第3312話 はるかな過去編 ――情報交換――
世界の情報の抹消。本来は起き得るはずのない事態の解決に向けて動く事になったソラ達。そんな一同は動き出したと同時に舞い込んだ『ドゥリアヌ』と呼ばれる南国の要塞都市が一夜にして壊滅したという情報を受けて『ドゥリアヌ』へと急行する事になったカイトと同行する事になり、一路飛竜を使って『ドゥリアヌ』へと赴く事になる。そうして到着した『ドゥリアヌ』で出会ったのは、元冒険者にして現『ソル・ティエラ』王国の北部を任される将軍であるフェリクスという男であった。
「何が起きているか、か……端的に言えば、世界の情報の抹消と呼ばれる現象らしい」
「世界の情報の抹消……? どういうことだ?」
「そのままだ。世界の情報が完全に消えてしまう。必要な情報……重力やらなんやらだな」
「消えたらどうなるんだ?」
「オレらも『黒き森』の大神官様も消えた事はわかっても、消えた状態がどうなるかはわからん。なにせ全部が消えるって事だ。重力も何もかもがな。一応、世界の修復力により周囲から情報がすぐに流れ込んで元通りにはなるそうだが……」
フェリクスの問いかけに対して、カイトは困った様に肩を竦める。というわけでそんな彼の問いかけに、フェリクスも道理を見た。
「なるほどな。確かにそこらの重力やらが消失すりゃ当然地面から浮いちまうってのはわかるが、それ以外も含めて全てがまるっと消えちまったらどうなるかはわからんで当然か」
「そういうこと……実際『黒き森』の大神官様も何が起きるかわからないって話だ。ただ碌でもないってのは考えんでもわかる」
「確かにな」
そうだからこそ大精霊様が直々に指示を下されているという状況があるのだろう。フェリクスは何が起きるかわからないが、その方が良いのだろうと思う。というわけでカイトの言葉に同意した彼であるが、そこでふと気になる事があった。
「が、それとお前らがここに来た事になんの関係がある?」
「ウチの国境沿いの砦に駆け込んできた兵士から情報提供があってな。魔族とも思えんとなって、情報の抹消が起きたんじゃないかと考えたんだよ」
「それと今回の事態に……いや、そうか……」
「なにかお分かりで?」
カイトの言葉になにかに気付いた様にはたと停止したフェリクスに、彼の側近の一人が問いかける。これに、フェリクスが一つ問いかける。
「世界の情報の抹消……そいつぁ、もしかしてもしかするのか?」
「ああ……全ての、世界情報の抹消。そういった事も起こり得る」
「「「?」」」
どうやら理解が出来ているのはフェリクスだけだったらしい。『ソル・ティエラ』側の軍人全員が意味が理解出来ず各々顔を見合わせるばかりだ。これに、フェリクスが口を開いた。
「つまり、だ。世界と世界の間にある壁もまた消失してしまうという事だ」
「となると、どうなるのですか?」
「お前ら……ある程度著名な学術論文ぐらいは読め」
「も、申し訳ありません……」
「読んでるお前が軍人としても冒険者としても稀過ぎんだよ」
自分の部下達の知識の無さを嘆くフェリクスに対して、部下の軍人達は少し恥ずかしげにしておやっさんは逆にそんなフェリクスに呆れていた。なお、これは冒険者時代からだったらしい。
やはり良家の出身となるとお抱えの学者なども居たそうで、家との繋がりは絶ってもそことの繋がりは維持したらしく色々な論文を手に入れては読み込んでいたらしい。そこらが後に知将と呼ばれる事になる所以の一つらしかった。
「はぁ……まぁ、そりゃ良い。世界の壁が消失すると、世界と世界の狭間に居る魔物がこちら側に侵入してしまう事になる。俗に言う『狭間の魔物』だな。『銀の山』やらにある冥道でさえ、滅多に現れるもんじゃないが……」
「『狭間の魔物』……それはどの様な魔物なのですか?」
「わからん。世界と世界の間……狭間ってのは世界が存在しないがゆえにルールが存在していない。本来ならば生存不可能な空間だ。そこでも魔物は生きれる……いや、生きれる奴が発生するのか。そこらは俺にもわからん。が、ルール無用の空間で生まれたが故に法則性も何もあったもんじゃないって事だ」
なるほど。確かに今回の事態において観測された寄生よりも宿主と融合していると思える様な魔物はその『狭間の魔物』だと言われたほうが自分達にも納得は出来る。フェリクスの解説を聞いて、『ソル・ティエラ』の軍人達も納得を露わにする。
「そうだ。俺達の常識じゃ融合……合成獣ってのは不可能な事象だ。が、『狭間の魔物』……俺達のルールが通用しない存在であるのなら、可能かもしれん。ま、それは向こうが可能であってこっちの身にとっちゃ耐えられるもんじゃないだろうけどな」
合成獣。それは二つの存在をかけ合わせて一つの存在を作る事だが、同時に一つの身体に二つの魂が内包されてしまう事となり普通は耐えきれない。それは魔物であっても例外なく適用されるはずであるのだが、相手が常識外の『狭間の魔物』であるのなら可能かどうかは誰にもわからなかった。というわけでそれを理解して俄に顔を険しくさせる『ソル・ティエラ』の軍人達だが、同時に疑問も得る。
「ですがその様な事が何度も起きるのですか?」
「……とどのつまり、そういう事なんだろうよ」
「はぁ……」
「考えろよ。お前が抱いた疑問の通りだ。そう何度も起きる事か? 起きるわけがない。起きて貰っちゃ困る。そうならないための大精霊様達でもあられるしな」
「「「っ!?」」」
起きるわけがない事が何度も起きている。それが意味する事は一つしかないだろう。というわけでフェリクスはカイトにはっきりと問いかける。
「どこかの馬鹿野郎が世界の情報を消してる、ってわけなんだろう?」
「オレ達はそう判断している……大精霊様を含めてな」
「ちっ……やっぱりか」
おおよそ下手人が居る事は想像していたが、やはり自分が考えている以上の事態だったらしいな。フェリクスはざわめく『ソル・ティエラ』の軍人達を横目に盛大に舌打ちしながら、どこか内心で安堵も得ていた。
内心どこかで恨みを晴らす相手はいないのでは、と思っていたのだ。が、そうではないのならまだ怒りのやり場もあった。とはいえ、その怒りは溜めておくべきものと彼は知っている。なので一度目を閉じて意識を切り替え、重ねて問いかけた。
「……魔族共か?」
「そうではないと願いたいね。流石にこの世界を崩壊させる事は魔族達も願わんだろう。それに何より、いくら大魔王様とやらでも大精霊様に喧嘩を売るとは思えん」
「そうであって欲しいもんだがな……だがそうなると、どこのどいつだ? こんな超級にド阿呆な事をするのは」
「それを掴みたくてここまではるばる駆け付けたわけだが……」
カイトの視線がフェリクスの後ろに立てかけられていた超巨大なランスの様な、槍の様な物体に注がれる。それは槍というには穂先があまりに大きくランスのようであるが、その刀身は上下二つに分離していてその中央には大砲らしい砲門が見えており、かなりメカニカルな様子があった。その視線に気付いて、フェリクスが笑う。
「そこに俺が<<乙女の怒り>>を撃ち込んじまった、ってわけか」
「そういうことだ……まぁ、情報も何も残ってないとは思うがな」
「ははは。もうちょいと早く来てくれてりゃな。俺も加減したんだが」
「はぁ……派手にやり過ぎだ、クソオヤジ」
本人としては手向けのつもりだったのだろうし、あれ以上魔物を放置しておく事も出来なかった事もまた事実。あれが最善の一手では間違いなかっただろう。というわけでカイトも口では非難しながらも、その判断を認めていた。というわけで呆れた様子のカイトに、フェリクスは建設的な話を口にする。
「で、俺達はどうすりゃ良い。さっきも言ったが、ここの連中全員がヴェラルドの仇討ちをしたくてウズウズしてんだ。草の根分けてでも、そいつを探す必要がある」
「死んだとは思ってねぇか」
「こんな大事をしでかす奴だ。発生した時点じゃ高みの見物と洒落込んでやがるだろうさ」
「だろうな……ほら」
「っと。こいつは?」
カイトから投げ渡されたコンパスに似た手のひらサイズの魔道具を見て、フェリクスが小首を傾げる。
「世界の情報が抹消された瞬間、そこには世界側が修繕力を働かせる事はさっき話したな? それを観測して、情報が抹消したポイントを割り出す魔道具だ。今回の一件を受けてノワが作ってくれてな。範囲は限られるが、調べる事は出来るだろう」
「あのおチビちゃんか。相変わらずすごいモンを作るもんだ……だがこいつ一つでどうすりゃ良い」
「本当はもう少し情報が集まった段階で各国に情報共有を呼びかけるつもりだったんだ。そこで『黒き森』側が要請に応じた各国にこれを配る予定らしい。おっさんがそっちの王様を説得してくれりゃ、出来上がってる分を持ってこさせる」
「そうか……そいつは死ぬ気で説得しねぇとな。冒険者のやり方を使ってでもな」
先ほどもフェリクス当人が言っているが、今回の事件においてフェリクス達が失った物はあまりに大きすぎる。なので冒険者のやり方、とどのつまり暴力的なやり方を使ってでも王国を説得するつもりの様子だった。というわけで、お互いに方針を定めると時間がないと両者戻るべき場所に戻る事にするのだった。
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