第3310話 はるかな過去編 ――情報交換――
セレスティア達の世界の過去の時代から元の時代のエネフィアへ戻るべく活動を続けていたソラ達。そんな彼らは自分達が解決せねばならない幾つかの事件の存在を知るわけであるが、それらはどれもこれもがセレスティア達の時代において、意図的かそれとも本当に原因不明かは別にして原因不明とされた出来事であった。
その中の一つである世界の情報の抹消という事態を解決するべく動き出した一同であったが、そんな彼らに舞い込んだのは南国にある要塞都市『ドゥリアヌ』という堅牢な要塞が謎の事件により一夜にして陥落したという当時の者たちからすると到底信じられない情報であった。
そんな情報に対して得られた手がかりからそれが魔族でない可能性が高いと判断したシンフォニア王国の要請を受けたソラと瞬の両名はカイト・おやっさんの両名が率いる調査隊に加わると、飛竜を使って『ドゥリアヌ』へと急行。そこで『ドゥリアヌ』の防備を担う総司令官の上官にしてカイトとおやっさんの古馴染みであるフェリクス将軍なる人物と遭遇。彼との間で情報交換を行う事になる。
というわけで彼が設営したテントに入って会議用の円卓を囲んで着席して早々。口火を切ったのはフェリクスであった。
「で……まず教えてくれや。その小僧共は何者だ? この間の王子様の結婚式に来てお前と話してたまでは見てたがな。ここに連れてくるほどの重要人物とは思ってなかった。よほどの腕利きって具合でもないしな」
値踏みされている。ソラも瞬も自分達を見るフェリクスの顔が笑っていながらも、決して目が笑っていない事を理解する。
当然だろう。単純な破壊力であれば全盛期の<<偉大なる太陽>>と最低同等かそれ以上の破壊力を有する<<乙女の怒り>>を使いこなすのだ。その彼が弱いわけがなく、武名が轟いていないこの世界では一介の青年でしかない二人を訝しむのは無理のない事だった。というわけでそんな彼の問いかけに、ソラが口を開く。
「お……私はソラ・天城です。こっちは同じパーティの」
「自分は瞬・一条です」
「んぁ? あぁ、悪い悪い。そりゃまず話の前に挨拶だな。俺はフェリクス・マデロ。まぁ、本当なら北部鎮守のマデロ将軍って呼ばれるのが通例なんだろうがよ。どうしてかフェリクス将軍って呼ばれてる」
「そりゃおめぇがマデロ家を出て好き勝手しておいて、勝手に戻ってきた挙げ句に将軍まで上り詰めちまったからだろ」
「違いねぇ」
「いや、将軍になってからも行く先々で女作りまくるからマデロ家を名乗るな、だろ」
「「違いねぇ!」」
ははははは。おやっさんとフェリクスの二人が更に続けたカイトのやっかみに声を揃えて大笑いする。まぁ、カイト以外全員――三人が笑っていたので笑う素振りは見せていたが――愛想笑いしか出来ていないあたり、本当ならば笑える話ではないようだ。
「あー……ま、そんな感じなもんでな。お前さんも俺の前ならあまり言葉遣い気にするな。俺なんてその時代、敬語なんてほとんど使ってなかったからな」
「女を落とすのには使いまくってやがったけどな」
「レディが喜んでくれるなら喜んで使うぜ、敬語だろうとなんだろうとな」
「は、はぁ……」
大変そうだなぁ。まるでプレイボーイがイケオジになり、イケオジがそのまま将軍になった様なフェリクスとその横の側近たちのどこか諦めの滲んだ様子の顔を見てソラはそう思う。無論本来はこんな事が許されるわけがないだろうが、それを許されてしまうからこその英雄という所なのだろう。
「ま、それはそれとしてだ。で? その若小僧共をなんでここに同席させる。そいつぁ、お前らがここまで迅速に動いたのと関係があるんだろうが。その関係がわからん」
「それを答えるかどうかは、こっちの問いかけへのあんたの答え次第だ」
「ほう……良いだろう。言ってみろ」
カイトの返答に、フェリクスは獰猛に笑いながら先を促す。これにカイトが問いかける。
「なんで『ドゥリアヌ』に<<乙女の怒り>>をぶち込んだ? ああ、いや。救いようがなかったから、って返答は無しだ。あんたが撃ち込んだ時点で誰がどう見ても救いようはなかったんだろう」
「……ちっ。小僧が賢しくなっちまったもんだ」
どうやらカイトの前置きはフェリクスが言わんとした事そのものだったらしい。フェリクスは明かさねば先に進めない事を即座に理解。どこか嬉しそうながらも苦みの浮かんだ笑顔で笑う。そしてそれで彼の中で答えは決まっていたらしい。
「おい」
「……良いのですか?」
「構わんよ。シンフォニア王国の勇者カイトが求めた。それで上の連中が断れるならやってみて欲しいもんだがな」
「あんたなら上が良しと言ったとて断れるだろうさ」
「その俺が良し、って言ったんだ。それに。そして今俺達が欲しいのもまた情報だ。相手に胸襟を開いてもらいたいなら、自分から胸襟を開くのが筋ってもんだろう」
確かに今回情報を先に求めたのはフェリクスの側だ。ならば少しは情報を明かすのが筋という彼の言葉には道理が通っている。そしてカイトの指摘は側近達も同じ意見だったようだ。
形ばかりは問いかけてはいたものの、そこに異論を挟む余地はなかったようで側近達はすぐに動いた。というわけで、フェリクスの指示を受けた側近が持っていた記録用の魔道具を取り出した。
「こちらを」
「ああ……こいつは俺達が昨日の夕方に到着してから手に入れた交戦記録の一部だ。何を言うよりもこいつを見たほうが早い」
記録用の魔道具を受け取ったフェリクスであるが、彼はそれを円卓の中心に置く。そうして机に備え付けられた機能を起動させて、全員に映像が見える様に展開する。
『ふぇり……くすさま』
『ヴェラルド! しっかりろ! 意識を保て!』
これは後にソラ達が聞く事になるのであるが、この映像は元から撮影しようという意図があったわけではなく、この時代の軍には一個小隊につき最低一名は所謂ボディカメラの様な小型の映像記録装置の装備が統一王朝の法律で義務付けられていたらしい。
この映像はその人物の胸のあたりから撮影された映像らしく、中心にはこの『ドゥリアヌ』の総司令官らしい壮年の男が崩れた瓦礫にもたれ掛かって腰掛けている様子が映っていた。
が、フェリクス率いる部隊が到着した頃には何十ではない交戦を経ていたからか身体の至る所に様々な傷が刻まれていた。そんな彼に駆け寄って、しかしフェリクスは血の多さから安易に動かすのは下策と判断。注意深く傷の様子を確認する。
『傷は……良し! 大丈夫だ! 出血は多いが、この程度なら死にはしない! 衛生兵! 急げ! 重傷だ! 周囲の兵は防衛陣形を取れ!』
『『『はっ!』』』
『あ……う……』
出血の多さは映像で見る限りでも察せられるほどで、傷そのもので死にはしないかもしれなかったが失血で死ぬ可能性は十分にあり得たほどではあった。そしてそれは冒険者として十年以上駆け抜けたフェリクスが誰よりも理解していたのだろう。失血で朦朧とした様子の総司令官にフェリクスは必死で話しかける。
『おい、ヴェラルド! 聞こえるな! しっかりしろ! 寝るんじゃないぞ!』
『うぁぁ……』
これ以上の失血は危険。フェリクスは声を荒げながらも、非常に慣れた手つきで失血を抑えると共に意識を強引に覚醒させる冒険者特有の魔術を展開する。彼の長い冒険者の実績が垣間見えるものだった。が、それを展開した瞬間。フェリクスが異変に気付いたとほぼ同時だ。
今まで朦朧としていたと思えないほどに強力な、それこそ油断していたフェリクスが数メートル吹き飛ばされるほどに強い力で総司令官が彼を突き飛ばす。
『なに!? ヴェラルド!?』
『離れてください!』
『……は?』
ぼんっ。総司令官の最後の言葉が放たれると同時。総司令官の身体が内側から弾け飛ぶ。そうして肉片が舞い散って、周囲にベチャベチャという音が小さく響いた。
『『『……』』』
何が起きたんだ。弾き飛ばされたフェリクスも急ぎ救護活動に入ろうとした衛生兵も、映像を撮影していた兵士も誰しもが起きた事態が飲み込めず、ただ沈黙だけが舞い降りる。そして映像はそこで終わりだった。
「……ヴェラルド」
「……良い奴だった」
若い頃から知っていた後進の最後を目の当たりにして僅かに気落ちした様子のおやっさんに、フェリクスもどこか儚ささえ滲んだ様子で笑いながら告げる。
そこに多大な苦みが乗っていたのは、やはり自分より若い者が自分より先に死んだ事に思う所があるからだろう。そうして二人は一度だけ目を固く瞑って気落ちした気分を切り替える。けじめを付けさせると決めたのであれば、ここで落ち込むわけにはいかなかった。というわけで、決意の滲んだ目でおやっさんが問いかける。
「なんでそんな事になった」
「そいつは次の映像を見てくれ。それで、ヴェラルドが如何に強い意思と力を持っていたかがわかるはずだ」
この次こそが本命らしい。一同は謎の死を遂げた総司令官の映像に続いて持ってこられた記録装置が机の上に置かれて準備が整うのを待つ。そうして次に映し出されたのは、またどこか別の場所の記録だった。但し映っていたのは、身体から触手が生えた兵士の死体だった。
「これは俺達がヴェラルドを見付けた同時刻に、別の場所で生存者を探していた兵士の写真だ」
「……お前の? ここのじゃなく?」
「ああ……こいつの部隊は生存者を発見したものの、その生存者は眼の前で身体の内側から触手が生えて来たそうでな。こいつはそれを助け起こそうとしたそうだが……その際に触手に貫かれちまったらしい。二の腕あたりをな。それで生存者を魔物の擬態と判断。部隊は野営地まで撤退……ああ、伝え忘れていたが、そいつ以外にも触手が掠って切られたとかもいたそうだ」
「……こいつ以外は?」
「一晩経過観察と各種魔術的な検査を経て、問題なしと判断した。一応今も隔離してるがな。軍医の判断待ちだが、まぁ問題無いだろう」
おおよそを理解した。そんな様子のおやっさんの問いかけに、フェリクスはため息混じりに首を振る。
「今回の事態を引き起こしたなにかは、生き物の身体を変異させるらしい。他にも犬や猫から触手が生えたという報告も聞いてる。流石に生け簀で泳いでた魚から生えた、ってのは冗談と思いたいがな」
「つまりヴェラルドの奴は自分が変異しつつあるのを理解して……お前が来るまで耐えたわけか」
「意識を利用されるかどうかはわからんが……そうなる事を危惧してたんだろう。そしてそれで全部を俺が理解してくれると信じて、な。こんな魔物は見たことも聞いた事もない。怪我をさせるだけで変異なんぞ、魔物の法則からもかけ離れている」
ぎりっ。それはフェリクスの拳から発せられた音だったのか、それともおやっさんの拳から発せられた音だったのか。それは二人を含めて誰にもわからなかったが、少なくとも二人が強い怒りを抱いていた事だけは誰しもが理解出来た。
が、二人は何十年と生き抜いた戦士だ。自分より年若い戦士が自分に託して死んだ事も枚挙に暇がない。表面上は、平静を保っていた。
「……知ってると思うが、こういった事態での軍での医務は各スペース結界で覆われて万が一に備える事になっている。そのおかげと、ヴェラルドが内部の結界を内紛モードにした事が功を奏した。そうじゃなけりゃ、今頃どうなっていたか」
「内紛モード?」
「内部の侵入者を外に逃さないための結界だ。誰も出れなくなるが、こういう事態では外に被害を漏らさない効果もある」
「「っ」」
そんな結界だ。最高位の権限がなければ展開も解除も難しいだろう。故に総司令官は朦朧とする意識の中で自身の変異に必死に抗いながら、何日もフェリクスを待っていたというのだ。
そしてそのおかげでフェリクスの到着までこの事態を外に漏らす事なく抑えられた。無論それでもすでに逃げ延びた者の中に居るかもしれないが、それでも最低限には抑えられたと考えて良かった。そしてそれを察して、フェリクスはこの街をまだ居るかもしれない生存者ごと跡形もなく焼き払う事を決めたのである。そしてそれを、おやっさんも理解した。
「……生存者は何名だ? 結界の記録は取ったんだろう?」
「ああ。苦労したがな。今俺の部隊の奴らが追いかけている」
「カイト」
「すでにやってる。今しがた姫様が南の国境沿い全域に結界を展開した。おかげでごっそり魔力を持っていかれちまった。第五砦に関しては情報の到着やらの日数を考えても大丈夫だろう」
「そうか」
「……なるほど。そのレベルの事態ってわけか」
どうやら自分が考えているよりも更に事態は酷いかもしれない。フェリクスはカイト達の動きの迅速さ、そして大掛かりな様子でそれを理解する。
「さぁ、こっちは胸襟を開いたぞ。次はそっちが胸襟を開く番だ」
「わかった」
この男には隠すよりしっかり明かして協力を求めたほうが良い。カイトはフェリクスという男を良く知ればこそ、そう判断していた。というわけで、次はカイト達の側が情報を明かす事となるのだった。




