第3308話 はるかな過去編 ――壊滅――
過去から未来へと戻る旅路の中で自分達が解決せねばならない幾つかの出来事。それは未来の世界において原因不明と伝えられる出来事であった。その一つとなる世界の情報の抹消というのっぴきならない事態の解決に乗り出すべく動き出したはずのソラ達であったが、そんな彼らはいざ動こうというタイミングで起きた『ドゥリアヌ』という要塞都市陥落の急報を受けカイトと共に『ドゥリアヌ』を目指して大空を進んでいた。
「……」
どれぐらいの時間が経過しただろうか。ソラは緊迫した空気の中、そんな事を考える。朝一番に移動を開始した一同であるが、それからすでに一昼夜が経過していた。
一応夜も更けてきた所でまだしばらくは到着しないという事だったので一眠りしたのであるが、目が覚めてもまだ飛行の真っ只中だった。というわけで半分睡眠状態半分覚醒状態を維持する同行者達を横目に、彼は僅かに窓を開けて外を見る。
『……朝日の様だな』
『<<偉大なる太陽>>……何もなかったよな?』
『うむ……が、若干だが戦場の匂いが漂いだしている』
『……妙に魔力の濃度が高いのはそれか?』
『うむ……まぁ、貴様が寝ている間に外で神使殿が何度か戦ってはいたようだが』
『き、気付けなかった……』
到着した後、何が起きるかわからない。カイトはそう告げて荷台に乗った一同に向けて休息を指示していた。が、その彼自身はいつも通りエドナに乗って移動を続けており、ほぼ無防備とも言える一同の護衛をしてくれていたのであった。というわけでそんな素振りは全く見えなかった事に愕然となるソラに、<<偉大なる太陽>>が笑う。
『であろうな。我らに気を遣って弓矢で遠くから射抜いていたようだ……未来にせよ過去にせよ、神使殿は流石だな』
やはり自身の本来の主人の妹が唯一神使として迎え入れた男だからだろう。そしてそれに見合うだけの偉業も成し遂げており、この無関係の時代でも偉業を成し遂げているというのだ。<<偉大なる太陽>>は過去未来問わず、カイトへの称賛に関しては掛け値なしだった。
『あはは……でも確かに……妙に血生臭い魔力というか、殺気立った魔力を感じる。しかも相当な……』
『であろうな……まだ見える様子はない。然るに、相当な距離があろう。にも関わらず感じる濃密な魔力……相当な激戦となったに違いあるまい』
魔力とは意思の力だ。故に強い敵意や殺意を抱いた魔力は寒々しい感覚を周囲に与えてしまう。そしてそれは当然、強い意思であればあるほど遠くまで染み渡る。それがここまで届いている時点で、現地の状況が察せられる様なものであった。
『……ソラ。起きたのか?』
『おやっさん……うっす。一休み出来ました』
『そうか。なら良かった』
『そっちは……休めなかったんっすか?』
『……わかっちまうか』
昨日誰よりもピリピリしていたのはおやっさんだ。それは今回の先遣隊に組み込まれた全員が察していた。が、流石に一晩経過して落ち着いたのか、剣呑な雰囲気は鳴りを潜めていた。というわけで少しだけ苦笑する彼の問いかけに、ソラもまた同じ顔を浮かべた。
『まぁ……』
『そうか……瞬の奴も少し前に起きてるようだな。冒険者としての才能だったら、お前も瞬も俺を超えてるだろうぜ。寝れる時に寝れるのは重要だからよ』
『それでもまだまだ経験じゃ勝てないっすよ』
『あったりまえだ、馬鹿野郎。こちとらお前がオシメ履いてる頃から冒険者やってんだ。まだまだ経験なら負けねぇよ』
少し冗談めかしたソラの言葉に、おやっさんが楽しげに笑う。というわけで朝日が昇ると共に緊迫した空気が僅かに弛緩したとほぼ同時。<<偉大なる太陽>>が声を発する。
『……む?』
『どうした?』
『なにかが……強い力が、どこかで……』
何が起きているかは定かではないが、<<偉大なる太陽>>はなにかを感じ取っているらしい。そうして俄に起きる異変を感じ取って、全員が再度緊迫した雰囲気を醸し出す。というわけで瞬が遠慮出来る状況ではないと判断。口を開いた。
「何が起きた?」
「まだわからないっす……おい、<<偉大なる太陽>>。何なんだ?」
『わから……っ! ソラ、胸を見ろ!』
「え? っ!? 『太陽石』が!?」
<<偉大なる太陽>>の言葉に寝る時でも脱がなかった鎧の中心。新たに嵌め込まれた『太陽石』が僅かに輝きを宿している事にソラが気付く。
そして己の力が共鳴を開始したからか、それとも迸る力がだんだんと強まっているからか。どちらかは定かではなかったが、ソラにも異変が感じられる様になったようだ。
「何だ、これ!?」
なにかはわからないが、ソラは自分達が進んでいる方向から莫大な力を感じていた。そうして窓を押し開いて外を見た彼であったが、そこでは険しい顔のカイトが同じく進行方向を見ていた。それを見て、ソラが声を荒げる。
「カイト!」
「わかってる! ちっ! どういうつもりだ、あのオヤジ!?」
「まさかフェリクスか!?」
「しかない! この魔力……あのオヤジ、<<乙女の怒り>>を使うつもりだ!」
「んなっ……」
正気の沙汰じゃない。今回の一団の中でフェリクスという人物を良く知るのはカイトとおやっさんだけだったようだ。カイトが読み取った状況に、おやっさんは思わず言葉を失っていた。が、そんな彼も言葉を失ってもいられない。すぐにカイトへと問いかける。
「出力は!?」
「この様子だと……最低50! まだチャージ中するつもりなら、発射は60か70! どうにせよまだ日が完全に昇りきっていない! フルじゃ撃てないはずだ!」
「最低50!? 『ドゥリアヌ』を吹き飛ばすつもりか!?」
どうやら<<乙女の怒り>>なる武器は半分の出力で堅牢な要塞を跡形もなく吹き飛ばすには足りる威力らしい。そんな状況におやっさんが怒声を飛ばす。というわけで一応慣性で飛翔を続けていた一同であるが、俄に噴出した事態にカイトが即座の指示を飛ばす。
「緊急着陸準備! 対ショック体勢! 荷車の破損は二の次で良い!」
「緊急着陸、了解! 一気に下げるぞ!」
「「「おう!」」」
「エドナ! オレ達も降りるぞ! あのクソオヤジの一撃に巻き込まれるなんぞ御免被る!」
荷車を運ぶ竜騎士達の号令を尻目に、カイトもまたエドナの背を叩いて降下を指示する。そうして二組が一気に急降下していく中で、<<偉大なる太陽>>が助言を出す。
『ソラ! この攻撃はおそらく太陽の力を利用したものだ! お前であれば受け流せる!』
「やれってことね! 了解!」
この状況で否やなぞあろうはずもないし、迷っていられる時間なぞもっとない。というわけでソラは着地の衝撃に備えながら停止と同時に飛び出せる様に準備。そしてそれとほぼ同時に、荷車が破片を撒き散らし地面を抉りながら停止する。そうして飛び出したソラに、カイトが目を見開いた。
「ソラ!?」
「なんとかなるらしい!」
「そうか! なら受け流せ! それでも浸透する力はオレが受け止める!」
「了解!」
高まり続ける魔力はすでに太陽に縁のない瞬らでも感じ取れるほどにまで高まっており、なにかを話し合える時間なぞ僅かもなかった。そうしてカイトと並んでソラが飛竜達の前に飛び出して、カイトが大剣を地面へ突き立てると同時にソラが地面をしっかりと踏みしめる。
「「「……」」」
数瞬。何も起きないまま、ただ沈黙だけが舞い降りる。そして、その瞬間。遥か彼方の地平線のその先で、巨大な閃光が迸る。
「「「!?」」」
来る。閃光に続けて轟く轟音が、全員を揺らす。が、こんなものは前兆に過ぎない。それを誰よりも最前線に立つ二人は理解していた。そうして、カイトが声に魔力を乗せて轟かせる。
「来るぞ! 全員、衝撃に備えろ!」
「「「っ!」」」
カイトの声が終わったとほぼ同時だ。強烈な力が進路上のありとあらゆる物を破壊しながら、一同へと迫りくる。
「おぉおおおおお!」
ソラの雄叫びが響き渡り、彼が前面に展開した巨大な障壁へと強大な力が襲いかかる。が、それは幸いにも彼が扱う太陽の力と根源を同じくするものだったようだ。
その強大さに反して、ソラに伸し掛かる負担はそれほどではなかった。が、それはあくまで彼に掛かる負担がさほどなだけで、全ての力を受け止めきれるわけではない。そうして流れ込む強大な力の余波に、カイトが大剣を起点として障壁を展開する。
「……はぁ!」
流石のカイトも、この力には気合を入れるらしい。いつも以上に強大な力が彼の大剣へと込められて、その結界を強固な物に仕立て上げる。そうして周囲の一切合切を吹き飛ばしていく力が迸ること、数秒。まるで数分にも感じられるほどの時間が、終わりを迎えた。
「……はぁ」
「……よくやった」
「お、おう……あえ?」
思わず尻もちを着いてカイトから差し出された手を握り立ち上がったソラであったが、そんな彼は眼の前の光景に思わず間抜け面を晒す。
「なん……だ、ありゃ……」
「<<乙女の怒り>>……だろうな。お前の神剣と同じく太陽の力を借り受けて強大な力を放つ武器による一撃だ」
また派手にやりやがって。カイトは唖然となるソラが見る巨大なキノコ雲を見ながら、盛大に悪態をつく。
「あれが……? 半分でこの威力……フルパワーだと<<偉大なる太陽>>を超えてるか……?」
『……否定は出来まいな』
おそらく最大出力であれば自分を超えるだろう。<<偉大なる太陽>>は<<乙女の怒り>>の半分程度の一撃で巻き起こされた事態を見て、苦い顔でソラの言葉を認めるしかなかった。そして苦い顔の原因なぞ、わかろうものであった。
『だが……あんな一撃を街に放てば到底耐えきれまい。どれだけ強固な障壁を有しようとも、な。それが攻め落とされた街であれば何をかいわんや、という所だろう』
「……」
察する必要もないだろう。そう告げる<<偉大なる太陽>>の言葉に、ソラはこれから向かう先の完全な消滅さえ覚悟する。そうして愕然となる二人の所に、飛竜を駆っていた竜騎士の隊長が問いかけた。
「マクダウェル卿。どうしますか?」
「……はぁ。行くしかない。何が起きているかは定かではないが……間違いなくあのクソオヤジ……フェリクス将軍が居るんだろうからな。彼から話を聞くしかないだろう」
「はっ」
「ああ……ああ、おそらく魔力の乱気流が発生しているはずだ。速度は落として、安全優先で進んでくれ」
「はっ。再出発の準備、急ぎます」
「頼む……ちっ。何が起きてやがる」
自国の、しかも自分の直臣が守る砦を知将と持て囃される男が一撃で消滅させたのだ。状況がとてつもなく厄介な状況に陥っている事を察するには十分過ぎた。そうして一度は弛緩したはずの空気は昨日より更に剣呑さを増して、一同は再び無言で『ドゥリアヌ』を目指して進む事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




