浮かべて同意する。とはいえ、それでもまだそれならば、と言える程度には話は出来るのだ。
「とはいえそれでも、だ。人がやる事である以上、絶対に何も残さないという事は無いはずだ。物理的な何かを、一度でも良いから見つけられれば勝ち目は生まれる」
「まぁ……それはそうかもしれません」
「うむ……とりあえずその線で魔術的な痕跡以外も見逃さずにしてくれ。いや、もしかするとそちらの方が重要かもしれん」
どこまで有効な手立てかはわからないが、少なくとも人為的であるのなら何かしらの物理的な手がかりは残っていても不思議はないのだ。ならば、その僅かな痕跡を逃さない事が重要であった。というわけで、幾つかの推測と共にカイトもまたソラ達を引き連れて調査に乗り出すべく『黒き森』へと赴く事になるのだった。
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