第3307話 はるかな過去編 ――南へ――
セレスティアの世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはそこでかつてのカイト達と遭遇し、彼らや大精霊達の協力を得ながら元の時代へ戻れるまでその世界で活動をする事になっていた。
そんな中。かつて起きたという原因不明のいくつかの出来事の内の一つ。世界の情報の抹消という碌でもない事態の解決に乗り出す事になった一同は、シルフィからの助言を受けて調査に乗り出す事になっていた。
そうして『黒き森』にてシルフィからの助言を受けてしばらく。本格的な調査へと乗り出そうとしていた一同であったが、今はその最中に入ってきた急報を受けて飛竜の上に乗って大空を舞っていた。
「……」
やはり超長距離の移動だと飛空術より飛竜達の方が楽は楽だな。瞬は馬車の様な専用の荷台に腰掛け、急速に流れ去っていく外を見ながらそう思う。そうして彼は改めて一昨日の会合を思い出した。
『それで……『ドゥリアヌ』が壊滅したってのは本当なんですかい? あそこは誰でも知ってる様な堅牢な要塞だ。あれが一夜にして壊滅なんて、到底信じられるもんじゃない。それこそ魔族達も大将軍級が入り込んでても、一週間は保つはずだ』
『うむ……我々もそうだと信じている』
おやっさんの言葉に頷いたアルヴァであるが、そんな彼は傍に控えていた文官に一つ頷いて伝令兵が提出した映像記録装置を取り出させる。
『……見たほうが早いだろう。再生しろ』
『はい……こちらを御覧ください。第五砦に逃げ延びた兵士の協力により確保された彼の記憶です』
どうやら信じるしかないらしい。おやっさんは間違いのない証拠が提示されているのを見て、眉間のシワを深くする。そうして、逃げ延びた兵士が見たという映像が再生される。
『なんだよ、これぇ……なんなんだよ!』
時刻としては昼日中。誰もが本来ならば普通に活動しているだろう時間帯だ。にも関わらず周囲には火の手が上がり、しかし誰も消火活動に携わっている様子はなかった。
『っ』
物音が鳴り響くと同時に映像の中の視点が急速に切り替わり、おそらく背後を振り向いたのだと察せられる。そうして視点の主が振り向いた先には、不気味なまでに無表情な兵士が立っていた。
『……』
『だ、大丈夫か!?』
『……』
『お、おい! なんとか言え!』
視点の主と思しき声が響いて、恐慌状態に陥った視点の主が剣を抜き放つ。報告が確かであるのなら、この視点の主もまた兵士のはずだ。そして相手も同軍の兵士。本来ならばこんな日中で同士討ちなぞ起き得るはずもなかった。
だがすでに恐慌状態の視点の主は眼の前の仲間を信じておらず、それどころか一瞬後には斬り掛かっていても不思議のない様子さえあった。そうしてそんな彼が見ていた無表情な兵士であったが、唐突にビクビクと痙攣しだす。
『あっ……うっ……あっ……ひ、ひひひひひ!』
『っ!? ひぃいいいいい!』
明らかに正気でも正常でもない。無表情な兵士が痙攣しながら唐突に浮かべた悦楽の表情に、視点の主はそれを理解する。そうして剣を取り落とし尻餅をついた視点の主であったが、そんな彼の眼の前で悦楽の顔を浮かべていた兵士の視線が彼を見据えた。
『っ!?』
こちらを認識した。視点の主ははっきりと自分がこの得体のしれない状態の仲間に認識された事を理解する。そうして一瞬先の死よりも更に酷い状況を認識した彼であったが、悦楽の顔を浮かべた兵士がなにかを行動する前に近くで爆発が起きた。
『……あえ?』
ぐしゃ。敢えて音を付けるのであれば、そんな音だ。爆発はかなりの規模だったようで、もしかすると攻撃系の魔術によるものだったのかもしれない。少なくとも周囲を吹き飛ばす様な一撃はその爆心地の近辺にあった大きな瓦礫を吹き飛ばし、偶然にも悦楽の顔を浮かべていた兵士を薙ぎ払ったのだ。そうして自身の顔に付着した血糊を手で拭い、自身が助かった事を視点の主は理解する。
『た、助かった……?』
『おい、そこのお前!』
『え? っ! 総司令! し、失礼致しました!』
響いた声に間抜けな顔を晒しただろう視点の主であったが、声の方向を見てそこに立っていた壮年の男性軍人を見て大慌てで立ち上がって敬礼する。が、その一方の男性軍人は血糊のベッタリと付着した剣を視点の主へ向けながら、油断なく問いかける。
『……お前は……まともな様だな』
『……はい。あの、一体何が……?』
『……私にもわからん。お前も見ただろうが、あれは正気ではない。反乱ではないだろう。さりとて魔族共の洗脳にも思えん。そうであるのなら、今頃魔族共が乗り込んできていても不思議はない。まるで伝染する様に狂気が蔓延している』
総司令と言われたぐらいなのだから、この男性軍人は相当に地位の高い存在なのだろう。自身が守っていた街の陥落に非常に沈痛な面持ちを浮かべていた。そんな彼であったが、すぐに気を取り直して指揮官としての顔で問いかける。
『動けるか? 見た所怪我はほぼしていない様子だが……』
『……いけます』
『よし……ならば急ぎこの街を脱出しろ。どこでも良い。北のシンフォニアでも南の王都でも良い。東でも西でも良い。急いでここを離れろ』
『で、ですが……』
やはり視点の主としても守るべき民も共に戦ってきた仲間も捨て置いて逃げ延びる事には抵抗があったらしい。が、彼としてもすでに状況は察せられている。そしてそれは誰よりも、総司令官が一番理解していた。
『駄目だ……これ以上の被害を生じさせるわけにはいかん。何が起きているかは私にもわからんが……少なくともこの地に長居すればするほど、お前も私もああなる可能性は高くなるのだろう』
『……』
僅かに沈黙が舞い降りる。そうして沈痛な面持ちを浮かべる視点の主であったが、そんな彼に総司令官が険しい顔を緩めて告げる。
『おいおい……勘違いするな。私は離れろと言ったのだ。逃げろとは言っていない。可能であれば援軍でも呼んできてくれ』
『っ』
これが総司令官の方便だというのは誰でも察せられる。とはいえ、総司令官がそう言うのだ。ならば、否やはなかった。
『はっ! 総司令、私はどちらへ離れれば良いでしょうか』
『そうだな……さっきの奴には南へ走って貰ったから……そうだな。お前は北へ。シンフォニア王国には将軍が一目置く戦士が何人もいる。可能であれば王都のアルダート殿とかの蒼き勇者を呼んできてくれ。他国に頼るのは情けない限りだが……現状だ。将軍であっても、そう命じたはずだ』
『はっ! ではこれより私は北へ向かいます!』
『頼んだ』
おそらく今生の別れになるだろう。視点の主を介して状況を垣間見ている一同にはそれが察せられた。そうして再び爆炎の中へと消えていった総司令官を後ろに、兵士はまさしく逃げ延びる様にその場を後にして街を離れるのだった。そこで、映像は終わりを迎える。
『……これが全てです』
『『『……』』』
見せられた映像で、誰しもが『ドゥリアヌ』壊滅を理解する。今しがた見たのは逃げ延びた兵士が直接見た光景だ。幻術であれおおよそ偽れないもので、それが全てだと理解するには十分だった。そうしてそこからいくつかのやり取りがあり、今瞬は南へ向かう大空の上というわけであった。
「おう……大丈夫か?」
「おやっさん……いえ、やはり少し緊張はしています。何が待ち受けているかわからないので……」
「そうだな……そっちについては十分に注意が必要だ。だが状況が掴めん上、今回は他国に許可なく侵入する形だ。いつでも逃げられる様にだけはしておけ……こいつも持っておけ」
「これは?」
「コンパスだ。万が一の場合は北を目指して走れ。全員に渡しておいてくれ」
「あ、なるほど……わかりました」
「おう、頼むわ」
僅かに殺気立っているな。瞬はいつもなら自分で全員に渡そうとしたはずのおやっさんの様子に、それを察する。後に聞けば映像に映っていた総司令官とは長い付き合いで、彼が死んだかもしれないという事実はこころを乱すには十分だったようだ。そうして、一同は飛竜に揺られながら南へと進んでいくのだった。
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