第3306話 はるかな過去編 ――南へ――
セレスティアの世界の過去の時代へと飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らはそこでかつてのカイト達と遭遇し、彼らや大精霊達の協力を得ながら元の時代へ戻れるまでその世界で活動をする事になっていた。
そんな中。かつて起きたという原因不明のいくつかの出来事の内の一つ。世界の情報の抹消という碌でもない事態の解決に乗り出す事になった一同は、シルフィからの助言を受けて調査に乗り出す事になっていた。
というわけで『黒き森』にてシルフィからの助言を受けてしばらく。本格的な活動に乗り出す前に一度シンフォニア王国の王都に戻ると、調査隊を各地に派遣して状況の調査に乗り出していたロレインからの情報提供を受ける事となっていたわけであるが、そこでカイトは駆け込んできた兵士から『ドゥリアヌ』という南方の都市が壊滅したという報告を受けていた。
「父上」
「陛下」
「む……ああ、ロレインとカイトか。丁度よい。今しがた呼びに行かせようとしていた所だったぞ」
王城の一室にて第五砦からの伝令兵から直接報告を受けていたアルヴァであったが、入ってきたのがカイトとロレインの自身の腹心中の腹心であることを見て僅かな安堵を浮かべる。
というわけでさらなる悪報かと僅かな警戒を浮かべていた彼であるが、一度ジェスチャーで報告を押し止めさせていた伝令兵を横目に問いかける。
「どこまで聞いた?」
「『ドゥリアヌ』が壊滅した、と。また勝手ながらアルダート殿とソラくん達を呼びに行かせています」
「おぉ、そうだったか。正しい判断だ」
確かにここからの話をするのならこの両名を呼び寄せることは必須と言えるな。アルヴァは自らの娘の采配に対して承諾を下す。そうして現状に納得を示した彼であったが、近くにあった椅子に二人を座らせると再び伝令兵へと視線を向ける。
「すまん。それで、攻撃の発生について『ドゥリアヌ』からの兵はなんと」
「は……内部から唐突に攻撃を受けた、と」
「内部から? 何故だ。誰かが手引したということか?」
「不明です。逃げ延びた兵士曰く、気付いた時には乱戦状態で指揮系統もまるで機能していなかった、と」
「「「……」」」
どうやら『ドゥリアヌ』は相当に酷い状況らしい。アルヴァは伝令兵から離される現地の情報に、眉間に寄せたシワを深くする。そこにカイトが口を挟んだ。
「襲いかかってきたのは魔物と聞いたが?」
「魔物も居たそうです。ただおおよそ操られている様子の兵士もいたと」
「洗脳系の魔術……という線もあり得るか」
「どうでしょう。この十年、魔族共も何度となく洗脳した兵士を用いて中から要塞の攻略を目論んでいます。今更『ドゥリアヌ』がそんな在り来りな手段で落ちるとは思えません。何より『ドゥリアヌ』は彼の直弟子が直接指揮する要塞だったはずです。あの国でなにか政変が起きていなければ、ですが……」
「ふむ……確かにフェリックス将軍がそれを許すとも思えん、か」
カイトの指摘も確かに筋が通っている。アルヴァは口を挟んだ彼の言葉に道理を見て険しい顔を浮かべる。魔族達の侵略は狡猾で、カイトの指摘の通り兵士を操って要塞や重要拠点の壊滅を目論んでいた。
それは確かに最初期の頃は成功していたのだが、流石に数年以上も戦い続けていると人類側も対策を立てられる様になっており、自軍の兵士が洗脳されて内部から攻略されない様に様々な安全策が各国で取られる様になっていた。堅牢で知られている要塞が今更その『在り来りな』作戦で壊滅することがあるのか、というカイトの指摘はもっともだった。というわけで三人はソラ達が来るのを待ちながら、更に色々と伝令兵から話を聞くことになるのだった。
さてカイト達が急報を受け取っていたその頃。王城の各所で『ドゥリアヌ』壊滅の報せを受けて俄に動きが活性化していたわけであるが、その一環としてソラ達にも即座の招集命令が掛けられて瞬とセレスティアが取るものとりあえずで王城へと向かっていた。と、その道中だ。もう一人呼ばれたアルダート――ロレインがメモに書いていたのは彼の自宅の住所――と遭遇する。
「おっと、悪い……って、瞬。お前か」
「あ、おやっさん。この道だと……おやっさんも王城へ?」
「おう……って、もってことはお前さんらもか」
「はい……良くはわからないんですが、『ドゥリアヌ』という街が、むぅ!」
「待った。絶対にそれをここで口にすんな」
誰が聞いてるかわからない。おやっさんは事の重要性が理解できていればこそ、瞬が迂闊に口にしようとした名前に顔を険しくする。そうして周囲を注意深く伺った彼は特に問題がない事を確認すると、こめかみのあたりをトントンと叩いて念話を起動させる。
『こっちで話すぞ』
『わかりました……その『ドゥリアヌ』という街はそこまで重要なんですか?』
『まぁ、お前さんはわからなくても無理はないか。『ドゥリアヌ』は南国『ソル・ティエラ』の北部を守る要塞都市だ。この十年、何度も魔族共の侵略を退け続けた要塞だ……この間のレックス殿下の結婚式は覚えてるな?』
『ええ』
『そこで俺が話した褐色の野郎は覚えてるか?』
『確か……南国の知将とかいう?』
『それだ』
ムカつくやつだが腕は確かだ。おやっさんが結婚式の時、映像に映し出されていた日に焼けた肌を有する壮年の男性軍人を思い出す。そして同様に思い出した彼がその名を口にする。
『フェリクス・マデロ……あの要塞都市の防備は奴の直弟子が直接指揮を取っている。元<<太陽部隊>>の兵士だ。腕も知識も豊富な勇猛果敢な兵士達だ。それが守る天然の要害にフェリックスが手を加えて出来た要塞都市だ……それが落ちた。兵士達に知られりゃどんな混乱が起きるかわからん』
『そんな有名な都市なんですか……』
それはおやっさんが慌てて隠そうとするわけだ。瞬はおやっさんの言葉に内心で納得を露わにする。
『ああ……交通の要衝でもあるし、王都『ソル・ティエラ』防衛の要衝でもある。あれが落ちたとなると『ソル・ティエラ』がまずい。もちろん、そこから北部へ続く道も抑えられたようなもんだ。場合によっちゃシンフォニア王国も越境して取り戻さにゃぁならん。いや、ウチ一国で済ませられる話じゃないかもしれん』
どうやらかなりの要所が陥落したらしい。おやっさんの口ぶりで瞬はそう理解する。というわけで険しい顔で王城へと進んでいく三人であるが、そこで瞬がセレスティアへと問いかける。
『セレスティア……どういう事情で後世には伝わっているんだ?』
『『ドゥリアヌ』壊滅……ですか?』
『ああ……そんな要所なんだ。歴史に残っていると思うんだが』
『……はい』
まさかその事件に自分も関わってくるとは思っていなかった。セレスティアはそう瞬の問いかけに答える。そうして、彼女が後世に伝わっている情報を明かしてくれた。
『南部の要所『ドゥリアヌ』壊滅……一夜にして滅んだ要塞都市。後世にはそう伝わっています。ただ……その様子は凄惨たるものだったそうです』
『一夜で?』
『ええ……一夜にして原因不明の事件により壊滅した城塞都市。ただ魔族でもない様ではあった、という事ですが……』
『何故そう言い切れるんだ?』
瞬は魔族ではないというセレスティアの発言に首を傾げる。
『魔族も進駐しなかったから、です。先にアルダートさんが仰られた通り、あの地はいくつもの国にとっての要所です。そこを陥落させる意味はあったとしても、そこに進駐しない意味がない。喩え兵数が劣った魔族だろうと、そこを抑える意味は大きい』
『ということは……まるで嫌がらせの様に何者かによって落とされたのか?』
『そう考えても間違いはありません』
当時の人達にしてみれば相当に嫌な話だっただろう。セレスティアは今の混乱を考えながら、そう思う。そんな彼女に瞬が重ねて問いかける。
『それで結局、誰が壊滅させたんだ?』
『不明……です。何故落ちたのか。情報がすっぽりと抜け落ちている様子です』
『なに……? 要所なんだろう? 徹底的に原因究明がされるんじゃないのか?』
『わかりません……まぁ、当時『ソル・ティエラ』は第二統一王朝発足まで他国でしたのでそこで情報が埋もれてしまったのではないか、と』
『そうか……俺達にしてみれば厄介な話だが……』
兎にも角にも呼ばれた以上は関わるしかないだろうが。瞬は顔を顰めながら腹をくくる事にする。そうして、彼らも言葉数少なめに慌ただしい様子の王城を目指して歩いていくのだった。




